第五曲 神性の音

「・・・ここは・・・」

『あ、やっと起きた。』


真っ暗な空間。体を起こして呟いた私に呼びかける声は、聞き馴染みがあり、とても不愉快で、どこか心地よくも感じた。


『まさか運命を捻じ曲げるなんて思ってなかったよ。知ってる?本当はね、私は庇おうとしなかったんだよ。ただ死体を前にして【あーあ。かわいそ】って、それだけ呟いておしまいだった。ま、無理矢理運命を捻じ曲げてくれたから、私が介入して私の魂を刈り取れたわけだけど』

「・・・いい加減私のことを『私』って表現するのやめてくれない?」

『はいはい。フレデリカ、これでいい?』


気分良さげに私に話しかけるそれはまるで私の写鏡である。写鏡の問に私は肯定を返す。


「そう。じゃあ質問。私の正体は何?」

「そうね・・・・・・初めは私の裏人格かな。なんて思ったけど、ロゼが見た死神といい、さっきのあなたの介入という言葉だったりから察するに、あなたは私を死に誘う死神といったところかな。実際それだと、あなたに会ってから『死にたい』という感情が急激に想起されたことにも、今この場で死にたいと思えていないことにも納得がつく。」

「なるほどね・・・うーん。」

「ただし少し疑問に残るのが、あなたの執拗なまでの『私の、音に対する執着』への指摘なんだよね。」


私の言葉を聞き、目の前のはニヤリと笑う。そして、最後のヒントを私に出す。


「そうね。だってあなたには才能がないもの。あなたはずっと凡人だった。なのになぜ音楽を続けるのかが分からなかったのよ。倉宮・・・今はロゼッタだっけ?彼女は私とのすらしてないのに契約している人以上に音楽の才能があるもの。」

「・・・なるほどね。あなたの正体がわかったよ。」


私の確信に満ちた表情に、それは満面の笑みを浮かべ、愉快そうに聞いてくる。「なら、答えは?」と。


「音の神、いや、音自体。私のいた世界の中で当てはめるなら、クトゥルフの呼び声に出てくる邪神。『生ける音、トルネンブラ』がとてつもなく近いんじゃない?ロゼに近づいた目的は・・・その創作神話に乗っ取るならだけど、ロゼの魂を自ら、あるいは他の神のための贄として用意しようとした。で、私のところに来たのはロゼの魂の抵抗が強すぎたから。私を代用品か、ロゼを揺らすための道具として利用しようとした。どう?」


目を丸くする邪神。直後に大笑いをするが、その声はあまりにも大きく、まるで頭の中に直接響いて来るような不快感を作用させてきた。


「いやぁ。まさかそこまできれいに正解を当てるとはね。そうだよ。すべて正解。私は音の神であり、人間には到底理解できないような音そのものでもある。」


私の回答をほとんどパクったような回答にも関わらず、私のした回答とはまるで規模が違うように感じる。正直、不愉快極まりなかった。


「それで、目的は?」

「大方君の言ったとおりだよ。ロゼッタに近づいたのは圧倒的なその才能。あの子なら、私が憎き神々から受けた封印を解いてくれるって、そう思った。・・・でも、あの子は私に抵抗した。自ら命を絶つことで、私の手から逃れたの。だから、今度は君に近づいた。君も才能はないとはいえど、実力は私の契約者以上。それにあの子とも仲が良い。そして簡単に捕らえれるくらいまで弱りきった精神。最初こそ、上手いこと縛れたんだけど、円環の女神に感づかれてね。最近やっと追いつけたの。」

「ふぅん。で、どうする?このまま連れてくなら、もちろん抵抗するけど。私だって、あなたの封印を解くなんて御免だからね。」

「なら、力づくでも、私のところまで連れて行く。」


私も、私を模したその神も、大きく顔を歪めた。いくら化身といえど、相手は神。しかも私の天敵、音である。全身が震えるのは、恐怖からでしかないだろう。


「ははっ・・・なんだか変な気分、あなたのことが怖くて、今にも逃げ出したい筈なのに、立ち向かうことにこれ以上ない使命感を感じる・・・まるで勇者にでもなったような・・・ね」

「・・・そう。まあ、貴方は私に攻撃1つ出来ないでしょうけど。」


冷たく神が嗤う。私はいつの間にかそこにあったヴァイオリンを手に取り、神と対峙する。


「・・・貴女は、どれほど無理な芸当かわかっていても、引かないのね。」

「違う。・・・引けないんだよ。いっそ死にたいって・・・どれだけそう言ったとしても、私はみんなに夢を、希望を届けないといけない。・・・そのために、今ここで、あなたの手中に堕ちる訳には行かないのよ!!」

「そう・・・なら・・・ここで永遠に眠らせてあげる!!」


気味の悪い音。飛び跳ねたり、変に短かったり、あっちこっちに飛んだり。たとえ鼓膜を破っても聞こえてきそうなその音が、私の精神を掻っ攫っていこうとする。体がスピーカーのように振動し、内側から膨張し、破裂する様な痛みが走る。気を抜けば今にも死んでしまいそうな状態で、私はヴァイオリンをゆっくりと弾く。音を打ち消す逆位相を、一音一音正確に。一音でも間違えたら、私の体は木っ端微塵に飛び散り、精神だけがこの神とともに連れ去られてしまう。そんな気がするから、私は音楽を聞き、合わせることだけに集中を向ける。


(・・・)


いつしか私は、音を奏でる意味さえ、忘れてしまっていた。


――――――

今回、少し短めです。お許しください。

ちなみに、トルネンブラの名前を出しはしましたが、別にこの神がトルネンブラってわけではないです。ただ特性が近かったので出させていただきました。(なのでクトゥルフ神話のタグ付けはしないつもりです。)

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