第九曲 タンザナイトとベキリーブルー

 自分の前世の記憶が戻ったのは10歳になる2ヶ月前だった。調子にのって、自分の得意魔法である変身魔法と、固有スキルの使役人形マリオネットを同時に発動させたとき、自身の保持する魔力量を大きく越える魔力消費で倒れたのが最初だった。

 夢の中で「私」に流れ込んでくる「俺」の記憶。最初は訳が分からず、整理に時間を要したが、「俺」だった記憶が持ち合わせていた情報処理能力はかなりのものだったようで、そちらに切り替えた瞬間に即座に理解できた。


私はロゼッタ・リリシア。ノートルウィーンの二つ名を持つ侯爵令嬢であり、一番の親友であった万葉先輩の公演会帰りに交通事故でなくなったピアニスト兼金管楽器奏者、倉宮光輝の転生者である。


その事実は私の決められた道を進むだけの運命を大きく変えた。


 翌年春、私は同年代より2年早く王都の貴族学院に入学した。理由としては領地経営の基盤を学ぶため。父上が肺炎を患い、それはなんとかして治したのだが、後遺症の影響で領地全体の管理をすることが難しくなった。なのでなるべく早く、私が領政に手を回す必要があったのだ。年齢を詐称し、転生ボーナスの知識チートを利用し、主席で入学して学費を抑え。正直あの一年がつらすぎたせいで後の2年が問題児のように暴れてしまったのかもしれない・・・


 世界の北方の方にあるフェデラック王国の、更に北に位置する王都は日本換算3月中旬まで雪が残る。私はその日、いつもの休日の様に変身魔法で黒猫に化け、こっそりと平民街まで出向いてきていた。


(ん・・・?)


異変に気づいたのは郊外に出る時の事だった。いつも静かな一軒の農家の家に大量の人々が集まっており、そしてその家から軽快なケルト音楽が響いていた。

 私は立ち止まって少し聞いていた。そして、耳にした。


「!?!?」


絶対にこの世界にはないはずの楽曲、「情熱大陸」が流れてきたのを。

確信と疑問が私の中に浮かんだ。確信は、私以外に転生者がいたということ。そして疑問は、ヴァイオリンを弾いている人物が万葉先輩であるかどうかということだった。確かに奏法は万葉先輩のものであった。しかし・・・


「雑音が・・・・」


万葉先輩の音楽とは思えないほど雑音がひどかったのだ。まるですべてを投げ出したような、投げやりな音楽。私の知る万葉先輩の音楽とは似ても似つかなかったのだから・・・


 その農家について調査をして数月、家に当時いたのは親子であり、あの時の情熱大陸を弾いていたのは娘、フレデリカ・レイランであることが分かった。その時点でも疑念は変わらず、私の中で渦巻いていた。

・・・拉致ろうと思ったのも、あまりにも彼女に対する疑念が膨らみすぎたからだろう。正直、彼女が先輩でなくても権力でもみ消せる。そう思った私の行動は早かった。黒猫に化けて彼女をおびき出し、路地裏で眠らして拐った。その後は王都郊外の森にある荒城へと連れて行った。


「なに?攫っておいてどういうつもりか知らないけど、早く返してくれると良いな。」

「そうね・・・これ、指定した曲を全部弾ききったら返してあげる。」

「ヴァイオリンだよね?はあ・・・指定曲は?」

「そうね・・・じゃあ、情熱大陸でね」


まだ化けの皮を被った私が指定した曲は情熱大陸。演奏を生でみたかったのだ。彼女は何事もないようにヴァイオリンを構え、一曲を弾ききった。・・・先輩の使う奏法と寸分違わぬ奏法で・・・だ。


「あれ?私これ・・・」

「なぜ、この世界にない曲を演奏できるのかしらね、万葉?」

「あー、そういうことか・・・してやられたな」


少しカマをかけたみた。あっさりと認め、言葉をひねり出した彼女は、多分自分では気付いていない。とても悲しそうな、苦しそうな、そんな顔をしていた。なぜ、彼女がこんなに音楽が下手になったのか、それをすべて物語っている顔だった。


「・・・久しぶり・・・」


言葉をつなぐ彼女の手が震えていた。何なら声も。私はそれを肯定することも、否定することもしなかった。・・・おそらく、私が死んだことに一番悲しんだのも、一番責任を感じているのも彼女であるのは間違いないのだから。


