第十曲 ミイラの苦悩
「・・・この学院に通う皆さんには、よく学び、よく考え、そして、未来のフェデラック王国、いえ、世界を担う人材になっていただきたい。」
・・・現在、入学式兼始業式。徹夜で指導要綱を読んでいた私は、学長の話が聞こえないくらいに爆睡していた・・・わけではなく、そもそも会場にすらいなかった。通信魔法を繋いでもらい画面越しに話を聞きながら、最高学年部特進科クラスの教室で教卓に突っ伏して寝ていた。それはもう、いつの間にか式が終わって、みんなが教室に入ってくるのがわからないくらいには。
「・・・パイ・・・センパイ!」
「んぅ?」
「起きて下さい。もう全員揃いましたよ。」
「あ~、ありがとロゼ〜。ふぁ〜〜!」
主席生徒であるロゼに起こされ、ようやく目を覚ました。
「さ~て。少し眠いからギアかけながらやっていくよ〜。ロゼ〜号令かけて〜」
「・・・しょうが無いっすね。起立・・・姿勢・・・礼」
「はーいお願いしまーす」
この世界に号令という文化がないのは知っていてかけはした。案の定ロゼ以外は困惑の面持ちだった。
「さてっと、まずは私の自己紹介だね。フレデリカって言うよ。別に名乗るような名前はないし高い身分出身って訳じゃないから敬語を使う必要もないし、名前長いからフェリカって呼んでもらったらいいよ。」
顔をしかめたのは高い身分の生徒たちだった。・・・去年までは隣国の大公家の人が担任だった生徒たちだし、いきなり身分の卑しい明らかに年下の人が担任なのは抵抗があるのだろう。
「私の担当教科は数学の補助と、最高等部と高等部の音楽、初等と中等部の音楽補助だから、結構会う機会は多いかな。・・・そこ、アラン・ロベルトくん、露骨に嫌な顔しない!」
「げぇっ」
「はあ・・・流石に今の私は教師なんだから、音楽で煽りまくるなんてことはしないよ。」
何人か見たことのある人がいた。フランドン伯爵家であったことのある人達だった。・・・中で私の正体を知ってる人はアランしかいないっぽいが。
「年齢は・・・そこの
「は、はい。」
そうして淡々と自己紹介が終わり、説明がある程度終わったところで授業終了の鐘がなった。
「おっと、今日はここまでだね。このあとは2限あってから下校になるから、また2限後にね。あ、あと、私は教員室じゃなくて音楽室にいることのほうが多いから、何かあればそっちに来てね。」
私は挨拶して教室を後にした。「なんというか・・・不思議だな・・・」とか、「身分の差は分かっているのでしょうか?」とか聞こえたが、その直後震え声で、「あいつに喧嘩売るとやばいぞ。死ぬぞ」とアランの声が聞こえたのを最後に教室が静まった。・・・いや、私は人殺しなんかしないよ!?
そして時は過ぎ、何事もなく今日の授業が終わり、そして放課後。自分のデスクに座って淡々と業務をこなし、終わったところで来客があった。
「失礼します。」
「どうぞ。・・・正直言いたいことは分かっているよ。貴女が一番顔を顰めていたのは見えていたもの。ねえ、ヴェルフェゴール・ウィズネルさん?」
「・・・」
現在婚約破棄騒動の中心に弟がいるためか、若干顔のやつれは見て取れるものの、疲れを隠したその瞳はまっすぐ私を見据えていた。
「フレデリカさん。担任を代わって下さい。自分たちより遥かに卑しい身分の人に教えを請うなど・・・」
「まあ、そうなるよね。・・・でも、理由なしでは無理だよ。私だって学長から任せられた身、私が辞めることを学長に納得させるだけの必要がないと。」
「・・・」
「まさかとは思うけど、そんな自分たちのプライドを理由にやめさせれるみたいなこと、思ってないよね?もしそうだとしたら・・・流石に舐め過ぎだよ。この学院のこと」
ギリッと奥歯を噛み締めたのが私にも分かった。
「フレデリカさんも成人してないですよね?同じでは?」
「・・・一応この職に就く前から王宮政務官はやってるし、今は業務には出てないけどライザス商会の経理担当もやってたよ。煽るようで申し訳ないけど、あなた達より遥かに大人の世界は知っているつもり。・・・正直、貴女の弟のように問題を起こされて、被害被るのはこちらなの。それを理解してほしいかな。」
「ドットリオは悪くない!!」
「いいえ、あの不鮮明な状況で糾弾に加担している時点で問題はあるよ。」
「そんな事無い!!あの子は悪くない!!正しい判断をしたの!!」
感情を顕にした少女の顔は、これでもかと言うほど崩れていた。ロゼからの前評価が、理論の塊とか、堅物とか言われていた彼女の支離滅裂な言動を繰り返す。分かっているのだろう。弟が正当化されていないことが。彼女の心情が分かっているからこそ、私はさらに追い打ちをかける。
