03_先生と出かけたい
「先生!私は、先生と出かけたいのです!」
俺が自宅の机で書きものをしているすぐ横に来て、紗弓が顔を近づけて言った。
「無茶を言うな、無茶を。俺は教師で、しかもお前の担任だ。一緒に出かけられるわけないだろ」
「先生が変装するのはどうですか?」
「マンガやアニメじゃないんだ。そんなんすぐバレるわ!」
「じゃあ、遠くに行くのはどうですか?誰も二人を知らないような遠くです。コートジボアールくらい遠く」
「それは何県だ!?」
◆クラスでの俺の評価
部屋(いえ)で持ち帰りの仕事をしたいたが、とりえず採点は終わったので一息入れるために、ちゃぶ台でコーヒーを飲む。
「ところでさぁ、この間の紗弓の弁当のいたずら以来、俺、クラスの女子から引かれている気がすんだけど……」
弁当のイタズラとは、俺に作ってくれている弁当に桜でんぶで、ハートマークを描いていたやつだ。
クラスの子は、下宿のおばちゃんがやったと思っているが、実際はそんなおばちゃんは存在しない。
紗弓のイタズラだ。
それ以来、俺は『熟女専』と思われてるっぽい。
ただ、紗弓の母親の百合子さんでも40歳いってないと思うし、確かに俺からしたら守備範囲内なんだよなぁ……
まあ、弁当を作ってくれているのは紗弓なんだが……
「で、どう?クラスでの俺の評価は?」
紗弓は、部屋の端っこの方で、畳の上に寝っ転がって漫画を読んでいる。
それにしても、こいつホント細いんだよなぁ。
制服のスカートから出ている脚なんかスラッとしてる。
ちゃんと食ってんのか心配になるほど細い。
「なあ、俺ってクラスでなんて言われてる?教えてくれよー」
「そんなスパイみたいなこと、しなーい」
こっちも見ないで返事しやがった。
「そんなこと言わないでさぁ」
「つーん」
紗弓は寝転んだまま向こうを向いてしまった。
何故か、ご機嫌斜めだった。
◆授業中
翌日の授業中のこと。
「よーし、5分やるからこの問題解いてみろ。できたやつは次の問題やっててなー」
生徒に時間をやるとどうしても教室が少しざわざわする。
早く解けたやつとか、ちょっと退屈そうだし。
ああ、相沢が前のやつに次々ちっこい消しゴムを投げてる。
あれになんの意味があるのか……
前から見たら、教室内の様子はすごくよく分かる。
紗弓は笑顔でこっち見てる!
こっちを見なくていいから早く解け!
ずっと見つめられて、他の生徒にバレたらマズイので、教室内を歩き回ってみる。
解けない子が直接聞くチャンスを作るためでもある。
あ、あそこで木場が、ちっこい手紙を回してる。
SNS時代でも紙は不滅だった。
すっと取り上げて、目で『ダメだぞ』と伝える。
木場も『さーせん』ってリアクションを無言でしてる。
1回目だから、これで見逃すか……
手紙はそこらに捨てるわけにはいかないから、ポケットに入れた。
授業が終わって、職員室で例の紙のことを思い出し、開いてみた。
◇◇◇
一番可愛いと思う人書いて回して(男子限定!)
吉塚さん 一
十連地さん 正下
箱崎さん 下
名島さん 丁
香椎さん 丁
◇◇◇
人気投票か。
こんな時間がかかるやつはSNSでやれ。
俺の授業はそんなにつまらないのか……
◆紗弓の人気
「紗弓、お前モテるのな」
「なぜ、先生がそれを!?鈍いから絶対気づかないと思ったのに!」
鈍いとか言うな。
まあ、確かにあの手紙がなかったら気づかなかったかもだけどさぁ。
「どうせ、今日の授業中の手紙とかで知ったんでしょう?」
「何故分かる!?」
「ふっふっふっ、女子は男子がなにやってるかくらい知っているのです」
得意げに語る紗弓。
女子こえー。
クラス男子よ、お前らの行動は女子から見たら筒抜けだ。
あんま変なことすんなよ……
まあ、この事実を伝えてやることはできんがな。
「なあ、紗弓、実際お前モテるの?」
「私はモテます!MMKです!」
「MMKって・・・お前は昭和初期の海軍さんか」
『MMK』は確か日本海軍で使われていた言葉で、『モテてモテて困っちゃう』の略だったか。
紗弓は何故そんなことを知っている!?
