04_秘密がバレた日

「なぜ、先生の家に十連地さんが……?」


「いや!箱崎、これは違うんだ!!」


目の前には俺の担当クラスの箱崎唯が立ってた。


「まさか一緒に住んでいるというですか!?」


「先生、これはもう、言い逃れできませんね」


紗弓が他人事のように言った。

お前は、『こちら側』に人間じゃないのかーっ!?


俺は心の中で叫んだ。

今回は、始めからクライマックスだ。




■5分前の出来事

私立桜坂学園高等部の教師、富成晃大(とみなりこうだい)はいつもの様に持ち帰り仕事として、自宅でテストの採点をしていた。


なまじやる気を出して、3回に1回は小テストを出しているので、その分採点も多くなっていることをまだ彼は気づいていない。


目の前のことに集中すると、それ以外のことを見落とす癖があるちょっとアレな高校教師だ。






十連地紗弓(じゅうれんじさゆみ)は、私立桜坂学園高等部の1年生。

彼女が8歳の時に、富成が大学生として彼女の母親が所有するアパートに入居してきたことで知り合い、今ではなし崩し的に交際関係になっていた。


しかし、この春、紗弓が富成の勤める高校に入学したことと、偶然にも富成の担当するクラスの生徒になったことから、高校教師と生徒の恋愛関係が発生してしまった。






そして、彼女は今、富成の仕事を邪魔することに全力を尽くしていた。


「なあ、紗弓、さすがに邪魔なんだが」


「いえ、先生、気になさらないでください」


「そうは言っても、採点している俺の後ろから抱きついていられると・・・」


「些末なことです」


「しかも、お前の足は、俺のあぐらの上に乗っかっているんだぞ!?これで気にしないやつはどうかしているだろ!」


紗弓は富成の胴部分に後ろから抱きつき、足は彼のあぐらの上に左右から載せていて、まさに全身でくっついている状態だった。


「私は今、頑張って50連ガチャを引いたのに、全部★4だったことに絶望している最中なのです」


「またゲームか!?」


いつ勉強しているのか、紗弓の成績は悪い方ではなかったので、『勉強しろ』とは言わなかった富成だった。





こんな高校教師と生徒が同じ部屋にいるだけでもアウトなに、他人には見せられないようなイチャイチャぶりを発揮しまくっている最中、誰かに知られたら一発アウト待ったなしの状況だった。

そして、そのドアの前には一人の少女が立っていた。


「(この間のお花見の時に、十連地さんと一緒に歩いていた男の人が、十連地さんと一緒にこの家に入っていった・・・)」



彼女の名前は、箱崎唯(はこざきゆい)。

紗弓のクラスメイトだ。


前回の花見の時、密かに紗弓たちを尾行してこのアパートを発見していた。

その日は勇気が出なく、そのままになってしまっていたが、彼女は何故か今日になってやる気を出し、富成の部屋(いえ)のドアの前に立っていた。


「(よーし!)」


(トントン)


