第七曲 彼女が望んだ結末は?

 フェリカの事件は、あっという間に王都内に広まりを見せた。フェリカの正体、王家の依頼、貴族社会の陰謀。良くも悪くも有名なフェリカの悲報は、王家を始めとする貴族に対する、平民たちの信用を地に落とすには十分すぎた。広大な王都の各地で反政府運動が起こることも。平民たちに近い貴族やフェリカと仲の良い貴族も平民たち加担する。無論、俺たちライザス商会も平民側についていた。度々の暴動により、王家も武力鎮圧を行使し始め、内乱の足跡が少しずつ迫ってきていることを俺も理解し始めていた。


「・・・こんな世界を、お前は良しとしないんだろうな。・・・なあ、フェリカ」

「・・・」


ただ無表情に俺を見つめるフェリカに、問いかける。俺は革命運動に参加しなかった。はじめこそ参加しようと思った。だが、ふと思い浮かんだフェリカの顔に、一抹の不安を覚えたのだ。フェリカは革命を望んでいるのか?いや、俺の知っているフェリカはそんなものを望んでいない。自分と、自分の大事なものの平穏を、最優先に考えている。そう思ったから、俺は革命運動への参加を取りやめ、フェリカが起きるその時まで、傍にいようと思ったのだ。


「はあ・・・。もうひと月経つんだ。いい加減目を覚ましてくれたっていいんじゃないか?・・・なんてこと言ってもだめだよな・・・」

「・・・」


虚ろな赤い目が俺の方をずっと凝視する。やがてゆっくりと視線を変え、テーブルの上のフィドルを指す。


『あ・・・れ・・・』


声は出ていない。口の動きを俺に伝えるだけだった。俺はフィドルを手に取り、フェリカに渡す。受け取ったフィドルを構え、軽く鳴らす。緩んだ弦を調弦し、構える。その姿はなんだかとても苦しそうに見えた。


〜♪・・・♪・・・〜〜


奇妙な音が跳ねる。不完全な音なのに、俺はその音がどこか心地よく聞こえた。


「・・・ごめんね・・・れーくん。」


そんな声が、はっきりと聞こえた。絶対に、フェリカの声だった。俺は彼女の方に振り返る透き通ったの目が、穏やかに俺を見つめていた。


「・・・ふぇり・・・か・・・?」

「・・・」


フェリカはゆっくりと目を閉じる。表情が消え去り、再び赤色の目を光らした。再びフィドルを構え、苦痛の表情を浮かべながら弾く。魔力がかすかに漏れ、その瞬間になにかの声が、頭をよぎった。


(もう、音楽を弾く理由も忘れてしまったのね)

(黙れ!!)


・・・誰かわからないが、とてつもない威厳を持つ声、そして、苦し紛れに反抗するフェリカの声に聞こえた。


「・・・そう・・・なんだな。」


本当に、何があったのかわからない。でも、フェリカが今も何かと戦っている。それだけは、直感的に理解できた。自分のボンバルドを手に取り、吹く。


〜〜〜〜〜〜♪


彼女のフィドルをかき消さないように、丁寧に、繊細に。フェリカに教えてもらった音楽で、俺は自分の音楽を築き上げ、そして、フェリカに音楽を届ける。


〜〜〜〜〜〜♪


不安定な旋律に、安定した音を付け加える。弾き終わったフェリカは不思議そうに俺を見た。何故、俺が弾くのか。それを俺に問いかけるように。


「・・・俺が音楽を弾くのは、フェリカのためだよ。俺はフェリカがいたからこそ、音楽の楽しさに出会えたんだ。俺にとって、お前は恩人なんだよ。だから、俺は恩人を救うために、旋律を奏でるよ。」

「・・・・・・」

「だからさ、フェリカ。お前も、なんのために音楽を奏でるのか、今一度考えてみろよ。」


俺の問いかけに、少し考えるような素振りを見せ、顔を曇らせる。・・・なんのために音楽を弾いているのか、それが今のフェリカに理解できていないことを、俺は否が応でも理解させられた。その段階で、俺はフェリカに、とてつもない憤りを感じた。


「・・・とぼけんなよ!!フレデリカッ!!」


いきなり声を荒らげたことに驚いたらしく、フェリカの体が跳ねた。声が聞こえているそれを理解した俺は更に言葉を続けた。


「お前は・・・お前は本当に忘れたのか?お前は、なんのために音楽を音楽を弾いているのか忘れたのか?」

「・・・」

「お前は・・・ずっと言ってたんじゃないのか?音楽とは、人々の心を癒やし、情熱を、勇気を、夢を、優しさを、安らぎを、そして、生きる標を、そんなモノを届けるためにあるって。」

「・・・」

「お前は・・・そのために音楽を弾いているんじゃなかったのかよ!!」


情けない。好きな女性の前で、涙を流すなんて。そうは思っても止めどなく流れる涙を抑えることなんてできなかった。


「ふふっ・・・馬鹿だな〜れーくん。」

「!?」


滲む視界に、フェリカの青い目が映った。優しげに微笑むその顔は、確かに俺を捉えていた。


「だってれーくん?それは音楽の『意義』であって、私が音楽を弾く理由ではないからね?」

「・・・え?」

「その表情、完全に間違えてたっぽいね。」

「・・・すまん」

「・・・ふふっ。・・・でも、ありがとね。やっと、思い出したよ。」


嬉しそうに笑うフェリカの表情は、本当に久々に見た気がした。・・・とても、幸せそうだった。


「私が望んだ結末は、今じゃない。こんな望んでない結末を、私は許すつもりはない。・・・だから、れーくん。一緒に、この結末を塗り替えるよ。」

「・・・ああ、お前が望むなら。俺だってやってやるよ。」

「・・・うん。じゃあ、少し待っててね。こっちも、やることを終わらせるから。」


そう言って、フェリカはゆっくりと目を閉じる。


「ああ、待っといてやるから、しっかりな。」


再び赤い目を光らした少女に、俺はそういった。


――――――

次回はこの回のフレデリカ視点です。段々と終わりが見えてきました。

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