「で、具体的には?下駄箱にラブレターとか入ってんの?」
「先生、漫画じゃないんだから手紙とか書きません。あと、下駄箱にフタとかないです。手紙を入れたら丸見えです」
「あ、そっか実際はあんまないのかなぁ」
「告白は、ほとんどLINEですね……」
「マジか!?紗弓のアカウントはどうやって調べてくんだよ!?」
「私もクラスのグループに入ってるから……」
なるほど、そこからダイレクトに連絡できるのか。
よく知らんけど。
「そう言えば、紗弓はなんで学校では、あんな営業スマイルなんだ?」
「うっ」
珍しく痛いところを突かれたというリアクションをした。
「…どう接していいか分からなくて、ニコニコしてたらこの様な事に……人見知りなのです」
お前のどこが人見知りなのか……
今日もクッションを抱えたまま畳に寝っ転がり、スマホでなんかゲームしてるし……
だから、その体勢で脚を右左交互にパタパタやったら、スカートがめくれあがり散らかすだろうが!
俺はそっと紗弓の腰にタオルケットをかけた。
紗弓は『なに?』って軽い反応をしたが、そのままゲームの世界に戻っていった。
そして、ゲームをしながら、ぽそっと言った。
「先生は、私をあんまりほっとくと、どっかのイケメンに奪われてしまいますよー」
「言ってろ」
◆花見の企画
週末。近所では桜が咲いた。
入学式と言えば、桜のイメージがあるが、実際にはなかなかタイミングが合わないものだ。
実際には、入学式後に咲いた。
学校の先生たちの花見はしない事になったみたいだ。
例年、酒で失敗する先生がいるので、何かある前にやめておこうという時代の流れだ。
まあ、いいけど。
ちょっと寂しいな。
「先生、今度の日曜日、クラスでお花見をしたいそうです」
いつものように、部屋(うち)で紗弓がゴロゴロしながら言った。
「そうか、どこで?」
「学校の門の近くのところの桜の木の下です」
「ああ、あそこ。桜咲いてるな。学校の中でやるんだ」
「そうでないと、周囲の酔っ払いに絡まれたり……」
まあ、懸命な判断だな。
学校のクラスメイトで集まった花見で酒とか飲まれたら、一大事だし、こっちとしても、学校の中の方が助かると言えば助かるな。
「そこで、クラスを代表して私が学校に聞くことになりました」
「へぇ」
「……」
「……」
「で、どうですか?」
「え!?今のこの会話がそれ!?」
「はい、学校に許可を取るには、どうしたらいいですか?」
「まあ、いいよ。明日聞いておいてやるよ」
「ありがとうございます。あと、先生も来ませんか?」
「うーん、俺はいいや」
なんだかんだ言って、生徒が主体性をもって行動しているんだ。
大人の俺が混ざってかき回すのはよくない。
「男子が言ってたんですけど、お花見は女子を接待して、いい気分にさせて最終的には告白大会にして成約率を上げることを狙っているみたいです」
それは、合コンでは!?
おい男子。
作戦が筒抜けだぞ。
もう少し工夫のしようはなかったのか!?
