終曲 私は今日も、フィドルを弾く

「さて、今日話したことの復習ね。楽器ってのは色々ある。夏季休業期の実習課題としたピアノ以外にもね。例えば、私の扱うこのフィドル、ヴァイオリンって呼ばれる楽器。これは楽器に張られた弦を、手で弾いたり、他のもので擦って振動させ、音を生み出す弦楽器と呼ばれる。他にも唇を振動させて空気を震わせ、それで音を出す金管楽器、リードと呼ばれる物を震わせて音を出す木管楽器、手やバチで楽器を打って音を出す打楽器、鍵盤を有して演奏する鍵盤楽器などがある。・・・ここで問題。ピアノは何に当て嵌まる?」

「・・・鍵盤楽器でしょうか?しかし内部構造は音を出す楽器ですので・・・」

「そう。ピアノは鍵盤楽器に分類されながら弦楽器と打楽器の特徴を併せ持つの。こういう楽器を打弦楽器なんて言ったりする」


そこで授業終了時刻の鐘がなる。昔嫌というほど聞いた「キーンコーンカーンコーン」という音ではなく、教会の鐘のような「カーンカーンカーン」と擬音する爆音である。


「と、今日はここまでだね。復習はしておくこと。でも、算術や言語の主要科目が優先だよ。・・・楽しい夏休みを過ごしてね」

「「「「はい!」」」」


生徒が出ていったのを見送り、教材をまとめてヴェルたちのクラスに戻る。向かう足音は持ち合わせる感情と反比例して、随分と軽くなったものだろう。


「みんなもういる?」

「はい。揃っていますよ。フェリカ先生」

「じゃあ、ホームルーム始めよっか」


 あれから数月が経ち、私がみんなの前で明るい無邪気な人を演じることはなくなった。衝動的に自殺しようをする事も現れ始め、ヴェルやロゼだけでなく、演奏仲間や、家族、ネーデル、はたまたギルベルト校長やクラスの生徒達、たまに様子を見に来る国王にも、『本当の私』が認知されるようになった。いつも自殺衝動が暴走した時は誰かが止めてくれている。それを嬉しく思い、この人達がいる限り、生きようと考える反面、心の奥底から、こんなにも周りに迷惑を掛ける私に生きる価値はない、死んでしまいたいと、そう考えてしまっているのも、また事実なのだろう。


「明日から夏休み。を癒やすいい機会だから、精一杯楽しむようにね。以上、解散!」

「起立・・・礼」

「「「「「「ありがとうございました」」」」」」


各々話しながら帰ってゆくのは、こちらの世界でも同じなんだと、無意識に笑顔を作る。最近私を誰よりも注視しているヴェルとロゼの顔に笑顔が溢れる。


「フェリカ先生、この後は?」

「仕事は終わらせているわけだから、この後は帰って、いつもの酒場で引いてると思うよ。」

「そうですか・・・今日は私がお供します。」

「そんな帰り道で自殺衝動が」

「出るでしょう?」

「・・・・・・うん」


実際数日前、一人で帰っていた帰り道で自殺衝動が発現し近くに置いてあった麻縄を使って首を吊ろうとしたことがあったのだ。


「わかった。ついてきてくれる?」

「もちろん。それに、フェリカ先生のフィドルも聞きたいですからね。」

「・・・私のフィドル?」

「ええ。前までのフィドルも良かったんですが、今の頑張って前をむこうとするフィドルのほうが、私は好きですよ。」


「そう・・・」と小さく言った私の頬に、涙が溢れた。でも、私にはなんで泣いているのかが分からなかった。


 いつもの酒場、外まで響いている騒音すら、今の私には聞こえないに等しいもの。扉を開けて中に入る。店内の視線がこちらに向く。すでに来ている演奏仲間、特にれーくんやヘレン、お母さん、マインツさんから心配や悲しいといった感情が伝わってくる。その微笑みは喜びや楽しみといった感情を持ち合わせていなかった。「いらっしゃい」と私に微笑むマスターは、私がカウンター席に腰掛けるといつもどおりのギムレットを出してくる。


