5
電子レンジの上にオーブンは無事に載せられた。色合いも白で統一してある。先に置いてあった電子レンジの方が色あせているけれど、そのうち馴染むだろう。
まだスフレの材料は買っていないので、試しに食パンを入れてトーストにした。朝でも昼でもない間食のトーストはサクサクと小気味よく音を鳴らす。新鮮な食感は少なからず心を躍らせた。居間から罵倒と衝突音が聞こえてくるまでは。
「何したんよ」
コントローラーは床に転がり、ゲーム機本体も床に伏していた。一瞬息が詰まるがテレビに画面が写っているのを見てホッとする。鵜飼は窓際に立って肩で息をしていた。
「物に当たるなよ。それも人の」
苦言を伝えると、鵜飼は呼吸が整わないうちから、手を合わせて頭を下げた。
「悪い。悪かった。弁償するから」
「壊れてないよ。映ってるし」
コントローラーを手にして、画面内を操作する。キャラクターは動いてくれた。
「ごめん」
「いいって」
鵜飼と何度も同じことを繰り返した。鵜飼は頭を抱え、窓際にまるくなり、それからおもむろに立ち上がった。
「ちょっと頭冷やしてくる」
足取りは重かった。火照っている身体は蒸気が見えるような気がした。
「車には気をつけろよ」
言ってやると、乾いた笑いが返ってくる。そのまま鵜飼は遠ざかっていった。立ち止まる余裕もないらしい。僕が渡した合鍵をつかって玄関をしめる。静かになった。荒い吐息も聞こえない。自分の口から、肺の中身をなるべく集めてからの大きな溜息が漏れた。
「これが原因ね」
画面の右端に、オンラインで繋がった、同じモンスターを狩る仲間同士のチャットが映し出されていた。それは罵倒でも文句でもない。ただ一言の疑問文だった。
どうしてそんなに死にたがるんですか?
「そんなふうに言ってはいけないよ」
チャットメニューはまだ起動している。相手にはまだ伝わるだろう。今の僕なら鵜飼のフリをすることができる。しかしそれは、やってはいけないことだ。今、あいつはここにいない。それが現実だ。
「さよなら」
口で言って、ゲームの電源スイッチに触れた。その瞬間、画面が動いた。新しいチャットが届いていた。
『シュウさんは怒ってますか』
シュウは鵜飼のゲーム上での名前だった。素直な問いかけに違和感を覚える。まるで鵜飼以外に、僕みたいな人が傍にいることを知っているような言葉遣いだった。だからこそ、気をひかれた。画面を操作して、たどたどしく文字を選んでいく。
『そうだね。でも大丈夫。すぐおさまるよ』
『良かった。本当に友達と暮らしてるんですね』
『シュウに聞いたの?』
うっかり鵜飼と書きそうになって、慌ててシュウに書き換える。
『たまに。フレンドならチャットが送れますので』
僕が見ていないところで、鵜飼も鵜飼なりに交流の幅を広げていたらしい。
チャットの画面はしばらく止まっていた。どのみちこのフレンドは鵜飼を待っているのだ。僕では話題もない。消すのを辞めて、そっとしておいた。窓の外には相変わらず灰色の空が漂っている。キッチンに戻り、二枚焼いたトーストを、結局二枚とも僕が食べる。つけあわせのないトーストを麦茶で流し込んだ。小麦と大麦。同じ麦なのに全然調和してくれない。トースト自体は良く焼けていた。いい買い物をしたと思う。それくらい言わせてくれと誰もいない部屋にこぼした。
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