10_無力な僕たちに出来ること

■葛西ユージ視点

霧島先生が来てくれた日の翌日、僕は恐る恐る教室に行った。


「お!ユージ!もうジャバに出たのか!?」


高田が揶揄い半分で心配してくれた。


「ああ、霧島先生が昨日うちに来てくれて、学校来ていいって」


「マジか!?霧島、いい先生だな!」


「あ!葛西!おはよ!」


「はよ!」


落合も心配してくれていたのか、近くに来ると、背中をバンバン叩いてきた。

ちょっとは遠慮してくれ。


「でも、なに、その顔。ケガ?」


高田が聞いた。


「ちょっとね・・・」


「光山先輩を殴ったって本当だったのか!?」


「まあ、逆にボコボコだけどね」


「マジか、お前すげえなぁ」


「ただやられただけだから、全然すごくないよ」




「あ!葛西くん!」


小田島さんだ。


「小田島さん、おはよう」


「えー!?どうしたの!?その顔!?」


「ちょっとね・・・かっこ悪いからあんま聞かないで」


「うそー、痛そー!大丈夫!?」


「まあね。せっかくかっこよく髪切ってもらったのに、ごめん」


「それは・・・」


なんか分からないけど、小田島さんが顔を真っ赤にしてもじもじし始めた。

僕は何か変なことを言ったのだろうか。






「おーし!ちょっと早いけど、席につけー!」


霧島先生が少し早いくらいに教室に来た。


「今日は朝からロングホームルームやるぞ!1限目の神楽坂先生には変わってもらったから、1限目ぶち抜きでロングホームルームだ」


「なになに!?」


「よーし、みんな少なからず気になってるだろう、葛西の停学のことだ。誤解とかが生まれないようにクラスのみんなにはしっかり知っておいてもらいたい」


先生は、ウルハのことはできるだけ話さずに、僕が誤解を受けて停学になったことをクラスメイトに説明してくれた。


そして、一旦停学になったが、後で取り消して、『1日自宅学習』と言う扱いに変わったことを説明してくれた。


少しだけ落ち着かなかった雰囲気の教室も先生の説明でみんな協力的になった。


「お前が上級生に殴りかかるとか、聞いたとき最初嘘だろと思ったし」


「俺ら同じクラスじゃん、何かあったら手伝うから」





めちゃくちゃいいやつばかりだった。

先生にもお礼を言おうと思って、職員室に行った。


職員室の雰囲気から、必ずしも僕に友好的な感じじゃないのは分かったけど、霧島先生が言った。


「俺もできることは全部やる。でも、大人の手が届かないことは必ずある。そん時は相談してくれ」


「はい・・・お手数おかけします」


「バカ、お前は俺の生徒だろが。気にすんな」


「はい・・・」


霧島先生が顔を近づけて、他の先生に聞こえないように耳打ちしてきた。


「中野の件な、昨日一応カウンセラーの先生が会えた。今日の放課後もう一回行くらしいから、お前も同行しろ」


「大丈夫なんですか?」


「中野のOKも取ったらしい」


「ありがとうございます!」


その日1日は早く家に帰りたくてそわそわして過ごした。






昼休み、ちょっと好ましくない噂があるとクラスの女子が教えてくれた。

校内で光山先輩が生徒会長と肉体関係を持ったという噂だ。

僕は全く気付かなかったが、噂話は女子の方が耳が早いみたいだ。


年齢的に興味のある内容だったことと、光山先輩、ウルハとも校内では知らない人はいない有名人スキャンダルに、噂はたちまち背びれや尾びれをつけて、校内を泳ぎ回っているらしい。