「どうしますか?私も言い寄られてしまいますよ?」
「う……」
「告白大会で、たくさんの男子に言い寄られるかもしれませんよ?」
「うう……」
「場の雰囲気に飲まれて、OKしてしまう可能性だって…」
「ううう……まっ、まあ、気を付けて行っておいで……」
「ぶぅ。先生来ないんですね」
「俺は、その日持ち帰りの仕事があるんだよ」
「ぶぅ、後悔しても知りませんからね?」
「……」
◆花見
日曜日は晴れて、花見としてはいい天気だ。
集合は15時ごろらしいので、紗弓は俺の部屋(うち)から少し遅れて行った。
持ち帰り仕事は、無いことはないが、別に終わらなくても困らない。
俺とばかりいてしまったら、紗弓の世界が狭くなってしまうので、少し不安はあるものの一人で送り出した。
いつも、部屋でゴロゴロしている紗弓がいないとなんと広いことか、この部屋。
俺は普段やることのない掃除をして、部屋を片付けた。
もうじきテストだから、問題を作る……と言うよりは、準備された問題があるので、どれを出題するか選ぶ作業があった。
テレビをつけて、漫画を読んで……
18時になったが、まだ紗弓は帰らない。
『何時まで』と言うのは特にないみたいなので、普通なのかもしれないが、もう帰ってきてもいいんじゃないだろうか。
お調子者の相沢が、紗弓を引き留めているのではないだろうか。
色気づいた木場が、紗弓に告白しているのではないか。
『私はモテます!MMKです!』
『先生は、私をあんまりほっとくと、どっかのイケメンに奪われてしまいますよー』
あーもう、仕事が全然進まねぇ!
そこらへんにあった服を着て、パーカーを着て、フード被って学校に向かって歩いた。
■花見会場
学校の花見会場では、ビニールシートが敷かれ、女生徒たちが座っている。
男子生徒たちは、それぞれ一発芸をしたりして、それぞれ女子の気を引こうと努めていた。
意外にもアルコール類は持ち込まれず、ジュースとお菓子で宴は繰り広げられていた。
学校の敷地内と言うことも健全さを失わなかった理由の一つだろう。
4月だと18時ごろでもまだ明るい。
そうは言っても、昼間よりも日差しは陰り、少しずつ寒くなってくる。
男子たちは、温かい飲み物を差し入れることで女子が帰ってしまうのを防いでいた。
そして、男子たちの待ちに待った『告白タイム』に突入したのだった。
「吉塚さん!」
「ひゃ、ひゃい!」
急に呼ばれて、女生徒吉塚さんは変な声をあげてしまった。
「1番、久留米です!よかったら来週、水族館に一緒に行ってください!」
ひとりの男性生徒、久留米くんが、吉塚さんに申し出る。
ここで初めて『告白タイムのスタートなのだ』と全員が認識した。
普通だったら、恥ずかしくてそんなことが言えるはずもない生徒も、この場の雰囲気がおかしくさせていた。
しかも、久留米くんは『1番』と宣言したことで、『2番』、『3番』が行きやすくなった。
久留米くんは右手を吉塚さんに差し出し、腰は90度ではないかと言うくらい曲げ、吉塚さんに手を取ってもらうのを待っている。
周囲は全員、この2人に注目し、静かにその動向を見守った。
そして、すごく断りにくい雰囲気を醸し出していた。
「水族館だけなら・・・」
吉塚さんが、久留米くんの手を取った。
これに周囲は大歓喜。
トップバッターが吉塚さんとのデートを取り付けたのだ。
男子生徒は全員『これは行ける』と感じた。
そして、2番手がすぐに名乗りを上げた。
「2番!相沢守(あいざわまもる)行きます!!」
お調子者で知られている、相沢が右手を高らかに上げ、『次は俺が行く』と名乗り出た。
「十連地(じゅうれんじ)さん!」
「……」
「……」
「十連地さん、呼ばれているよ?」
紗弓の近くにいた、箱崎唯(はこざきゆい)が、紗弓に声をかけた。
「はい?」
周囲に導かれるように、ブルーシート中央に連れてこられた紗弓。
本人は何が始まるのか、まるで分っていない様子。
ここで、もう一度、相沢が大声で仕切り直した。
「十連地さん!」
「はい……」
「ちょっと待った!」
ここで、お約束の『ちょっと待った』がコールされた。
