第十二曲 希望

「私達が証言します。彼女は放課後にリズを呼び出して暴行を行っており、他にもリズの人格を否定するような発言を多々行っている場面を目撃しました!!」

「え・・・?」


ボセック・カレリアのその言葉で私は彼らの方に視線を向ける。そして、そこに弟であるドットリオがいたことで私はこの婚約破棄騒動が濡れ衣であると薄々感づくようになりました。私達の家では、常に録画魔法、録音魔法を発動しておくことが義務付けられています。しかし、ここまで来てもドットリオは記録映像を出そうとしませんでした。

なぜ?どうして・・・まさか、何かを企んでいるの?怖くなった私は即座に会場を後にしました。


「お嬢様、いかがされたのですか?」

「ベルフェゴール、何があったのか話してみよ。」

「・・・フェーン・・・お父様・・・」


逃げ帰ったのは王都、学院からかなり離れているウィズネル領、実家でした。庶民の使う早馬、しかも夜中をずっと走らせたのです。ボロボロで帰ってきた私を心配しないほど、心の腐った人はこの家にはおりません。家について即座に新人侍女のフェーンと、お父様が飛び出てきてくれました。おそらく、私は深刻そうな顔をしていたのでしょう。心配、次に冷静に質問。私はお父様たちに何があったのがを説明しました。


「・・・なるほど・・・ローゼンベルト家のご令嬢に・・・」

「はい、後で映像も共有させてもらいます。」

「・・・分かった。あちらにカレリアがいる以上、私達が表立って捜査することは出来ない。私の方でも周ってみるが、ドットリオのことは任せたぞ。ベルフェゴール。」

「はい。」


そうして、私はドットリオの周辺に探りを入れる事にしました。


 王都に戻り、2週間。私は今回の騒動関係者を調べれば調べるほど今回の騒動が濡れ衣であったと分かる結果になりました。そのたびに絶望し、崩れ落ちる毎日。食も喉を通らなくなり、体型はみるみる細くなっていきました。それでも、私は何処か逆転できれば・・・と思いながら調べました。

・・・結果、出てきた情報はフィリア様が一方的に濡れ衣を着せられたという事実だけでしたが。


「お嬢様・・・」

「なに・・・か・・・あった・・・の?」

「それが・・・国王陛下と宰相閣下が・・・本格的に調査に乗り出していると・・・」

「っ・・・・あ・・・あぁ・・・」


そこで倒れてからの記憶は、私にはもう残っていません。気付けば学園の寮に閉じこもっていました。体も動かず、ただ床に伏せ、私の体がようやく動いたのは始業式前日のこと。 結局、調査は私の絶望で、すべてを終えました。



「さ~て。少し眠いからギアかけながらやっていくよ〜。ロゼ〜号令かけて〜」


何事もなかったように始業式が終わり、教室。教卓で寝ていた少女をロゼッタ様が起こし、そのままその少女が進行してホームルームを始めます。・・・正直、最初は担任だとは思わず、連れ子辺りだろうと思っていました。


「さてっと、まずは私の自己紹介だね。フレデリカって言うよ。別に名乗るような名前はないし高い身分出身って訳じゃないから敬語を使う必要もないし、名前長いからフェリカって呼んでもらったらいいよ。」

「私の担当教科は数学の補助と、最高等部と高等部の音楽、初等と中等部の音楽補助だから、結構会う機会は多いかな。・・・そこ、アラン・ロベルトくん、露骨に嫌な顔しない!」

「年齢は・・・そこの主席問題児ロゼッタ・リリシアの呼称から想像したら大体合ってる・・・かもしれないね。」


まさかの担任。明らか私より年下でしょう・・・。幼すぎる、身分が高いなんてこともなく、なんというか、能天気。正直、腹が立ちました。私はこんなにも疲れているのに、この少女は・・・。もちろん身勝手な理由だし、少女にとっては怒られるなんて以ての外です。それは・・・分かっていたつもりでした。


「フレデリカさん。担任を代わって下さい。自分たちより遥かに卑しい身分の人に教えを請うなど・・・」

「まあ、そうなるよね。・・・でも、理由なしでは無理だよ。私だって学長から任せられた身、私が辞めることを学長に納得させるだけの必要がないと。」

「・・・」

「まさかとは思うけど、そんな自分たちのプライドを理由にやめさせれるみたいなこと、思ってないよね?もしそうだとしたら・・・流石に舐め過ぎだよ。この学院のこと」


放課後、何を思ったのか私は少女に抗議に行ってしまいました。しかも、相手が卑しい身分な上に年下だと舐めきって。しかし、彼女は想像の数枚上を行く上手でした。ああ、私は弟を救うことは愚か、明らかに下のはずの少女一人にすら勝てないのか。私はその無力感に歯を食い縛ることしか出来ませんでした。もちろん、食い下がりはしますが論破されるのは分かっておりました。・・・その論破の後、私の心を壊しに来るのは想定外でしたが。


