第十五曲【改稿】 心は変わらず、そう叫ぶ
あの後、ヴェルフェゴールを寮に送り届けて私は帰路についた。既に日も沈み、皆が寝静まるような時間帯。静かな街を通り抜けている時、私は違和感に気づいた。
「・・・ここ・・・どこ?」
いつもと同じ街・・・ではなかった。・・・確かに、風景自体は一緒だ。だが、おかしな点が一つ。それを見て、私は顔を青ざめさせた。
「・・・あ・・・あぁ・・・」
周りには、形もわからないような死体が一つあり、血の海が広がっていた。・・・そして・・・猟奇的な笑みでこちらを見つめる『私』がいた。
「・・・なに・・・これ・・・」
『見てわからない?私って随分と馬鹿なのね』
クスクスと笑う『私』の着る服には、血潮が迸っており、左手に持たれた不定形にも見える刃物からは、鮮血が一滴一滴と落ちている。
『ねえ、いつまで逃げているの?』
「え?」
『いやほら、私ってこんなにも人を殺しているのに、なんでそれを見てみぬふりしてるのかなって』
目線を下げた先には死体がある。私はそこで、その死体の正体を察した。
死体の死因は刺突ではない。質量の大きいものが、高速でぶつかったような体の破損。言うなれば車に轢かれたような傷だ。そして、そんな人物が一人。
「く・・・ら・・・?」
『せーかーい。私が殺した人の死体を覚えていてよかった〜♪』
体の震えが止まらなかった。不吉に光る赤い目が、微かに動いた。
『さて、もう一度聞くよ?・・・いつまで、逃げてるの?』
「・・・・・・」
『音楽なんかに逃げて、自分を隠して。・・・ホントは気づいていたんでしょ?自分は、音になんか執着していない。彼を殺したことを隠すために、音に執着しているように、周りに見せている』
「違うっ!」
『違わない』
必死でひねり出した否定の言葉も、即座に否定された。・・・怖かった。まるで今話しているそれは、ずっと押し込めていた私のように見えて・・・
『あなたはずっと、仮のまま。本心から逃げ過ぎなのよ。だから私の認識もあやふやで、私を否定しようとする。』
「・・・」
『何も言えないのね。チキンかな?』
「私は・・・」
『まあいいわ。また今度聞きに来るから。』
うつむいた私に『私』は背を向けて歩き始めた。
『次に人を殺めた時、私はどんな行動を取るのでしょうね?』
最後に、私にそう言って。
姿が消えて数秒後、私はいつもの街へと戻ってきていた。ただし、風景はいつもよりも更に暗いものだったが・・・
「おかえりなさい。・・・フレデリカ?」
「・・・あ、ご、ごめんお母さん」
帰ってきた時、お母さんに声をかけられた。心配していたのだろうか?少し寂しそうな顔をしていた。
「・・・・・・疲れてるのね・・・・・・今日はもう寝る?」
「・・・うん。そうする・・・」
端的な言葉の後、私は部屋に戻った。部屋に入り、服を着替えてそのままベッドに沈み込んだ。睡魔が襲ってきて、私が眠りにつくまでの時間は、そう長くはなかった。
「・・・」
「・・・」
「〜〜〜〜〜!!!」
ピアノから手を離して立ち上がり、会場いっぱいにいる観客たちに向けて頭を下げる。歓声と拍手が飛んでくる。
「ありがとうございました!」
更に湧き上がる歓声に、俺は最高の喜びを感じていた。ずっと、ずっと、その喜びが続いてほしかった。
「おい!しっかりしろ!頼む!・・・・目を・・・・開けてくれっ!」
俺は既に死んでいる親友、倉宮光輝に対してそう叫んだ。あれから数時間も経っていない。さっきまで疲れを隠して俺に微笑んでいたその顔は、既に原型をとどめていなかった。死んでいる。それをわかっていたのに俺は彼に叫び続けた。
「くらッ!・・・・・・」
私はそこで目を覚ました。いくら経っても止まらない過呼吸に、体から吹き出す嫌な汗。何かしら、嫌な予感がした。バッと起き上がって近くの鏡まで向かった。左目はちゃんと鮮やかな発色をしていた。しかし・・・
