第四曲 死神
その場の空気は氷河のように冷たかった。
「奴らを捕らえよ」
国王が冷ややかに近くにいた騎士に命じると、その場にいた騎士全員が彼らを抑えにかかった。自分のやったことが今更になって気付いたガープと、横で意気消沈したリゼットは抵抗せずに捕らえられたが、カレリア親子は最後まで諦めていなかったのか抵抗していた。それでも近衛に適うはずもなく拘束された。
「我が息子を利用して、国家転覆を図るだけでなく、あまつさえ我や娘、味方であった者さえ手にかけようとする始末・・・信頼して軍務大臣を任した我が馬鹿みたいだ。なあ、ヴォルノヴァよ。」
低く冷ややかで、張りのある声を響かせ、縄に縛られた後も抵抗するヴォルノヴァ・カレリアに向く国王は、ひどく怒りに燃えていた。・・・そう、
「お前もお前だ。ガープよ。恋に現を抜かすのは我もそうだったから文句は言わん・・・が、国家転覆に加担しているなら話は別だ。その上、妹に嫉妬し嵌めようとするなど・・・」
慌てたのはその場にいたヴェルフェゴールとロゼッタの二人だった。周りから「娘?」「妹?」「どういうことだ?」など、国王の発言に疑問を持つ者が声を溢す。そこでようやく国王は自分の言動を振り返り、慌て始めた。
「いいですよ。言っても。」
透明度の高い、優しい声がざわつきを一掃した。声の主はフレデリカだった。国王の方に柔らかい微笑みを向け、軽く笑う。国王はそれを見て、わずかに頷いた後、ガープの方に顔を向けた。
「私がなぜ、お前がやらかした後もお前を継承権一位に据えておいたか、お前はわかるはずもないだろう。」
「どういうことですか?父上」
「そこのフレデリカの意思に反するから言っていなかっただけだ。あやつは正真正銘我の娘であり、継承権第二位を持つ王女なのだよ。継承順位を国王自らが決めるこの国で、あやつが女の身、婚外子でありながら、次点を貰っていることの意味は、長男という理由だけで一位を持っているお前も身を持って知っているだろう?」
視線がフレデリカの方に向く。その視線はフレデリカにとってこの上なく鬱陶しいものだった。
「私にとって、この『王女』という座は必要ありません。だから私は、フレデリカとしか名乗りませんし、貴族籍を望むことはしません。ただ私は、私らしく在りたいだけ。」
切実に呟くフレデリカの言葉に誰しもが口をつむぐ。静寂の中、コツコツと足音を立て、フレデリカの前に立ったのはロゼッタとヴェルフェゴールの二人。不穏な空気と、それを纏いながら俯くヴォルノヴァを警戒した二人だった。
「フッ・・・ハハハハハッ。貴族籍を望んで無いだと?ならなぜ儂の邪魔をする?儂の計画を阻止するのは、お前が王位を望んでいるからだろう?」
「・・・そもそもあなた達が勝手にフレデリカさんを目の敵にしていただけで、あなた達の計画にフレデリカさんは一切手は出していませんよね?確かに最初の段階ですべて気付いていたらしく、調査に助言をくれはしましたが、あなた達にとっての悪役にフレデリカさんは当てはまらない。」
「はっ。儂が計画を進めている間にあんな注意を引く真似をしやがったのに悪役に当てはまらないだと?黙れ!」
ヴェルフェゴールの反論にヴォルノヴァは反発し、声を荒らげた。
「そいつがいたから儂の望みは叶えられない!そいつのせいで我家の望みは達成できなかったのだ!」
「・・・話になりませんね・・・」
「儂の望みが・・・だが、お前には一緒に逝ってもらうぞ」
「なっ!!ロゼ!!」
「ッ!?!?」
ヴォルノヴァがフレデリカを睨み言葉を発した直後、さっきまで会場の天井をうざったらしく舞っていた数匹の蛾がすべて一斉に蝋燭の火に飛び込んだ。ロゼッタにはその直後、フレデリカの背後に何かが浮かび上がったように幻覚を有した。