僕に協力的なクラスメイトさえ、何人かは、『なにがあったかは2人しか分からないから』とどこか信じている節もあったほどだ。


無いことの証明は『悪魔の証明』と言われるほど証明することが難しい。


光山先輩は、他にも可愛いと評判の女子と付き合っていた過去があり、『いかにもヤってそう』という先入観もある。

こちらとしては、なにもなかったという物的証拠を出すことが出来ないというのも不利な点だ。






ここで、僕はなにかをしないといけない。

転校するのも一つの手だろう。

何も絶対戦わなくてもいいはずだ。


他の高校に転校して、何も知らない新しい友達と新しい学校生活をすればいい。

ただ、なにかの拍子にバレてしまうのではないかと言う不安を持ち続ける。

トラウマも時間をかけて克服していく必要があるだろう。


被害者の方がずっと長い期間苦しむことになる。




仮に僕と肉体関係を結んだとして、僕が初めてだったと言ったとしても、信じるかどうかは聞いた人次第だ。

それに、この方法はウルハに更に精神的プレッシャーをかけることになる。

正直手詰まりだった。







放課後、ウルハの家の玄関前でカウンセラーの先生と待ち合わせた。

カウンセラーの先生は白衣を着ていて、いかにも専門家らしい姿だった。


「スクールカウンセラーの竹橋と言います。よろしくお願いします」


「こちらこそ・・・」


「通常は、ご家族以外を同伴させて、こういったカウンセリングはしないのだけど、中野さんのご家族もそう望んでおられるので、同伴していただきました」


「あ、はい」


「ここで見聞きしたことは絶対に口外しないようにお願いします」


「はい」


その後、1階でウルハのお母さんも交えて色々な書類にサインしたり説明を受けたりした。

そして、最後に注意された。


「これから、ウルハさんのお部屋に行きますけど、なにを見てもけっして動揺しないでください」


「それはどういう・・・」


「ウルハさんは心も身体も傷を負ってます。あなたにそれらを見られるのを心から恐れています。でも、同時に助けも求めています」


「はい・・・」


「あなたの動揺は、ウルハさんに何倍にもなって伝わります。冷静にお願いします」


恐らく、僕が暴力事件を起こしたことを踏まえて、キレやすい生徒だと思われているのかもしれない。






部屋には、ウルハが一人で部屋にいた。

ベッドの上に体操座りで頭は垂れていて表情は読み取れない。


「ウルハ・・・」


僕の声にピクリと反応して、顔を上げるウルハ。


「ユージ・・・」


「心配したよ・・・」


そういうや否やみるみる表情が崩れて行った。


ウルハはベッド脇まで行った僕のお腹に抱き着いて泣いた。

こんな弱々しいウルハを見たのは初めてだった。


僕はどうしていいのか分からず、カウンセラーさんに視線で助けを求めたら、コクリと頷いた。

どういうこと?

慰めたらいいってこと?


とりあえず、頭を抱きしめて背中を撫でた。

どれだけ泣いていただろう。


ずいぶん時間が経った後、落ち着いたのか、ウルハが泣き止んだ。




「ウルハさん、出来る?」


カウンセラーさんがウルハに聞くと、ウルハはコクンと頷いた。

何が始まるのか、僕は息をのんだ。




ウルハは、左頬と両手首を僕に見せた。

頬と両手首にはそれぞれ痣があった。

正確には内出血か?