右目は生気が消え、赤く渦巻き、出血し、そして・・・右半分の反面だけが、不気味に笑っていたような気がした。
「うぅ・・・ぅあぁ・・・」
声にならない嗚咽が漏れる。左目から涙がこぼれ落ちていた。大粒で、絶え間なく。流れ出る涙を止めることはできなかった。
「私が・・・」
そう、私がいなければ、クラは死ぬことなんてなかった。私が彼を殺した。私が私の意志で、彼を殺した。私が音楽の世界にいなければ、私が彼と関わらなければ、私がいなければ・・・・彼は、死ぬことはなかったのだ。
「なんで・・・なんで・・・」
なんで、私は・・・
「生まれてきてしまったの?」
その問いに答える人はいない。自問自答もできない。前世も、今も、私が生まれてこなければ。そう思っている私の精神は、既に限界値以下だったのだろう。
私が生まれてこなければ、クラがあんな理不尽に死ぬことなんてなかったのだから。今世だってそう。私が生まれてこなければ、お母さんはもっと普通の生活が送れてたのかもしれない。私が生まれてこなければ、れーくんはもっとはっきりとした立ち位置で人生を楽しめていたのかもしれない。
「・・・なんで、私は生まれてきてしまうの?」
それがわからない。だからこそ、私は震える声で切に願ってしまうのだ。
「いっそ・・・死にたいよ・・・」
なんども、なんども願い、口にした、本当に、本心の奥底から持っている、私の唯一の願いを・・・口にしてしまうのだ。
「センパイ?」
「おはよ、クラ。」
「ッ!?!?」
出勤したセンパイは、いつも以上に生気がなかった。いつもは美しいと思う白い肌も、今ではまるで死に化粧のよう。既に日は出ているにも関わらず、右目は赤いまま、光を失っていた。そして、そんなセンパイから出てきた一言は、「クラ」。センパイに忘れろと言った、その言葉を、言ったのだった。
「忘れろって・・・言いましたよね」
「あはは。・・・ごめん。次は気をつけるよ。」
「・・・忘れはしないんっすね」
「・・・」
俯いた彼女の顔から、取り繕っていた笑顔が消えた。そこには、悲しみ、苦しみ、そして、自分に対する憎悪だけが垣間見えた。
「・・・・きないよ・・・・」
「・・・え?」
「できないよ。私には・・・あの日、あの時、貴方を殺したときのことなんて・・・」
センパイは、震えた声をやっとのことで捻出した。顔には涙が伝い、足は今でも崩れそうなほどだった。
「・・・センパイ。一旦、移動しましょう?」
わずかに頷いたセンパイを連れ出し、教室を出た。・・・重い。私は何を引っ張っているのか、わからなくなるほどには、重かった。
やっとのことで、センパイを音楽準備室に引き入れる。センパイは、終始俯いたままだった。
「・・・何か・・・あったんすか?」
「・・・・・・貴方を殺した」
「・・・・・・それはもう何年も前のことでしょう?・・・しかも、センパイのせいで私は死んだわけでは・・・」
「私がいなかったら、貴方は死んでいなかった」
「それはそうかも知れませんが・・・」
『責任を感じることはないっすよ』その言葉を発することができなかった。・・・その言葉を言おうとした瞬間、彼女の後ろになにか違うものが浮かんだ。・・・それが死神であると、悟ったからだ。死神は大きく鎌を振り上げ、そして・・・
「いっそ・・・貴方の手で・・・私を殺して・・・」
「センパイ!!!!」
私の叫び声に、静止した。
・・・センパイが私に差し出した手中には・・・
・・・一本の短刀が鞘を抜かれた状態でおいてあった・・・
私はそれを手に取り・・・そして・・・・・・
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