ぞろぞろと出てくる男子生徒たち。
紗弓は、その容姿と、営業スマイルで男子たちの心を射止めていた。
『寝耳に水』……なにが起こっているのか、分かっていない紗弓。
ただ、男子たちに6人囲まれて、次々に告白されていったので、システムは理解した。
「俺と楽しい3年間にしよう!」
「可愛いと思ってた!俺の彼女になってください!」
「俺に笑いかけてくれた笑顔に惚れました!」
などなど、真剣に告白していく。
ここにいた全員が『これが今日のメインイベントだ』と理解していた。
当の紗弓は、困った様子できょろきょろと左右を見渡していた。
そして、校門の外に黒いパーカーを着た、一見不審者に見える人影に気づいた。
「せんっ……」
そこまで言って、紗弓は言葉を止めた。
そして、目の前の男たちに『答え』を告げた。
「ごめんなさい…」
その声に、男子たちがその場に崩れた。
「あの・・・すいません、迎えが着ましたので、私はこれで…」
そう言って、校門の方に走っていく紗弓。
その場にいた、全員が『恥ずかしくて逃げて行ったんだ』と誤解した。
今日のメインイベントだったこともあり、駆けていく紗弓を多くの生徒が目で追っていた。
そのうち、誰かが、おかしいことに気が付いた。
紗弓が走っていく校門には、1人の男が立っているのだ。
背は高い。
体格もいいようだ。
真っ黒いパーカーを着ていて、フードも被っているので顔は分からない。
全員が見守る中、紗弓がその『黒パーカー男』に近づき、腕を組んだ。
「おい!十連地さんが自分から駆け寄って腕くんだぞ!!」
誰かが言った。
あれが本命か……
年上っぽい
十連地さんくらいになると、彼氏がいるのは当たり前。
各々が、各々の感想を心に、静かになってしまった。
残念ながら3番手以降の成約率は格段に下がった。
■帰宅
「寒くないか?」
「そう言えば……」
4月とはいえ、夕方になると冷えてくる。
俺は、着ていたパーカーを脱ぎ、紗弓に羽織らせる。
「あ、おっきいー!こんなのどこにあったんですか?
「ずっと昔のだから、仕舞っておいた」
「私が着るとコートみたいですね」
「ふふふ」
「それよりも、先生、パーカーを脱いだのに、またパーカーってどういうことですか!?」
「体格とかで分からないように、いっぱい着込んできたんだよ」
「ファッション界でタブーとされる、『パーカー・オン・パーカー』で、『フード・オン・フード』じゃないですか!」
「しょうがないだろ、絶対にバレることが許されないんだから!」
紗弓は歩きながら俺を覗き込んだ。
「先生、来てくれたんですね♪」
紗弓は嬉しそうに俺の腕に掴まっている。
「いや、ほら、夕飯の準備がまだだったから、百合子さんがお腹を空かせていると思って…」
「夕飯なら、カレーを作って、ご飯はタイマーをセットしてきたからもう出来上がりますよ?」
「それと……ほら、遅くなると百合子さん心配するだろ」
「またまたぁ、私が心配だから来たくせにぃ」
「そんな訳ないだろ」
「いや、もしかして、本命はお母さん!?」
「そんな訳ないだろ」
「お母さんを篭絡したら、私も付いてくるから、親子丼的な…?」
「お前は、どこからそういう言葉を覚えてくるんだ!?」
軽く頭をこづく。
「『将を射んと欲すれば、不味い馬から煮よ』的な?」
「馬を煮てやるな」
それを言うなら、『将を射ん欲すれば、まず馬を射よ』だろう。
絶対間違わない間違い方であることから、紗弓は知っていて間違えている。
「ふふふ……一緒に歩けましたね」
嬉しそうに紗弓が言う。
「……」
俺はできるだけ顔が緩まないように無言で返した。
「デートですね」
「うるせい」
「迎えに来てくれたのはやきもちですか?」
ニマニマしながら聞いてきた。
表情は見なくても分かる。
「うるさい、うるさい」
「今日は遅くなったし、ご飯はうちに食べにきたらどうですか?馬も煮れますよ?」
「うるさい、うるさい」
二人で家に帰りつくまで、腕は組んだままだった。
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