「・・・ッ!!ヴェル!!3人!!」
黒い影が3つ。正面から2つ、側面から1つ。場の状況を把握したロゼッタは父フェデリックから受け取った剣を抜こうとしているヴェルフェゴールに言葉を発し、自身もドレス下に隠していたピストルを蹴り出した。
バンッ
破裂音が響き側面からフレデリカを襲撃しようとした黒い影が赤く染まった。それを皮切りに会場は混乱の渦に飲まれた。逃げ惑う人、叫び声を上げる人、とっさに剣を抜く人、その場に屈み込む人・・・そしてそれを切り抜けながら黒い影と武器を交えるヴェルフェゴールとロゼッタ。フレデリカは一人立ち尽くしていた。だって死にたいのだから。
カンッ・・・キーン・・・。剣の交わる金属の擦れる音が広い会場にわずかに響く。
バンッ
「グハッ」
二人目がロゼッタの弾丸に倒れ、不利だと分かった襲撃者は後ろに引き・・・
「ああ、用済みがもうひとり居たな」
ヴォルノヴァの声を受けて目標を変える。誰も護衛がつかない、抵抗さえできない一人の少年に。
「ボセック!!後ろ!!」
ゆっくりと、背後から剣を突き立てようとする。今更ガープ一人が声を上げたところで、誰も少年の死ぬ運命を変えることなんてできなかった。・・・たった一人、死神に魅入り、魅入られた少女を除いては。
「フフッ・・・」
ヒラリヒラリと白基調のドレスをなびかせ、躍り出るようにボセックの前に立ったフレデリカの嗤う声は、誰の耳で聞いても楽観的な声だった。・・・そして・・・
ザシュっとなにか水量の多い固体が裂かれる様な音と共に、白いドレスが赤く染まりはじめ、赤い液体が伝う銀色の刃が、フレデリカの背中から現れた。
「・・・セン・・・パイ・・・?」
とっさのことで動くことのできなかったロゼッタが声を震わせながら呼びかける。この場にいた誰もが、フレデリカが身代わりになり、剣に貫かれたと理解していた。
「まあ、とりあえず・・・吹っ飛べ」
低めの嘲るような声の後、フレデリカを貫く剣の持ち主が、いきなりに後方へ吹き飛び、意識を飛ばした。今まで使ってこなかったフレデリカの固有スキル。それが今、フレデリカ本人によって使われたのだ。
「で、・・・次は・・・お前かな・・・?」
自分の胸に突き刺さった剣を抜き、右手に持つフレデリカの視線は、この事態を引き起こした張本人であるヴォルノヴァに向いた。フラフラとゆっくり歩を進める。拘束され、またもに動くことのできないヴォルノヴァの首筋に剣を突きつける。
「ひっ・・・ひぃっ!!」
「・・・死ねよ・・・」
冷淡にそう言い、剣をすっと動かす。既にヴェルフェゴールとの交戦やそもそもフレデリカを貫いていたということもあり、ほとんど使い物にならなくなっていた剣は、ヴォルノヴァの首を切り裂くことはなかった。・・・が、当の本人は生きた心地がしなかったのだろう。剣が触れたその瞬間に意識を手放していた。
「・・・かはっ。」
鮮やかな赤色の血液を吐き出すフレデリカは、既に致死量以上の血を失っていた。アドレナリンの大量分泌で忘れていた激痛と、末端からじわじわと広がる寒気、刺された胸から全身に打撃を与えるような熱に、フレデリカは力なくたおれた。この時、既に視界なんてものは存在していない。唯一機能を保っていた聴力が辛うじて最後に言葉を聞き取った。
「センパイ!!起きて下さい!!センパイ!!」
必死に叫ぶロゼッタの声に、フレデリカは僅かながらに残っていた力を使い、声を捻り出した。
「・・・ご・・・めん・・・ね・・・」
フレデリカはそこで、完全に意識を手放した。
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