「・・・正直、貴女の弟のように問題を起こされて、被害被るのはこちらなの。それを理解してほしいかな。」

「ドットリオは悪くない!!」

「いいえ、あの不鮮明な状況で糾弾に加担している時点で問題はあるよ。」

「そんな事無い!!あの子は悪くない!!正しい判断をしたの!!」


なぜ・・・その話を出してくるの?そう思った頃にはすでに否定の言葉が出ていました。ウィズネル家でタブーとされる、一切の証拠も確信もない否定を。


「ならなぜ、記録魔法が得意と言われるウィズネル家、その中でも稀代の天才と称されるドットリオがいながらに、『記録された決定的証拠』が出てこないの?」


そして相手は、確信を持って私の意見を否定してきます。その淡々と告げられる言葉に、私は絶望を加速することしか出来ず、バタリと崩れ落ちた私に更に、言葉を・・・私の最も聞きたくなかった言葉を冷静に・・・


「もしこの騒動でフィリア嬢が無実で糾弾され、それを知っていたものがいるならば、糾弾したドットリオたちは投獄・・・最悪、国家転覆罪で一家全員連座なんてこともあるかもしれないね。」


そう、冷静に、落ち着いた声で、すべてを否定し、私の持ってた僅かな希望を握り潰すように。・・・ああ、この方がいるなら、いくらカレリア家だとしても勝つことは出来ないでしょう。さようなら、人生。出来ることなら、もっと平和に、長生きしたかった。・・・私の生気が消えたのは自分でも簡単にわかりました。

 でも、私を絶望の底に突き落とした人物、フレデリカさんは、同時に私に希望を与えてくれた人物でもありました。


「実際王家も国王しか私の存在は知らないし、別に私は権力なんていらない。平民として生きていた私にとっては、私の持つ権力なんて不要なもの以外の何物でもないんだよ。何なら、その権利は知る人が増えれば増えるほど、私の平穏を奪いに来る。・・・でも・・・・貴女が私の秘密を、私が打ち明けるまで誰にも話さないと約束する限り、私のこの権力で貴方の弟を守ってあげれる。絶対に死なせはしないよ。貴方も、弟も、貴方の家族も・・・」


優しく抱きしめて、そんな事を言う彼女の言葉は、妙に真実味があり、とても暖かいものでした。信じて良いのか聞いた私にも、ゆっくりと、優しく頷いてくれる。ああ、私の頑張りは、形は違えど報われたのかな。そんな事を思わせてくれました。



「ほんと、彼女は誰かのことを思っている時が一番美しく見えますわ。」


 うっとりとした表情でネーデル様は壇上を眺めます。壇上には、純白に身を包み、明るくも優しく光る赤い目を私達に向け、手に持った楽器を一切の躊躇いを持たずに操り、異次元にも思える音色を奏でる私達の先生、フレデリカさんの姿がありました。この酒場でしか見れない彼女の姿なのでしょうか?とても幸せそうな表情をしながら、仲間たちと音を紡いでゆく姿に、私は見とれていました。


「彼女、本当に優しいですわね。私なら絶対に、貴女のことを蹴落としてそれで終わりでしたわよ。」

「そうですね・・・。正直、今朝の自分を恨みたいですよ。彼女に変な憎悪感を抱いていた私を。」

「ふふ・・・まさか、貴女まで誑し込まれるとは思ってもみませんでしたわ。堅物、銅像、石柱、そんなことばかり言われていた貴女が、あの子を信用するなんて。」


私達は微笑み、また彼女の方を見ます。ちょうど演奏を終えた彼女と目が会いました。彼女はペコリとお辞儀をし、私の方に駆け寄ってきました。


「どう?楽しめてる?」

「はい!あ、ご馳走になりました。」

「良かった良かった。じゃあ、そろそろ帰る?」

「はい、そうします・・・・ついて来てくれますか?」

「いいよー。元はと言えば私が連れてきたわけだし。」


彼女はそのまま私の手を引き、店を出ました。後眼にみんなが微笑んでいたあたり、よくやる行為なのでしょうね。


「今朝はごめんね。私、君を壊すようなことしちゃって。」

「良いんですよ。私も私で、身勝手でしたし。それに・・・私に希望を与えてくれたのは、他でもない貴女なんですから。」


――――――

お読み頂き有難うございます。あとがき?雑談?そんなものはない!!

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