「ならなぜ、記録魔法が得意と言われるウィズネル家、その中でも稀代の天才と称されるドットリオがいながらに、『記録された決定的証拠』が出てこないの?」
「それ・・・はっ!」
「自分でももう分かっているでしょ?本当はあの婚約破棄騒動が無実の罪だったってこと」
「あ・・・あぁ・・・・」
少女がバタリと崩れ落ちた。絶望した少女に、私が掛ける言葉は、何と非道なものだろうか。冷酷なその言葉を告げる私の心情はどうかしていただろう。
「もしこの騒動でフィリア嬢が無実で糾弾され、それを知っていたものがいるならば、糾弾したドットリオたちは投獄・・・最悪、国家転覆罪で一家全員連座なんてこともあるかもしれないね。」
「そん・・・なっ!」
こんなにも冷酷に、まだ幼い少女をグチャグチャに壊す自分の性格に軽く恐怖してしまった。言葉を吐ききった後に、まるで別人かのように少女を優しく抱擁する自分にも・・・だ。小さく震える彼女の体。ここ最近は何も喉を通っていないのであろう。体を密着させれば、制服越しでも分かるくらいには痩せていた。多分、ミイラという言葉が最適解であろうその少女は嗚咽を漏らしながら涙を溢し続けていた。
「・・・このことは誰にも言わないでほしいんだけどね?私って一応王女なんだ」
「ッ!?」
「国王と、平民との間に生まれた婚外子。それでも現在は王位継承権第二位って持ってる・・・まあ、それなりに権力は持ってる方なんだよね」
「・・・ではなぜ、あの時言うのを・・・」
「実際王家も国王しか私の存在は知らないし、別に私は権力なんていらない。平民として生きていた私にとっては、私の持つ権力なんて不要なもの以外の何物でもないんだよ。何なら、その権利は知る人が増えれば増えるほど、私の平穏を奪いに来る。・・・でも」
「でも・・・?」
「貴女が私の秘密を、私が打ち明けるまで誰にも話さないと約束する限り、私のこの権力で貴方の弟を守ってあげれる。絶対に死なせはしないよ。貴方も、弟も、貴方の家族も・・・」
「・・・信じていいのですか?」
この姿になってから、本心なのか嘘なのか、分からなくなってしまうことがある。この時だってそう。ゆっくりと頷くその行為は、果たして本心からやっているただの無謀なのか、それとも嘘から導かれた詐術なのか。私には分からなかった。
「ありがとうございます・・・」
「そんな言われる必要はないよ。・・・さて、話はだいぶ戻るけど、貴女、私に意見を申しに来ただけじゃないでしょ?」
「あ、はい。ピアノを使ってもいいでしょうか。最近練習してなかったので、またネーデル様と差が開いてしまって・・・」
「そういうことね。いいよ。何なら教えようか?私ネーデル以上にピアノ上手いよ?」
「・・・あの方貴族一とかピアノ姫とか音楽姫とか言われているんですよ?」
「何ならネーデルにピアノ教えてるの私だからね」
「えっ・・・・な、なら・・・教えて・・・下さいますか?」
「いいよ〜」
無理矢理テンションを上げながらピアノの蓋をはぐる。ミイラ娘を席につかせて指導を始めた。
「ここは45、48、51番を同時に押して・・・」
「こ、こうですか?」
「そうそう!押さえる指は親指、中指、薬指。次の音は47番だから人差し指で・・・」
音符一つを丁寧に教えてゆく。一生懸命に取り組む彼女の姿を見て熱が入り、気付けば日が暮れていた。
「あ!もうこんな時間だ!ヴェルフェゴールさん、寮まで送るから帰る準備を。」
「すいません!」
準備をさっさと終わらせ、同じく準備を終わらせたヴェルフェゴールの元へ向かった。
「すいません。ありがとうございます。」
「いいのいいの。さ、帰るよ。」
「え?・・・ちょ、ちょっと!?」
「ほんと、ちゃんと食べなきゃだめだよ〜?ミイラみたいな体して・・・最近何も食べてなかったんでしょ?」
「・・・はい・・・あの・・・恥ずかしいです・・・」
「だーめ。年下の少女に持ち上げられてる時点でもうアウトでしょうよ。・・・今の身長体重いくつ?」
「163と・・・37.7です・・・」
「マジカ痩せすぎ!?・・・・決めた。寮に帰る前に御飯食べに行くよ。ここらに美味しい店知ってるから。」
BMI14は痩せすぎなんよ・・・。そう思い寮前にご飯に連れていく。実は学院、貴族街と平民街の境界に位置し、私達がいつも演奏している酒場に近い。そんなこんなでいつもの酒場にミイラ姫を拐っていくのだった。
――――――
お読み頂き有難うございます。次回は酒場回です。字数オーバー?そんなの知るか!
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