第六曲 決裂

「・・・結局、あなた達に私との約束を守れるほどの力はなかったのね。」

「・・・」

「この娘の言い方を借りるのは、母親として嫌なのだけれど・・・なにか言ったらどうかしら?」

「・・・」


センパイの家。静かに息をするセンパイは死んではいないものの、意識はない。センパイが横たわるベッドの横で、優しくセンパイの頭を撫でるミーシャルさんは、私達に限りないほどの憎悪を向け、土下座する国王の頭を踏んづけて座っている。


「・・・本当に申し訳ない・・・」

「・・・ふーん。ねえ、本当に心からそれを思っているの?」


うっとりと我が娘を眺めているものの、放つ雰囲気は怒ったときのセンパイをまるで具現化しているようだった。

 あの夜会から数日が経った。あのあと、即時の応急手当により、センパイは一命をとりとめたものの、意識が戻ることはなかった。たまに目を開き、フィドルを手に取るものの、その肉体に魂はなく、弾く曲もなにか不気味で不完全な曲であった。フィドルを取り上げると虚ろな赤い目を向けて、発狂しながら襲いかかってくる。誰からどう見てもそこにいるのはセンパイそのものではなかった。


「別に私はあなた達がこの娘を殺したなんて思ってないのよ?国家転覆の首謀者を無事に捕まえたあなた達の功績は、私も評価するし全国民から見ても称賛に値するでしょうね。」

「・・・」

「でも、なんでフレデリカがこんな姿で帰ってきているのかしら?」


センパイと同じ銀色の長い髪をなびかせてこちらを見る。いつもは本物のように輝く翡翠色の瞳に、今日は輝きを持っていなかった。


「ミーシャル様、フレデリカ様は他の殺されそうだった者をかばって怪我をさr・・・」

「あーはいはい。そんなのはもう何回も説明されたわよ。私が聞いてるのはそんな美化された話じゃなくて・・・」


私の前に立ち、ミーシャルさんの正面に対峙する文官の言葉を、呆れたように遮る。そして、少しの間を持たせて言い放つ。


「なんで、私との約束を守ることすら出来ない人が、この国の国王をやっているのかってことよ。」

「なっ・・・!?」


文官は驚いていた。それもそうだろう。この文官からしてみれば、ただの平民が、国の元首を否定しているのだから。・・・正直、ミーシャルさんの発言はこの文官を怒らせて本音をぶち撒けさせようとしていたのだろう。そして、文官はその狙いにまんまと引っかかった。


「言わせておけばッ!!国王陛下に貴様一人との約束を厳守する暇などあるはずがないだろう!!大体その娘が勝手にかばって怪我を負ったんだろう!?自業自得だでしかないだろ!!何ならここまで回復させた我ら宮廷の人間を感謝してほしいものだ!!なぜ罵倒されねばならん!!」

「そうだ!!卑しい平民が!!さっさとその足を退けないか!!不敬罪で処刑されたいのか!!」


キレた文官に合わせて、護衛に来ていた武官がでてきてそんな事を言う。ミーシャルさんは涼しい顔を崩さずに鼻で笑った。


「この2人はこんなこと言ってるけど、貴方はどう思うの?この人達と同じ意見?」


私の方に顔を向けて話しかけてくる。直接受けたことがなかったセンパイの重圧をこの身に受けているようなその感覚に、私の体はすくみ上がり、震えが止まらなくなる。背中の冷や汗が止まることを知らない。ちらりと文官たちの方を見ると『私達の話に合わせろ』みたいな視線を送ってくる。・・・が、そもそも彼らの話に賛同することが出来ない私は違う言葉を発する。


「いえ・・・私は・・・ミーシャルさんの意見が・・・正しいと思います。・・・そもそも・・・約束を守れなかったのは・・・国王陛下な訳ですし・・・」

「「なっ!?」」

「・・・そう」


ミーシャルさんは少しだけ不満そうな表情を浮かべた。


「私はね。この人と約束したのよ。フレデリカを取らないでって。まあ、この人が私に土下座してるのは、その真意がちゃんとわかっているからだと思うわ。でもね・・・ロゼッタさん?貴方があの日、フレデリカを攫うなんてことしなかったら、私のフレデリカもこの人と合うことはなかった。万が一合ったとしても、完全に政界不干渉にする約束を取り決められてたでしょうね。・・・そもそも、貴方と会ってから、フレデリカは自ら死ににいくような行動を取るようになったのよ?貴方にだって・・・ねえ?分かっているでしょう?なぜ、責任から目をそらそうとするの?」


