第三楽章 少女の見た夢
第一曲 不穏な空気
7月の半ば。学園はまだ夏季休業真っ只中であった。
「・・・待たせてすまない」
「大丈夫です。馬車まで用意してくれたんですから、文句は言いませんよ。ギルベルト校長」
夜、私はドレスを着て王宮まで来ていた。何故か?それは私がロゼたちのクラスの担任をしているからだった。
「難しいかもしれませんが、なるべく笑顔を取り繕ってください。・・・ただし、無理だと感じた場合は私に一言残して会場を出てもらっても構いません。これに関しては陛下にも許諾は得ております。」
普段、学園は閉鎖的な空間であり、貴族が集まることはない。今日の夜会は貴族が学園でのわが子を知るための交流会なのだ。だからこそ、私は半強制的に呼び出されたわけだ。
「・・・私としては、衝動発作が出ないかのほうが心配ですが・・・」
「・・・・・・」
ろうそくで灯された街灯に照らされる私に、感情なんてものはない。黒く染まった視界に明々と照らされる蛾が映る。ひらひらと舞う蛾が、火に飛び込んで燃えていくのを見ながら、私は王宮へと歩き始めた。
王宮に入り、夜会の会場までギルベルト校長についていって会場に向かう。既に私以外の教師陣は揃っており、生徒や貴族もそれなりに来ていた。そして、来るやいなや私に話しかけに来る親子がいた。
「こんばんわ。フレデリカ先生。」
「一月も経ってないけど、久しぶりね。ヴェル。」
「はい。・・・紹介しますね。父のフェデックです。」
「よろしく頼む。フレデリカ嬢。君の話は、ベルフェゴールから聞いているよ。絶望から救ってくれた恩人とね」
「そんな大したことはしていませんよ。ヴェルが弟思いの優しい子だったから、私は活路を見出しただけ。今回の件、ほとんど解決間近まで持っていけましたが、どれもこれもヴェルのおかげですから」
「・・・そうか。・・・君は本当に・・・」
そこまで言葉を発し、口を噤んだ法務大臣、フェデリック・ウィズネルの顔は、とても悲しそうな顔をしていた。
「・・・ふふっ。そんな悲しそうな顔をしないでください。今日はとても楽しい夜になるでしょう。めいいっぱい楽しまないと損ですよ。」
私のその言葉の後、必死で顔を笑顔にしようとするフェデリックには、おそらく、私の作り笑顔に隠された感情が見えているのであろう。そんな気がした。
「来ていたのなら、一言かけてくれればよかったものを。」
「私は平民、気軽に貴方と話せる立場にはありませんよ。・・・なるべくなら、平民でいさしてください」
「そうか・・・」
話に入ってきたのは、各方面に挨拶回りをしていた国王だった。
「カレリアが来るらしい。何やら不穏な予感がするのだ。気をつけてくれ。」
「わかりました。・・・最悪、今日ですべてを終わらせますよ。」
表情の死んだ私と、表情を曇らせる国王、無理矢理表情を殺したフェデリック、話の重さに口をつぐむヴェル。数秒流れた沈黙こそが、すべてを物語っていた。
「さて、私はもう行く。あまり居すぎると変に注目されるからな」
そう言って国王は私に背を向けて他のところに歩いていった。
私達が入ってきて少ししてから、貴族たちが一気に入ってきた。一緒にいたギルベルト校長と一緒に挨拶回りをしていくことになり、各貴族家に話しかけに行くのだが・・・
「こんな小娘が?ははっ!ギルベルト学長、貴方にしては珍しい人選ミスですな。良ければ、家の嫁を教師としてどうでしょう?ピアノも弾けますし、数字にも強いですよ」
などと、嘲笑とちゃちなマウントが飛んでくる。そしてそのたびにギルベルト学長が
「音楽のスキルについては私はそこまで関心がありませんが、後でフレデリカにはピアノを弾かせてみますのでそれで判断していただいて宜しいでしょうか?数に関しては私以上の計算能力をお持ちですので心配はしておりません。」
と威嚇し、顔がキレルベルトになっていた。
