第三曲 天才と称された少年の決意

 俺は、代々王国の法務を担当しているヴィズネル公爵家に第2子、ドットリオ・ヴィズネルとして生を享けた。母と父、そして姉。3人の家族と複数名の使用人がいる環境で、何不自由ない暮らしを3歳まで過ごしていた。そう、3歳までは・・・


「ドットリオ様にはなんの才能もありませんね。正直、お世辞にも家督を継げる資質はありません。」


4歳の誕生日、能力測定のために家に来た神官たちは父に向かってそう言った。その声はまるで俺のことを嘲笑しているような声だった。・・・そして、それが悔しくて悔しくてたまらなかったことを今でも鮮明に記憶していた。


 俺はその日から、死にものぐるいで頑張った。基礎的な学術はもちろん、領地経営のための経営学を学び、法務の勉強、更には魔力量を増やすトレーニングや映像記録魔法の習得訓練など、やれることは時間を惜しまずやった。その結果、俺は史上最年少で記録系魔法の完全制覇を達成した。


「おめでとう。」


家族から言われたその言葉は本当に嬉しかったし、温かかった。・・・しかし・・・


「彼は天才だな」


そう言葉を発する他貴族の褒め言葉は、温かいどころか冷たく感じた。今となって思うのは、その時に生まれた寂しさこそが、すべての発端だったのかもしれない。




「ドットリオ様〜」


王都の学院に入学してから、毎日の様にひっついてくる貴族令嬢は、大抵が俺の名にあやかりたいかウィズネルの金目当てかだった。だからこそ、俺は冷たくあしらっていたのだが、どうもしつこい奴がいた。


「ドットリオ様って、次期法務大臣なんですかぁ〜?」

「凄いです〜。私に到底無理な芸当です〜」


リゼット・ノーツ。男爵家の出自でありながら、成績はフィリア公爵令嬢、ガープ王子たちに次いで5位という高成績でこの学院に入学した。彼女は他の貴族子女同様、高位貴族にすり寄っていたため、最初は俺も適当にあしらっていた。すると彼女はどうしたか。

・・・たった一言で俺の心情を完全に変えてきたのだ。


「やっぱり、その努力を忘れない姿勢って素敵だと、私は思います〜」


その何気ない一言だった。俺はその、努力というなんの中身もない言葉に惹かれてしまった。


 それからというもの、俺はよく彼女と話すようになり、また彼女のつながりでボセック公爵令息とも話すようになった。


「そういえば、リゼット嬢は誰か好きな人が居るのか?」

「えーっとね、・・・ガープ第1王子・・・かな。」


その時覚えた寂しい感覚は、おそらく嫉妬というものだったんだろう。・・・俺じゃないのか。そんなことを思っていた。


「そうか・・・振り向いてもらえるといいな」


だが、好きな女の恋路だ。邪魔するよりは、応援していたかった。そのために、ガープ王子の婚約者であるフィリア嬢を嵌めることも、俺は抵抗を持たなかった。


「私達が証言します。彼女は放課後にリズを呼び出して暴行を行っており、他にもリズの人格を否定するような発言を多々行っている場面を目撃しました!!」

「え・・・?」


そして、全てが終わりへと歩を進み始めたあの夜、俺たちは何も知らないフィリア嬢に有りもしない罪を着せて断罪し、ガープ王子との婚約を破棄させた。その際、会場を出ていったフィリア嬢が何者かに襲われたこと、公爵家から除籍されたことはその時初めて知った。


 それからひと月ほど経った時、俺はフレデリカという少女と出会った。その時はあの断罪が嘘だったのではないかと言われ始めた頃で、姉がひっそりと俺たちのことを調査し始めていたために居所が狭くなっていた頃だった。


「はーい!!皆さんこんにちわー!多分ここに居る皆は私のことを知ってる人のほうが多いんじゃないかな?フレデリカでーす!」


平民街の中央広場に特別に設けられた台の上で、楽器を持って無邪気に笑う少女。彼女の言葉一つ一つに来ていた人たちが歓声を上げ、盛り上がりを見せてゆく。


「これは・・・少し怖いな・・・」


横にいたボセックがそう呟いていた。俺は彼に彼女に話を聞きに行く事を進めた。


「いえ?王都管轄のレーゼンベルト家より直接許可はいただきました。・・・そもそも、お二人のお家は王都管轄ではないですよね?道理が通っていないこと、分かっておりますか?」

「・・・なぜ私達の家名を知っている?」

「有名ですよ。濡れ衣で周囲多数に迷惑をかけている2大公爵家ですからね。」

「ッ!!もう良い。帰るぞ。」


しかし、彼女は俺達が思っているよりも知が深かった。平民が到底知っていないような情報のはずなのに、それをあたかも誰でも知っている様に話す彼女は、たしかにボセックの言う通り怖く感じた。翌日、ガープ王子とリゼットもはめようとして失敗したことを聞いた段階で俺は彼女を警戒するようになった。・・・最も、本当に警戒するべきはそっちじゃなかったわけだが・・・。



