02_ボッチ飯

「先生、私は先生と教室でお弁当が食べたいです」


「・・・おまえなぁ、無茶言うなよ」


「なんでですか!?好き合うふたりが教室でイチャイチャ一緒にお弁当・・・高校生活の醍醐味です」


「いや、『醍醐味』の意味を知っているのか!?お前は弁当を食べに学校に行っているというのか・・・」


「ぶぅ」


紗弓が片頬を膨らませて抗議の表情を向けてきた。


「いや、俺は教師で、お前は生徒だ。教室で一緒に弁当食べてたら変だろう!」


「あ、話の順番を間違えました」


「?」




■現在―――

今日も自分の部屋(いえ)のであるかの様に俺の部屋(いえ)に来ている紗弓。

彼女はこのアパートの101号室の住人。

大家である母親と2人暮らし。


うちは102号室で一人暮らし。

職業高校教師。


紗弓が俺の部屋(うち)にいるのは、紗弓の帰りが遅い母親が帰って来るまで、俺の部屋(うち)で遊んでいた小さい頃からの習慣。

単なる習慣だ。


俺は、学校から帰り、自宅で机に向かって書類仕事をしていた。

和室に置いた畳の上でも置けるタイプの机だ。


家(うち)に持ち帰ってまで仕事をしないといけないという・・・高校教師、なかなかにブラックだ。





紗弓は時に、俺のことを『幼馴染』と表現するが、俺が紗弓と出会ったのは、あいつが8歳の頃。

俺は既に成人していたので、俺は全然幼くもなんともなかった。

ただ、あいつにとっては、幼馴染なのかもしれないので特に否定はしないが・・・




当の紗弓は、俺の後ろで畳に寝転がってスマホでSNSだかゲームだかをしている。

制服のままゴロゴロしているので、スカートもめくれ散らかしているだろうが、俺には仕事がある。

それを見ていちいちドキドキしている余裕はないのだ。


会話こそしているが、俺は壁に付けた机に向かっているので、紗弓はもっぱら俺の背中に話しかけていて、俺は振り返らずに話をしながら仕事をしている状態だ。




「先生、入学から1週間。クラスでは仲良しグループのメンバーが決まりました」


「ほお、そうか」


「逆に言うとグループに入れない『ボッチ』が出現しました」


「やな言い方するなぁ」


「ボッチといえば、ボッチ飯。教室でひとりでご飯を食べているのは、男子二人、女子二人です」



30人中4人・・・意外と多いな。

時代かな。

俺が高校時代はボッチ飯はちょっと恥ずかしかったが、今では割と市民権を得ていると思う。


「意外と多いなぁ」


「これは由々しき事態です。『受動ボッチ』の人を群れに放牧するには、『ボッチ磁石』の先生がお昼を教室で食べればいいと思います」


「ちょっと待て、『受動ボッチ』ってなんだ!?あと『ボッチ磁石』ってなんだ!?」


「ボッチには、自らボッチを選ぶ『能動ボッチ』とボッチであることを強いられる『受動ボッチ』があります」


「んー、まあ、言っていることは分かる」


「自らボッチであることを選んでいる崇高なる能動ボッチを群に入れるのは悪行。一方で、受動ボッチは切っ掛けを待っています!」


「なるほど、一理あるな」


後は、小テストの採点だけか・・・

隣の席のやつと入れ替えさせて採点させればよかった・・・

1回テストしたらクラス30人分30枚採点しないといけない。


1日6時間授業をしたら、×(かける)6で180枚も採点を・・・

自動で採点してくれるマシーンが欲しい・・・(涙)


おっと、紗弓の会話の相手もあった。


「俺が、教室で弁当を食べるってもなぁ、俺の席とかないぞ?」


「食堂組がいるから空いてます。その席を使えばいいのでは?」


うちの高校では食堂もあるので、半分くらいの生徒は食堂で食べているみたいだ。

その分、教室で弁当を食べる生徒は好きな席で食べることが出来ているようだった。


「それなら、食堂に行く生徒を見つけて、事前に許可を取らないと・・・」


「そんな正式にしたらダメです。ふらりと来てふらりと食べたらいいのです」


「えー。うまくかなさそう・・・」


「ダメだったら、別のことをすればいいじゃないですか。誰も一緒にお弁当を食べてくれなかったら、私がいます!私も先生とお弁当を一緒に食べられるので嬉しいです」


うーん、せっかくの高校生活だ。

人間関係が完全に固まってしまう前に、できるお節介はしておくか・・・






■翌日・昼休み―――


「おーす、ちょっと空いている席貸してくれ」


俺は自分の弁当を持って、昼休みに担当クラスに行ってみた。


「どしたの?せんせい」


近場の生徒が聞いた。


「他の先生には言うなよ?職員室の雰囲気に耐えられなくて・・・」


「ダメ教師かよwww」


「うるせぇ。大人には色々あんだよ」


冗談っぽく教室に入っていくことはできた。

普通に考えて昼休みまで担任がいるとか邪魔だからな。

俺の高校時代の経験から言えばだけど。


とりあえず、目の前の空いている席を確保した。


「じゃあ、誰か一緒に食べようぜ!」


「あ、じゃあ、俺!」


「あ、俺も!」


「私も!」


「あ、私も一緒に食べたーい!」


(ワイワイワイワイ)