「はーい」


中からは男の声。

当然、富成だ。


(ガチャ)「はい……!」


富成は一瞬でそのヤバさに気づいた。

目の前に担当しているクラスの生徒が立っていたのだ。


「あ、え!?富成先生!?」


彼女もまた驚いていた。

正体不明の「黒パーカー男」こと富成と紗弓の後を尾行して入っていった家にクラス担当の教師がいたのだ。


「あ、いや、箱崎・・・」


富成は箱崎の視線を遮ろうと、部屋の中が見えにくい位置に半歩横に移動する。

これで何とか切り抜けようとした。



「先生、誰でしたー?」


ここで、考えなしの紗弓が富成に話しかける。


「(バカ!黙ってろ!)」


心の中で念じる富成。


「やっぱり!今の声って、十連地さん……!?」


「あ、いや、なんだ、その……」


何か言っているようで、もはや何も言っていない富成。


「先生……」


来なければいいのに、玄関先に顔を出す紗弓。


「あ!十連地さん!」


「あ、はい……」


返事はしたものの、相手が誰かあまりわかっていない紗弓。

ここで冒頭のクライマックス状態になる。






■ここで何とかしなければ全てが終わる窮地

富成は、何とかかんとか言って、担当生徒の箱崎唯を部屋に招き入れた。


箱崎も一人だったら担任とはいえ、男性の一人暮らしの家に上がることはなかっただろう。

ただ、そこには、クラスメイト十連地紗弓もいた。


事情を知りたいと思った箱崎は、富成に言われるがまま部屋(いえ)に上がり込んだ。


小さなちゃぶ台には片方に富成、紗弓が並んで座り、その向かいに箱崎が座っていた。

紗弓も箱崎も制服姿だったので、何となく単なるクラスの女子会のようにも見えるが、場所が担任の一人暮らしの部屋(いえ)ということで、全てが終わっていた。


「先生、これはもう誤魔化せませんね。」


初手を打ったのは紗弓だった。


「いや待て、ワンチャンなんとか・・・」


富成がそう言ったこの瞬間、いきなり全てが終わった……






■クラス内での様子

箱崎は、学校での男子たちのやり取りを思い出していた。


「おい、昨日の十連地さんが彼氏らしい男と帰ったことだけどさ…」


「俺は認めん!あんな『黒パーカー男』!十連地さんは遊ばれているに違いない!」


クラスのお調子者、相沢だ。

少なからず紗弓のことを気に入っているようで、花見の時には告白して見事に玉砕している。


「ダスティ・ホフマンの様に攫いたい!彼女は囚われている!」


同クラスメイト村岡。

彼は、一言一言がいちいちかっこいい。


「そうだ!絶対怪しい!」


「きっと本当の恋じゃない!僕の方がいいじゃないか!」


村岡はいつも実際青春しているし、背が179cmもあった。




「(男子たちがあんなに注目している十連地さんの彼氏らしい『黒パーカー男』さんってどんな人だろう……やっぱり、会って話を聞いてみたい……)」


箱崎はそんなことを考えていた。






■バレてしまった2人の関係


「やっぱり、富成先生と十連地さんは一緒に住んでおられて、お付き合いしているという事でしょうか?」


箱崎が、担任富成に質問をストレートにぶつけた。


「いや!そんな訳ないだろ!」


「先生、もう、誤魔化せません。ここは素直に白状するしかありません!」


紗弓が、ちょっと楽しそうに気軽い感じで富成の肩を叩きながら言った。


「紗弓!お前は少し黙ってろ!誤魔化さないと結構ガチでヤバイとこだぞ!……あ」




富成も、自分の発言が全てを語ってしまったということに気づいたらしい。




「箱崎・・・ちゃんと全部話すから聞いてくれるか?」


「はい……」






「……という訳で、俺と紗弓は高校に入ってから付き合っているというわけではなく、付き合っている人間がたまたま担任と生徒という立場に……」


「つまり、先生と十連地さんは禁断の恋をしているということですね!」


箱崎の目はキラキラしていた。


富成は思った。

『完璧に、ダメなように理解されてしまった……』と。




「箱崎……すまん。学校に報告されたら俺たちは二人とも学校を辞めることになると思う。こうなったら、俺が辞めるから、紗弓のことだけは秘密にしてくれないか?」


富成は、畳についたこぶしを握り締めながら断腸の思いで言った。


「先生……なんで私がそんなそことするんですか?それより、お二人の関係には『協力者』がいた方が良くないですか?」


「ん?」


富成が、予想しない箱崎の答えに聞き返した。


箱崎は座ったまま、手を合わせて続けた。


「富成先生と十連地さんの尊い関係を、私はぜひ守りたい」


「(……ギリギリセーフ?)」