「これは・・・」


「頬は殴られて、腕は掴まれた跡とのことです」


僕の中で怒りが沸騰するのを感じたが、先に言われていたのがなんとか我慢した。

カウンセラーさんが、僕の腕に手を載せ、落ち着かせていた。


「落ち着いて、座りましょうか」


「はい・・」






「まず最初に、よかったことは、あなたがウルハさんを助けてくれたことです」


カウンセラーさんが言った。


「普通、こういう場合、大事な人にほど、全てを隠す傾向にあります。家族とか、恋人とか・・・」


そりゃあそうだろう。

分かる気がする。


「でも、隠してしまうことで加害者は野放しになり、被害者はずっとPTSDに悩まされ続けます。心的外傷後ストレス障害・・・いわゆる、トラウマです」


「・・・」


「中野さんの場合、あなたが助けることで、あなたには隠す必要がなかった」


そういう事か。


「中野さんは、どうしてもあなたに伝えたいことがあるそうよ。それでここに来てもらったの」


「伝えたいこと・・・?」


ベッドに座っていたウルハが、床に降りてきて、僕の隣に座った。

僕の袖をつかむと、涙をポロポロと流し始めた。


「ごめんなさい・・・」


何のことだろうか。

謝られる理由が1つも思い浮かばない。

僕はウルハの次の言葉を待った。


「今まで気づかないでごめんなさい・・・私一人では何もうまくいかなかった・・・」


ウルハほど、なんでも自分でできてしまう人を僕は知らない。

何のことを言っているのだろうか。


「生徒会の仕事も裏で頑張ってくれているのに全く気付かなかった・・・」


「・・・」


「毎朝迎えに来てくれていることに、なんの疑問も持たなかった・・・」


「・・・」


「部長とか、商店会とか、バイトとか・・・全然知らなかった・・・」


「・・・」


「構ってくれないから拗ねてただけって・・・自分でも気付かなかった・・・」


「・・・」


「光山先輩のことは・・・他の男の人の話をした時の、ユージの悔しそうな顔が・・・やきもちが嬉しくて・・・つい・・・」


「・・・」



ここまで言われて、分からない訳がない。

僕は、ウルハを抱きしめた。

今更ながら、僕はウルハが好きで、そこを変えることなんて最初から無理だったのだ。


どんなに周囲に女の子がいても、結局『基準』となるのはウルハで、『ウルハと比べて背が高い』とか『ウルハと比べて髪が長い』とか、無意識に失礼な比較をしている。


『基準彼女』がウルハである以上、僕はウルハ以外では幸せにはなれない。




「ウルハ・・・今更だけど、僕はウルハが好きだ。光山先輩とは別れて僕と付き合ってほしい」


「・・・」


ウルハが目を見開いて驚いている。

僕も顔が痣だらけだし、カッコわるかっただろうか・・・





「ユージ!」




ウルハが胸に飛び込んできた。

体勢は崩れて床に転がる僕。

胸にはウルハを抱きしめたまま。


わざとらしく明後日の方向をみるカウンセラーさん。

・・・気を遣わせてすいません。



「ユージ、聞いて。」


「なに?」


「光山先輩とは別れたの。あの日・・・帰ってからすぐにメッセージで別れるって送ったから」


それで僕が光山先輩に会いに行った時、最初っからキレてのか・・・


「ユージも、あの人と別れてくれたら・・・」


「あの人?」


「私知ってるの。腕を組んで一緒に帰っているのを見たことがあるもの・・・」


腕を・・・?

ああ、あれか・・・見られていたのか。

小田島さんのことだろう。

恥ずかしい・・・


「彼女は、僕の髪を切ってくれただけだよ・・・ウルハにフラれて落ち込んでたから、気持ちをスッキリさせたらって・・・」


「でも、最近ずっと会ってくれなかった!土日行ってもほとんどい家にいなかったし!」


「ああ・・・それはバイトをしてたし・・・」


「それ!それ聞いてない!」


「あの・・・ちょっといいですか?」


僕はカウンセラーさんに声をかけた。



「え?私?なんですか?」


カウンセラーさんはワンテンポ遅れて反応した。

ウルハをカウンセラーさんに任せて、僕は一旦家に帰る。

そして、急いでアレを持ってきた。


「(はあ、はあ、ぜえ、ぜえ・・・)」


「そんなに急がなくてもいいのに・・・」


カウンセラーさんが、ぼそりとつぶやいた。


ウルハがどうにかなってしまったら、僕はどうしようもなくなってしまう。

1秒でも早く戻ってきたかったのだ。


「ウルハ・・・これ・・・」


ずっと渡せなかった誕生日プレゼント・・・

捨てられなかった、プレゼント。


「なに?これ・・・」


受け取ると、ウルハが白い外箱を開ける。


『え?え?』と言いながら、ベルベット生地の指輪箱を開く。

そこには小さいけれど、石がついたプラチナの指輪が入っている。


ウルハが驚きのあまり、『なに?』『なに?』と言う表情で僕と指輪を交互に見た。


「遅くなったけど、誕生日おめでとう・・・本当は16歳の誕生日に渡したかったんだけど、婚約指輪のつもりで・・・」


「え?え?ええ!?」


喜んでいいのか、泣いたらいいのか複雑な表情のウルハ。

横では、何故かもらい泣きしているカウンセラーさん。


「親からのお小遣いでこういうの買うのはちょっと違うと思って・・・だからバイトしてたんだけど、言ったらかっこ悪いじゃない?」


「(ふるふるふる)そんなことない。かっこ悪くなんかない・・・」


僕は指輪を箱から取り出して、ウルハの左手の薬指にはめる。

サイズは、事前にすごく調べておいたので間違いないはず。


ウルハが指輪のはまった左手を目の高さまで持ち上げて、いろんな角度から指輪を見ている。


これに耐えられるデザインと品質が必要だった・・・

ウルハの目はとても厳しい。

安物だと一発でバレてしまう・・・


「ううう・・・ズルい・・・ユージずるい・・・」


「あれ?気に入らなかった?」


「そんな訳ない・・・嬉しい・・・」


もう一回、ウルハが抱き着いてきたので、抱きしめた。


そっと彼女の頬の痣を撫でた。


「跡が残らなかったらいいけどね」


コクンとウルハが頷いた。

僕はウルハを抱きしめたまま、背中を撫でて落ち着かせた。




「オホン・・・その・・・思っていた以上にいい方向に向かったと思うのですが、今後どうするのかは、中野さんの親御さんも交えてお話しする方向で・・・」


カウンセラーさんが色々説明してくれていたが、僕らにはもう、耳に入ってきていなかった。


その後、リビングに降りて行って、ウルハのお母さんと、ちょうど帰ってきたお父さんに正式に付き合い始めたことを伝えると、ものすごく喜んでくれた。


お父さんは、なんか箱に入った高そうな酒を持ってきたので、丁重にお断りして再び仕舞ってもらった。

なんか僕と飲みたかったらしいけど、僕はまだ未成年だし・・・


帰りがけ、詩織ちゃんがちょこっとだけ顔を出していたけど、ウルハに『やっぱりお姉ちゃんは嫌い』と言って部屋に戻っていった。

ウルハ、詩織ちゃんに何したんだろう・・・

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