「なんすか?もしかして責任感じちゃってます?万葉センパイ?」

「・・・感じないはずが無いだろ、俺のせいでお前死んだんだから」


昔の口調。私は癖で今世でも昔の口調を使っているが、彼女はそうではない。なぜ、今でも昔の口調を使うのか。それは未だに過去を見て、閉じこもっているからだろう。


「はあ〜。センパイ、良いっすか?ここはもう違う世界なんす。センパイがボクのこと思ってくれてたのは知ってるんですから、もうこの際こっちの世界で前を向いて生きましょう?」


言葉をかけた私に、「分かった」と微笑む彼女は、何ら変わっていなかった。


 半年、数月。時間が流れ、学院の終業。そのタイミングで起きた事件により、センパイが学園に来ることになった。・・・それも教師として。

私からしたら下手になったとは言え、音楽知識の浅いこの世界では世界一と言っていいほどの腕前である。楽々と関門を乗り越え、始業一週間前には、音楽準備室に自分のデスクを作っていた。


「さってと、ねえ、でてきたら?さん?」

「・・・・・・猫の状態で隠蔽魔法かけてるのになんで見破れるんすか?センパイ。・・・というか猫の状態だからノートルウィーンって言うわけじゃないっすよ」

「へー。まいいや。とりあえずピアノ修理手伝って。どうせ今日はネーデルのところ行かないんでしょ?」

「はーい。そこまで言うならしょうが無いっすね。センパイ・・・いや、センセイ?」


始業三日前、私はこっそりと音楽室に忍び込んでいたのだが、あっさりとセンパイにバレて捕まった。そして、しょうがなくお手伝いとしてピアノ修理をしていたときだった。


「!?!?」


突然、隣で作業をセンパイの目から生気が消え、大粒の涙が流れた。


「センパイ!!」

「ッ!?!?」


反射的にセンパイを抱きしめた。なぜだかは知らない、ここで抱きしめておかないと、もう一生センパイに会えない気がしてならなかった。


「センパイ、あの時、私は言ったはずっすよ。もう私達の生きている世界はこっち側だって。前を向いて生きましょうって。」

「でも・・・やっぱり私には・・・」

「でもじゃない!!」

「ッ!!!!」


初めてセンパイに怒鳴ったと思う。


「・・・正直、嬉しかったっすよ。ずっと思ってくれてたんだってね。今も私のこと心配してくれてるのは本当に嬉しいっす。・・・それでも、だからといって、あなたが責任を感じることは、それだけは違うっす。なにしてるんすか。そんなあなたらしくないことして。あなたはあなたらしく前を向いてください。私は今が本当に幸せなんですから。センパイが幸せにならないでどうするんっすか?」

「それでも・・・私は・・・貴女を殺してしまった責任を・・・振り払うことは出来ない!」


その言葉に、私は本当に嬉しかったと同時に、本当に腹が立った。


パシーン!


気付いたときにはビンタを飛ばしていた。が、それでは止まらずに言葉が漏れた。


「私は、センパイが責任を負い続けていくかどうかなんて知ったこっちゃありません。そんなところ粘着されてもなんの得にもなりませんから。でも、もしセンパイが、「音」を恐れてこんな状況になっているのなら・・・止めてしまいなさい。音楽を。自分でもわかっているっすよね?音を恐れるあまり、自身の音を見失っていることを。」

「正直なこと言って良いっすか?下手になりましたね、センパイ。最初聞いたときはホントに驚いたっすよ。あそこまで型をはめているのに、あんなに雑音が入るなんて。」

「手が小さいから?いや、違うっすよね?カズハセンパイの時から手は小さかったっすよ。」

「気づかないふりは止めてください。確かにセンパイは心から音楽を楽しんでるっすけど、心の奥底から音楽を楽しむことは出来てないっすよね?」


言葉が止まらない。止めるつもりもない。なんとか、言葉を抱擁で伝えることにすることだけが、私に唯一できることだった。


・・・ホント、センパイは何処まで行ってもセンパイっすね・・・人のために、ここまで自分の心を削ることができるのは・・・


「良いのかな。私。」


その言葉に私は


「はい。いいんすよ。幸せになって。」


そう返す他ならなかった。・・・・私にできることは、ベキリーブルーの瞳の色が鮮やかに変化できる時間を、ただ長くしてゆくだけ。ただ、それだけだったとしても、私は、それに全うしよう。・・・私が唯一心を許し果てた、貴女のために。


 学生寮。私は自分の一人部屋に帰ってきた。


「おや?随分と遅かったね。何をしてたんだい?」

「別に、貴方には関係ないと思いますよ。ヴァイダー様。」


私の部屋のソファーに、堂々と寝転がる男の名は、「ヴァイダー・ド・ラ・シャンパーニュ」。シャンパーニュ家の長男であり、私の婚約者だ。


――――――

お読み頂き有難うございます。雑談はありません。それでは・・・

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