富成は思った。


そんな時、箱崎があごに指を当てつつ言った。


「ただ、先生たちのことを秘密にする代わりに……」


富成は瞬間理解した。

金(カネ)か、と。


確か財布には1万2千円入っていた。

それ以上を要求されれば明日、昼休みに銀行に行って……


ここまで考えたところで、箱崎が続けた。


「十連地さんとお友達になりたいです」


「ん?」


「え?」



いち早く言ったのは富成だった。


「紗弓!箱崎さんと友達になれ!」


「私の世界は先生とお母さんがいれば特に他は困らないのです」


『狭い!狭すぎる!』富成は思った。

むしろ、箱崎に『紗弓の友達になってください』と思ったほどだ。


「箱崎と友達になったら、今度どっか連れて行ってやるから!」


「なります!私は箱崎さんと友達になります」


即答だった。


「きゃー!ほんとですか!?じゃあ、私は『紗弓ちゃん』って呼んでいいですか!?」


「特に構いませんが……」


「じゃあ、私のことは『唯』って呼んでください」


「唯さん……」


「はああああ、尊い!」




箱崎はその場で倒れた。

『大丈夫か、この子』と富成は思ったが、気分を害したくないので黙っていた。

実に大人の反応。


とにかく、何とかなったと胸をなでおろした富成だった。

ただ、それは手放しに喜べる状況ではないことに翌日気付くのだった。






■紗弓の過去

紗弓は小さい時から、かわいい子だった。

男子の注目を集めていて、それは大きくなってからは武器となったが、小さい時にはほかの女子たちのやっかみの原因となっていた。


彼女はクラスの女子達からのけ者にされていた。

そうなると、『彼女はのけものにしろ』という空気が教室内に充満する。


次第に男子たちも、紗弓をのけ者にして、無視するようになっていった。

紗弓は何も悪くない。

何もしていない。

子供時代にはありがちな理不尽ないじめだった。




紗弓は当然友達がいなく、家では一人で遊んでいた。

母親は仕事で遅くなり、時間ばかりを持て余していた。


そんな時に出会ったのが、富成だ。




富成は大学生で、もう20歳になっていた。

対して、紗弓は8歳。

1周りも年上の男は、普通だったら怖くて話しかけないだろう。


でも、紗弓はクラスに居場所がなく、いつも一人。

人と接することに飢えていた。


引っ越してきたばかりで、アパートの前で自転車の整備をしていた富成に紗弓は話しかけた。


「なにしてるの?」


「え?ああ、大家さんのところの・・・こんにちは」


富成は、紗弓にしてみれば珍しい工具をたくさん持っていた。


「……こんにちは。いま、なにをしているの?


「ブレーキワイヤーの交換だよ。えーと、自転車の修理。引っ越しの時に壊れちゃったみたいなんだ」


「ふーん」


「さっき、気付かないでぶつかっちゃったからね」


「ケガした?」


「うん……」


「血でた?」


「うん」


「何週間くらい?」


「え?……ははははは」


富成は勘違いしていた。

『何週間も血が出たか』と聞かれたと思ったのだ。


小学生高学年になったらそこまで知識がないわけではない。


紗弓は『治るのにどれくらいかかるのか?』と漠然とそんなことを聞いたつもりだった。


その誤解から、富成は笑い出し、紗弓に興味を持った。


「ひとりで遊んでるの?」


「……うん」


「もうすぐ修理終わるから、一緒に遊ぼうか!」


「いいの!?」


「いいよ。何して遊びたい?」


「じゃあねぇ……」



学校内のいじめをどうにかする力は、富成にはなかった。

普通の大学生だから、当たり前だ。


ただ、ひとりの少女の心を癒し、心を掴んだことは間違いなかった。






■やりにくい授業

次の日の授業中。


「じゃあ、この問題解ける人、前に出て黒板に書いて」


富成が言うと、生徒のほぼ全員が一斉に下を向いた。

こうなると誰かを当てるにしても、出席番号と今日に日付が同じなど、何かないと当てにくい。


富成が、紗弓を見ると、にこにこしながら、富成の方を見ていると思ったら、目が合った瞬間キスの仕草で目を閉じる。


『バレるから絶対やめろ』という渋い表情の富成。


『授業中ってこんな尊いことになっていたんですね!』と顔のすぐ下で手を合わせて、目をキラキラさせる箱崎。


授業が終わったとき、富成は思った。

「普通の5倍くらい疲れた・・・」と。


何とか二人の関係は続行で、1人の協力者が出来たのだった。

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