そう言われて、はっとした。そうなのだ。そもそも、私がセンパイを無理やり攫うことをしなければ、国王と会うことはなかったし、私が近づかなければセンパイは笑って過ごすことが出来ていたのだ。・・・ミーシャルさんの言葉で私は自分がセンパイを間接的にこのようにしたという責任に気づいた。どっと、なにか重圧のようなものが私にのしかかる。いや、正体が責任感だなんてとっくに気づいているだろう。


「まあ、いいわ。貴方には私の発言の擁護をしてもらわないといけないもの。」

「・・・擁護・・・ですか?」

「そう。貴方はフレデリカと前世からの仲なのでしょう?フレデリカの言葉を、知らないはずがないもの。」


そう言ってミーシャルさんは口元を歪める。直後、国王の頭に乗せていた足を、思いっきり振り下ろした。ガンッ!!と、鈍い音とともに国王の頭が床に叩きつけられる。「ふふっ」と小さく笑いをこぼし、国王の上においていた足をおろし、足組をした。


「ねえ国王陛下?・・・国王って、国のなんなの?」

「・・・国の為政者だ・・・」

「ええそうね。ロゼッタさん、それをフレデリカの発言で言うと?」

「国民のために尽くすものであり、その権力は国民の信任によって成り立つ・・・です。」

「正解よ。貴方の前世の世界では、国王が思い通りに振る舞って、民からの信頼を失い、国が崩壊した事例がいくつもあるそうね。」

「・・・はい。」


まずい。そう思っても、私に止めることは出来なかった。この人は、徹底的に国王を、その地位を破壊しに来ていると、そう分かっていても・・・私には、国王の擁護は出来ない。だって、私もこの『貴族』という地位を、現在進行系で破壊されているものであるのだから。


「さて、平民一人との約束すら守れない人が国王になった。国王には国民を守る義務があるのに、そんな国王がその義務を守れると、国民は思うかしら?」

「・・・いえ。・・・私だったら、信じれません。」

「そうね。・・・国王陛下?今の現状、分かったかしら?」

「し、しかし!!今事を知っているのは少数だぞ!?」

「・・・そうね、王宮に引きこもって、ロクに街を知らないあなた達にはそう思えるわよね〜」

「・・・何が言いたい?」


王宮勤め、エリート中のエリートである貴族の文官や武官はミーシャルさんの言葉に不機嫌さを隠す気がなくなっていた。国王はずっと黙っていた。


「フレデリカ、結構有名なのよ?天才少女、異次元なんて言われて、王都では知らない人がいないくらいにはね。この娘のスキルは異次元を過ぎる。ロゼッタさんは最盛期のこの娘を知っているみたいだけど、今の演奏スキルでさえ、誰もこの娘に追いつくことは出来ない。」

「・・・」

「分かったかしら?この娘が街に姿を見せない、それだけでも少なくとも王都全体に噂が広まる。もし、誰かがこんなフレデリカの姿を見たら?一瞬にして材料が揃うわ。・・・最後に私がこの人との約束をバラす。」

「革命運動が起きる・・・」

「そう。さすがはこの娘の親友ね。理解が早くて助かるわ。・・・貴方は、特別。選ばせてあげるわ。」


ミーシャルさんはセンパイの頬に口づけを落とし、立ち上がって扉の方へ向かう。この人の笑顔がこれほどまでに怖いと思ったことはない。


「私はやることがあるから家を開けるわ。勝手に帰ってちょうだいね。」


放っていた重圧を霧散させ、不敵にそういう。・・・この人は・・・センパイの母親は、国王に・・・センパイの父親に対して反乱を起こす気なのだ。そして、私は・・・選ばなければいけない。父親側か、母親側か。


 ふと、センパイの方を見る。起き上がり、赤く赫い目を開いて、私を無表情で見つめるセンパイが、そこにはいた。

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