第十六曲 消えろ!

私はそれを手に取り・・・・・・

思いっきり外に向かって放り投げた。それは窓を突き破って落ちていった。・・・しかしなお、センパイの背後の死神は消えることがなかった。

そして、私はそのことに無性に腹を立てた。


「このっ!!消えてしまえ!!」


実体がない。そうわかっているその悪魔に、私は殴りかかった。もちろん実体がないそれを拳はすり抜ける。しかしそれでもなお、私はその死神を殴り続ける。


「クラ・・・何を・・・」

「クソっ!クソっ!センパイから離れろ!」


傍から見れば・・・いや、私以外全員から見ても、私の行動はおかしいだろう。崩れ落ちている少女を前に、ひたすら拳を虚空に向かって振るっているのだから。この死神は、何かが私に向かって見せている幻影である。そんなことはわかっている。それでも私はこの死神を殺さなければいけなかった。


、こいつに殺されるなんて、思いたくなかったからだ


「クソっ!なんで・・・なんで!」

「ク・・・ラ・・・?」


私は体力が切れ、床に突っ伏した。死神は消えること無くそこにいた。私の心が警鈴を鳴らす。・・・それでも、私は止められなかった。


「なんで・・・なんでなのよ・・・」


私の目から涙が溢れた。悲しみと、後悔。それだけが、私の中に渦巻いていた。・・・私は、恩人の一人も、救うことができないのか・・・。私がそう思えば思うほど。センパイの心が悲鳴を上げる。微かに笑ったようにも見える死神が、勢いよく鎌を振り下ろした。


「あ、ああ・・・」


振られる鎌に合わせて、センパイが机においてあったと思われるペーパーナイフを、首に近づけてゆく。私はそれを見ることしかできなかった。


(お願い・・・誰か・・・助けてっ・・・)


ダッダッダッダッダッ・・・・・・カンッ


センパイのペーパーナイフが空を舞い、死神の鎌が弾かれたような軌道を描いた。


「ロゼッタさん!!」

「ッ!!」


その声に私はなにか力を感じた。最後の力を振り絞り、ナイフを弾いた人物を通り越し、空を舞うナイフを取ろうとするセンパイを抱き締め、床に組み伏せた。

 驚いた様子の死神の手から、鎌が離れた。


「消えろ!!」


その一言で死神は形を保てなくなり、消えていった。


「なんで・・・」

「・・・センパイ。私が悪かったっす。まさかセンパイが、そんなにも深く私のことを思っていたなんて予想外だったんっすよ。・・・でも、そんなにも思ってもらって、私は本当に嬉しかったっす。今でも、嬉しさで泣いてしまうくらいには。だから・・・」


言葉が止まらないのは私の悪い癖だと、私はよくわかっている。でも、この場、この人の前でくらいは、悪い私でいたかった。


「これからは、私を殺した責任を、その身で受け止めながら、生きてください。私が貴方に下す罰は・・・


・・・何が何でも、生きてください。たとえ、貴方の大切な人になにか悲劇が起きようとも・・・


・・・私の望みであり、私が貴方の罪にかける罰を、身を持って受けてください。」


センパイと、私と。二人で抱き合って嗚咽を漏らしながら涙を流す。ああ、こんな姿、見せたくなかったのに・・・


「・・・・・・ホームルームはギルベルト先生がされるそうです。少し、休んでから教室に向かいましょう?お二人とも、そんな姿で向かえないでしょう?特に、ロゼッタさんは。」

「「・・・ヴェルの意地悪・・・」」

「なんとでも言ってください」


一人で一人の命を救うのは難しい。でも、二人で一人の命を救うことは出来る。フレデリカ先生が私に教えてくれたことなんですよ。

ぼそっと彼女が呟いた言葉を、私はしっかりと聞き取った。



 

 私が変わったわけでも、救われたわけでも、決してそんなことはない。・・・でも、少しだけ心持ちが楽になったような気がする。なにか後ろに取り憑いていた何かが振り払われたような感覚がする。