えらい集まってしまった。

俺の机は何角形なんだよ。

そんなに机は付けられんぞ。


ワイワイ楽しいお昼タイムになってしまった・・・

一人で食べている(ボッチらしい)仲町と東陽はその輪に入れなかったみたいだ。


まあ、この雰囲気で入ってこれたら、そもそもボッチ飯なんてしていない。

失敗だ。


『だめじゃないか!』


恨めしそうに紗弓をみる。


紗弓は片頬を膨らまして怒ってる。

うーん。かわいい。

あの顔は、『これでは私が一緒に食べられません』の顔だな。




『ボッチ・サルベージ作戦(今、作戦名考えた)』1日目は失敗だった。




ちなみに、夜、部屋(いえ)では・・・


(ボスボスボスボス)「あれでは私が先生とはお弁当を食べられないじゃないですかー!」


「俺のクッションがダメになるから、あんまり痛めつけないでやってくれ・・・」


紗弓さんおこだった。






■作戦2日目―――


「よお!また席借りるぞ」


「あ、私一緒に食べてあげるー」


「先生、他の先生からハブられたんでしょ!?私が慰めてあげるー♪」


(ワイワイワイワイ)


今日は女子8割になってしまった。


益々ダメじゃないか!


紗弓は片頬を膨らまして怒ってる。

うーん。今日も安定してかわいい。




ちなみに、夜、部屋(うち)では・・・


「先生、なぜ人気があるのですか!左半分だけスキンヘッドとかにしてください!」


「無茶言うな。そんなヤバいやつが担任だったら嫌だろう!」


「シャツを出して、よだれとか垂らしていてください」


「もう、それは人として普通にダメだろ!」


「私は気にしません!」


「いや、気にしろよ!そして、俺が気にするわ!」


「先生!ボッチどもをピンポイントで狙い撃ちしてください!」


「スナイパーか、俺は!?あと、『ボッチども』とか言ってやるな」






■作戦・3日目―――

今日は、最初から1人で弁当を食べているやつを狙い撃ちして、こちらから声をかける。


「仲町。おまえの弁当豪華だな。一緒に弁当食べるか。隣の席貸してくれ」


うまく入り込んだ。

そうすると、昨日、一昨日と一緒に弁当を食べた子が集まってきた。

良い流れだ。


「え!?仲町、お前弁当それ、自分で作ってんの!?」


聞けば仲町は自分で弁当を作っているらしい。

男子だが、女子力が高い。


「はい・・・料理が好きで・・・」


「すげえなお前!」


俺は料理が全くできない。

鶏肉を買ってきても、『焼く』以外の選択肢がなく、とりあえず焼いて食べるので、紗弓から『食材の墓場』と誇らしくない称号を頂戴した。 


あいつは料理スキルが凄いからな。

毎日、帰ってきた母親のために夕ご飯を作っているし、俺にもお裾分けをくれる。

最近では、俺の弁当も作ってくれているほどだ。


「先生のお弁当も手作りですね。自分で作っているんですか?」


「いや、下宿先で弁当が付く」


おお、仲町が話している。

グループの中でも話せている。

たまたまボッチになったけれど、グループの中に混ざりたかったのかな?