「・・・わからない・・・」

「そうすぐには変わりませんよ。でも、貴方がこの味を思い出せるまで、私はそのお酒を作らせていただきますよ。」

「・・・うん」


味がしない。ただ喉が爛れるような感覚を作用させる液体が、私の体に混入する。嫌な気はしない。私は、このお酒を好んでいたことを覚えているから。


「嬢ちゃん、今日はソロでやるかい?」

「一回ソロでやって、その後れーくんと二人でやるよ。」

「そうか。ほい、嬢ちゃんのフィドルだ。」

「ありがと。」


きれいに磨かれたフィドルと、既に松脂を塗られた弓を受け取り、調弦する。A線を締め、それに合わせて調弦をする。フィドルからヴァイオリンに変わったそれを強く持ち、私は壇上に駆け上がる。


「じゃあ、一曲行くよ。」


言葉を発する私も、演奏する私も、前の私とは似ても似つかない。始音のA♭、その音色は暗く、そして鮮やかなものだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!


その音は苦しく、


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


その音は悲しく、


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


その音は枯れ果て、


〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!


その音はすべてを受け入れない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


でもその音は優しく


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


その音はすべてを飲み込んでくれる


〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪


そんな、とても広く、残酷な音だった。


今までみたいに、感情を表に出すのが簡単ではなくなった。でも、心では、ちゃんとこの時を楽しいと思い続けることができる。心の奥底、光の届かない漆黒の底で、ずっとずっと、『死にたい』と思っていても、この瞬間だけは、『これからもずっと生きていたい』と、たとえ上澄みだけだったとしても、思い続けることができる。


だから・・・だから私は・・・


「ありがとうございました。」


・・・・・・私は今日も、フィドルを弾く・・・・・・


微かなれども願い続ける、みんなの幸せのために。




 あの日以来、日に日に本性を表に出してくるようになった先生は、数月が経った今では、感情を表に出すことさえ、少なくなってきました。先生の右目は、私達と出会った頃の、綺麗で、明るくて、落ち着いていて、何よりも優しい青色ではありません。憎悪、悲しみ、怒り、そして、孤独感。負の感情を詰めに詰め、ハイライトどころか色すらを無くした、とても形容し難い瞳をしていました。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪


でも、フィドルを弾く彼女だけは、違うのです。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪


伸びやかで、心に響くその音色を奏でる彼女は、彼女が思っている以上に、幸せそうな顔をしているのです。表面だけでなく、心から幸せだと想っている。そんな顔を。私にとって、その笑顔は本当に嬉しく思うものの一つでありました。

暗く深い絶望の底、処刑台の露と消えるはずだった私を、私達を、優しくすくい上げてくれた少女が、私に見せてくれた柔らかな笑み。彼女の笑みは全くのそれなのですから。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪


彼女は、誰かを救う。でも、誰も彼女は救えない。それに気づいたときの絶望感は、ロゼッタほどではないにしろ大きいものだったと思います。ですが、私はこの酒場に来て、彼女の曲だけは、彼女を救うことができる。そう思うことができました。

彼女が曲を弾き続ける限り、彼女の命の灯は消えることはない。彼女の曲は、私にそう思わせてくれました。


だから私は、いえ、私と同じように、彼女の曲に可能性を見出している人達は切に願うのです。


〜〜〜〜〜〜〜・・・〜〜〜〜〜!!〜〜〜〜〜〜〜♪


・・・・・・彼女がずっと、フィドルを引けますように・・・・・・


と。叶うかもわからない、幸せな願い事を。彼女本人に・・・彼女の紡ぐその音色に・・・


――――――


第2楽章、完!

ということで、こんな不定期更新の小説を読んで頂きありがとうございます。

ラスト(予定)、第3楽章は2月中旬から8月手前にかけて投稿しようと考えています。その後はフィナーレを3話、番外編を複数話書いて、この物語は完結とさせたいと思います。

正直、ここまで来て星がほしいとかいいねが欲しいとかほざきません。最後まで応援していってください!お願いします!

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