「正直、ドットリオくんいる?私にはそこまで必要とは思えないな〜」

「そうだな・・・なら、この際事故死に見せかけてさっさと殺しておくほうがいいか。」

「でも、映像魔法は貴重だよね〜。あ、そうだ!国王さんを殺すところまでは利用して、全部罪着せて処刑すればいいんじゃない?」

「おお!流石リゼット。名案だな!」


それを聞いた当時はとても驚いたと同時に、絶望と、そして後悔に包まれた。


「彼には・・・消えてもらおうよ。」


俺はその言葉を聞き、その場を逃げ出した。


 学園の屋上。俺は一人、仰向けになって泣いていた。絶望と、悲しみと、そして・・・後悔・・・。俺はずっと、悔やんでいたのかもしれなかった。そして、新たな感情を習得したその時に、悔やみは後悔としてその感情に書き込まれたのだろう。


「・・・結局・・・俺は・・・」


何もできなかった。俺は家族のために動くことも、愛していた人に最後まで尽くすことができなかった。逃げても、立ち向かっても、四面楚歌だった。


「・・・ごめん・・・姉さま・・・」


ずっと、俺を救うために動いてくれた姉の存在を思い浮かべ、噛みしめる。今まで邪魔としか思わなかったその行動は今となってはとても有り難いものだったのだと感じた。・・・そして、申し訳無さ・・・いや、それよりももっと重い感情を喚起させられた。・・・だって、俺のせいで、姉は処刑されるのだから。国家転覆は一家全員が連座で処刑される。俺はそれに加担したのだ。このままボセックの計画が進んでも、阻止されても一家に残された道は処刑しか無かった。


「・・・帰ろう・・・もう・・・」


午後の音楽科の授業に出る気は起きなかった。おぼつかない足を引きずって、屋上を後にした。


「ねえヴェル?貴女はどうして、私を助けようと思ったの?」

「ふふっ。分かっているのに、まるで分かっていないような聞き方をするんですね。」


3階の廊下に出た時、音楽準備室の方からその二人の声を聞いた。・・・優しげな声、透明度の高い少女の声、いつか聞いたものに似ている、フレデリカという少女の声と、今となっては聞くたびに申し訳無さを喚起させる、何度も聞いてきた優しい声、姉の声だった。


「さあね・・・今の私には・・・少しわからないのかも・・・」

「そうですか・・・。でも、私は分かっていると思っています。


弟を、救ってくれたのは、貴女なんですから。」


その言葉は、貴族が発する薄っぺらい言葉ではなく、が発する、妙に重厚感を持つ、真実味のある言葉だった。


「ああ・・・こっちだったんだ・・・」


小さく呟く俺の心には、本当の居場所を見つけたような温かみがあった。


 コンコン。軽い音を鳴らし部屋の中の反応を待つ。「どうぞ」と聞こえ、俺はドアノブを捻って中に入った。所狭しと置かれた楽器は、雑に置かれているように見えて、しっかりと手入れされ、丁寧に置かれている。そして、その楽器たちに囲われた机で、あの時使っていた弦の張った楽器を、我が子のように手入れする少女、フレデリカが、楽器を丁寧に机において、俺に向き直った。


「いつ来るかと思ってたよ。ようこそ、ドットリオくん。」

「・・・はい。先生。」


初めて会った時とは違い、右目に眼帯をつけ、まるで死人のような顔で俺に話しかける彼女の声には、無邪気さどころか、なんの感情もこもっていなかった。・・・でも、そのはずなのに、・・・彼女の言葉はとても温かかった。


「まずは・・・すいませんでした。俺のせいで、先生に多大なご迷惑をおかけしました。」

「・・・」


何も言わない彼女の表情は一切の変化を見せなかった。


「そして・・・ありがとうございます。姉を・・・家族を、絶望から救ってくれて。」

「・・・そうだね。・・・この後少し時間ある?」


彼女はさっきまで手入れしていた楽器を手に取り、演奏する体制に入った。そして、そのまま音色を奏で始めた。


〜〜〜〜〜♪


すごく悲痛で、優しい音。一部から異次元と言われる音は彼女が表立って表すことができなくなった感情を代弁しているようだった。


「・・・さて、今のを聞いてどう思った?」


聞き惚れているうちに終わっていたその曲を・・・


「天才の音色」


俺はそう形容した。


「・・・そっか。じゃあ、それが君が周りから思われている感想なんだね。」

「!?」


実際、俺は天才やら何やら言われていたので、彼女の言葉に間違いはなかった。驚いた反応の俺に彼女は「ふふっ」っと柔らかく笑い、言葉を続けた。


「音楽を始めた当時、私は曲を弾くどころかまともに音を奏でることすらできなかった。そんな私を見て、周りの人は私にこういったの。『お前に、音楽を続けるほどのはない。』ってね。それが本当に悔しくて、必死に努力して、努力して、努力して・・・極点に立った私を見て、周りはまるで私を初めて見るようにこう言ったわ。『今後百年、生まれ無いであろう神童』『音楽に愛された天才』『稀な才能の集合体』なんてね。結局、周りは私の努力なんて見てなかったの。」

「・・・・・・」

「だから、貴方が道を踏み外した理由はよく分かる。だからこそ、私は貴方に無責任なことを言う。


間違えたんなら、やり直せばいいじゃない。


って、そんな身勝手なことを」


何の感情も籠もってないはずのその言葉は、本当に、身勝手に俺の寂しさを埋めてくれた。

 ・・・だから、この夜会の場において、俺はこの死にたがりな少女を生かそうとする。


俺のとても身勝手な・・・助けたい・・・という理由で。俺が、あの時、助けられたように。

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