「下宿のそのおばちゃんきれいですか?」


勝手におばちゃんにしているが、お前の斜め後ろで、片頬膨らせてにらんでるのがそいつだよ・・・


「ああ、飛び切りな」


「ヤバイ。先生熟女専だ」


「言ってろ」


「「「はははははは」」」




この『ボッチ・ピンポイント・スナイパー作戦(作戦名は今考えた)』は一定の成果を上げ、翌日はもう一人の男子ボッチ、東陽をグループに導いた。


さらに、翌日、女子ぽっちの一人、南砂を女子グループにねじ込んだ。





■作戦会議―――

「4人中、3人のサルベージをしたぞ!」


「先生すごいです!」


紗弓が淹れてくれたコーヒーを飲みながら俺は割とご機嫌だった。

担任として、『先生らしいこと』ができて少し嬉しくなっていた。


「ボッチは、あとひとりだけですね!」


「おおよ!」


この勢いで、最後のボッチをサルベージしてやろうと思っていた。


「でも、最後のボッチは救えますかね!?最後のぼっちは私です!」


「お前かよ!なんか四天王的に偉そうに出たな!」


腕組みして俺の前に立ちはだかる。


「なんでお前がボッチなんだよ。社交的だろうに・・・」


「高校生には、高校生のいろいろがあるのです」


うんうんと満足げだけど、どういってもボッチからね・・・


「すでに教室は先生が、『ボッチを中心に声をかけている』と話題です」


作戦がバレてるじゃないか。

台無しだよ。

声をかけられた生徒がいじめられないか心配だよ。


「それでも、これで私のところにダイレクトに来ても何もおかしくないのです」


「はぁ・・・」


もしかしたら、紗弓は最初からこれを狙っていたのかもしれない。

そのために、わざとボッチになって・・・

しょうがない。

じゃあ、少しだけ付き合ってやるか。






■作戦・4日目―――


「今日も邪魔するぞ!お、十連地(じゅうれんじ)ひとりか。横邪魔するぞ」


「先生、恐縮です」


なに?その営業スマイルみたいなの。

なに?その言葉遣い。

いつもの様に楽しいやつらもワイワイと集まってきた。


「十連地さん、可愛いから、私お話したかったの!」


「ありがとうございます。私もお話したいと思っていました」


なにこの紗弓の社交辞令トーク。


「あ、俺も十連地さんとアカウント交換したいと思っていたんだ!」


調子に乗った男子生徒がスマホを取り出して紗弓にアカ交換を申し出た。


「すいません。スマホは持っていませんので・・・」


「え、嘘、この間スマホ持ってたよね!?」


「バカ!『お断りします』ってことだろ!」


「え!?俺フラれたの!?」


「「「わはははは」」」


なんか楽しそうな話題が目の前で繰り広げられていた。


「私、十連地さんと友達になりたいと思ってた!」


「私も!」


今度は女子たちが名乗り出た。


「ありがとうございます。嬉しいです」


何この社交辞令トーク!?

紗弓は学校では猫100匹被って過ごすつもりなの!?






■その夜―――


「むわーーー!!!」


俺の部屋の畳の上で、クッションを抱きしめて足をバタバタして、不満を全身で表現する紗弓。


「先生とふたりっきりでお弁当が食べたい、先生とふたりっきりでお弁当が食べたい」


そこには、単なる駄々っ子がいた。

学校でのあの『営業スマイル・紗弓』はどこに行ったのか・・・

そのうち、クッションを顔にギューッと当てて・・・


「あれ?このクッション先生のにおいがしますね?もらってもいいでか?」


クッションを掲げて、満面の笑顔で訊いてくる紗弓。


「ダメだろ!俺が座る時に使うんだから」


「じゃあ、私のファーストキスをあげますので、このクッションをください」


キス顔をしながら猫の様に四つ足で近づいてくる。


「等価交換がおかしい!錬金術師を見習え!」


件(くだん)のクッションを取り上げて、紗弓の顔に押し付ける。


「そんなんだと、お母さん泣いてるぞ!?」


30歳前のおっさんの家に女子高校生の娘が入り浸っているって・・・


「お母さんは、私が先生のお嫁さんになると信じて疑わないですよ?」


「なぜそんなことに!?いつからそうなった!?」


「日々、少しずつ先生とのことを、あることないこと吹き込んで・・・」


「『ない』ことは吹き込んだらダメだろ!」


「結果、もう、私と先生は8割くらい結婚しています」


「いつの間に!?実の母親を洗脳か・・・恐ろしい子・・・(白目)」






■翌日・職員室―――

この日も昼休み教室で弁当を食べたのだが、特に進展はなかった。

ただ、紗弓も含め『ボッチ飯』はいなくなった。




「聞きましたよ、富成先生」


放課後の職員室で教頭に声をかけられた。

教頭は、一般企業で言えば副社長か専務のような存在だ。

要するにめちゃくちゃ上司から声をかけられた。


「な、なにをですか?」


「昼休み教室に行って、一人でお弁当を食べている生徒をみんなの輪に導いているそうじゃないですか」


「そ、それは・・・」


「みんな仲がいいのはいい事です。ただ、過干渉には十分注意してくださいね」


「は、はい―――」




褒められた。

まさか、紗弓、これを狙ったってことは・・・

そんな訳ないよな。





■翌日・昼休み―――

今日も俺は調子に乗って昼休み弁当を持ってきた。

いつもの様に数人集まって弁当を開けると・・・


「あ!先生の弁当、ピンクのハートがある!」


お弁当のご飯の部分に、さくらでんぶでハートマークが描かれていた。


「!?」


紗弓・・・やりやがった・・・


「先生、この間言ってた下宿のおばちゃんも先生のこと好きなんじゃないの!?」


「「「わははははは」」」


周囲が爆笑の渦に巻き込まれた。


まあ、その『おばちゃん』俺のすぐ横で、どや顔でこっちを見てるけどな・・・

まあ、いいクラスになってきたのかな、と思った。

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