と言うより、さっきのロゼの行動を見る限り、私になにか取り憑いていたことは確かなのだろう。


「先生?」

「・・・どうしたの?ヴェル。」

「・・・まさかとは思いますが、死のうとしてたんじゃないですか?」

「・・・・・・・」

「・・・・」

「・・・うん。そうだよ。私は死のうとしていた。何なら、こうやって止めてくれた今でも私は死にたいって思い続けてるよ。」


ヴェルも、ロゼも、言葉を押し込め、沈黙する。本当は二人とも、私に説教をしたいはずなのだ。でも、押し黙る。それは、人の深層心理はそう簡単に変わらないと知っているから。私は、どれだけ頑張っても「死にたい」というその気持ちを変えることはできない。植え付けながら過ごしてきた年月が違うから。何年も何年も・・・そうしてその気持ちは私の心深くに根をはやし、そして私の心を支配する。彼女たちはその感情を面と向かって見れるほど、私の心に触れた。


「・・・・・・・・そうだとしても、生きてください。・・・・貴女のために、私達のために、そして、貴女のことを想い続ける人のために、前を向いてください。・・・・私は、私達は・・・・貴女が、生きたいと思えるようになるまで、貴女の笑顔を守りますから。」


必死に絞り出した彼女の言葉に、私は柔らかく「うん」と返した。


 ・・・無意識に、笑っていたのだろうか?そうだと、嬉しいな・・・


―――――――


「・・・そう・・・だったんだ・・・」


少年は小さく呟いた。隠れて見る先には、自分が恋する人と、その人の恋人、そして、自分の親友がいた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

「・・?・・・・・・・・!・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・〜」


恋する人・・・いや、既に少年の心から彼女に対する恋心は消えていた。どんなに叶うことない恋だと知っていても、少年は諦めていなかった。だから、彼女のその言葉に絶望し、悲しみ、そして彼女に憎悪する。


「消えてもらおうよ。」

「うん」


彼が、その場から離れる前、最後に聞いた言葉がそれだった。親友だったはずの人の言葉に、彼女は肯定を示した。言葉の対象が自分だと気づいたが故に、彼は逃げるようにその場を後にする。


「・・・・っ・・・・なんで・・・・なんで・・・・」


歩が早くなる。階段を登りゆく少年の目には、涙が溜まっていた。


「なんで・・・・なんで・・・・」


少年の抱いたその気持ちを、少年はその時まで知らなかった。


「・・・俺は・・・なんてことをしたんだろう・・・」


学園の屋上。少年は一人、仰向けになって泣いていた。絶望と、悲しみと、そして・・・後悔・・・。少年は、ずっと、悔やんでいたのかもしれない。そして、新たな感情を取得した今、悔やみは後悔として感情に書き込まれたのだ。


「・・・結局・・・俺は・・・」


逃げても、立ち向かっても。四面皆楚歌した状態。それはたった15の少年の絶望を加速させるには十分すぎた。


「・・・ごめん・・・姉さま・・・」


ずっと、自分のために動いてくれた姉の存在を思い浮かべ、噛みしめる。邪魔としか思わなかったその行動は、今となってはとても有り難く、そして、申し訳無さを喚起させる。


「・・・帰ろう・・・もう・・・」


少年は、おぼつかない足を引きずって、屋上から降り始めた。階段を降り、3階の廊下に出る。その時、不思議な音が聞こえた。


「・・・・、・・・・・・・。」

「・・・・・・・・。・・・、・・・・・、・・・・・・・・・・・。」

「・・・・?」

「・・。・・・、


・・、・・・・・・・・、・・・・・・・。」


少年の目に、暖かな涙が溢れた。・・・だって・・・


「ああ・・・こっちだったんだ・・・」


本当の居場所を、見つけたような気がしたからだ。


――――――

何だ?この点の多すぎる文章は・・・


とまあ、お読み頂きありがとうございます。なんとか改稿を15話だけで終わらしたタルタルです。フレデリカの絶望、謎・・・でもなんでも無い気がしますがとある少年の絶望を描き、次回が第2楽章最終話となります。

皆様よろしくおねがいします。

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