「ギルベルト校長。貴方は顔に出やすいのでなるべく気をつけてくださいね。」
「・・・そういう貴方は本当に顔に出しませんね。」
「ふふっ・・・皆さんに心配かけるわけにはいかないですから。」
「その笑顔が逆に心配にさせるのだ・・・」と、小さく呟いたのは、私にも聞こえていた。ただ、私がそれを認識しようとしなかっただけなのである。
夜会は進む。私はギルベルト校長と分かれ、隅の方で生徒や保護者貴族の対応をしながら夜会の雰囲気を眺めていた。国王が全員の前に立ち、貴族たちに話しかける。
「それでは、これより教員による技術披露を行う。」
拍手が流れ、ギルベルト校長が前に出る。軽く挨拶すると、彼は自身が見つけた数式を口頭で話してゆく。
「フレデリカ先生は音楽科教員となりますので、一番最後になります。今日披露するのは3人になりますがフレデリカ先生は一番最後が良いでしょうね。」
「分かってるつもりだよ。」
私はヴェルと、その弟のドットリオと、他の教員の発表を見ていた。どうやらさっきのギルベルト校長の言葉から察するに、子供に教えられるだけの素質を証明しろということなのだろう。
「そろそろだね。・・・じゃあ、行ってくる。」
「はい・・・」
ピアノ教師陣の二人目が演奏を始めたあたりで私は前に向かう。人混みを押し分け、前についたのはちょうど演奏が終わったタイミングだった。拍手が飛び交う中、最初に演奏した教師の人に押されるようにして、みんなの前に出た。拍手が止み、視線が向く。呼吸を整えて私は言葉を発する。
「こんばんわ。フレデリカと申します。いつもは最高学年の最上級クラス担任、高学年最高学年の音楽科を担当させていただいてます。」
その一言で貴族たちがざわつき始める。明らかに成人しておらず、家名も名乗っていないのだ。ざわつくのも納得している。
「こんな薄汚い小娘が?なんて思った方も居るかも知れませんので、紹介はこれぐらいにして、ピアノを弾かせていただきます。」
椅子に座って鍵盤に手を軽く乗せる。深呼吸して鍵盤を押し、演奏を始める。私としては珍しい、BPMが46とスローテンポな曲・・・というわけではなく、イントロがスローなだけである。他は220まで上がる。最初に驚きの声を上げたのはいつも私のハイテンポな曲を聞いている他教師陣だった。
「フレデリカ先生、今日は珍しく遅めの曲ですね?」
そう言ってきたのはギルベルト校長だった。
「ふふっ・・・そう思いますか?」
言葉をこぼしながらすっと手を上に上げる。アクセントのつけた三和音から私の手の動きが急に視認できなくなる。その段階でやっと貴族たちは驚きの表情を見せた。さっきまでのざわつきはなくなり、会場にピアノの音だけが響いていた。
「やっぱり・・・楽しいな・・・」
そう呟いた私の言葉は、どれだけの人に聞こえていたか。このときの私は考えていなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪
私が演奏を終えて、鍵盤から手を離す。
「音楽とはなにか。私が言うのもおかしな話かと思いますが、音楽とは、人の心を癒やし、情熱を、勇気を、夢を、優しさを、安らぎを、・・・そして、生きる標を・・・そんな物を与えてくれるものだと思っています。・・・さて、こんなものでよろしいでしょう。ありがとうございました。
椅子から立ち上がり、礼をすると拍手が舞い上がった。「確かに彼女なら私らの子供に教えることのできる十分な能力があるな。」とそんな声も聞こえていた。・・・そんな所だった。私の目の前を、ひらひらと蛾が舞ったかと思った矢先、怒声が聞こえてきたのは。
「異議を唱える!!」
―――――――
ちなみにフェデックとフェデリックとは地方による発音の差異です。
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