第八曲 教師と生徒、先輩と後輩、責任と自由

「今年度から教師をして加わるフレデリカさんです。フレデリカさんは新任なので慣れてないこともあるでしょうからみなさんご指導の程をお願いします」

「「「はい」」」

「それではフレデリカさん、自己紹介を。」

「はい、ご紹介に預かりました。フレデリカです。まだ教師としての技能が低いので色々教えてもらえると助かりましゅ・・・」

「しゅ?」

「しゅって言ったよな・・・」

「ええ、今たしかに言ったわ・・・」


なんで私はこんな時に噛むのか。顔を赤くして手で抑える私は他の人からどう見られていたのだろうか・・・。正直全教員が集まってる中でこんな子供みたいな・・・いや子供なんだが・・・


「と、とにかく!よろしくおねがいします!!」


いたたまれなくなった私は逃げるように自己紹介を終わらせた。頭を下げて拍手が飛んできて、でまた学長・・・ギルベルト先生が話し始める。


「フレデリカさんには最高学年、高学年部の音楽科と低中学年部の音楽科補助、全学年部の算術教師補助を担当してもらいます。算術教師の皆さん、この方三次関数とかも解けるのでどしどし質問などどうぞ。」

「えまってそれ聞いてn」

「「「分かりました!!」」」

「ちょっとそれ聞いてないってぇー!!!!」


始業式を3日後に控えていた。あれから私達の日常は変わることなく続いていた。いや、実際は各々の仕事に専念するために変わったといえば変わったのだが。国王と会うことも少なくなり、フィリアは酒場でバーテン修行、ヘレンはいつもどおり私の執務の手伝いと演奏仲間の楽器整備、れーくんは新年度分の商会執務に追われ、お母さんは畑仕事、演奏仲間もそれぞれの仕事をしてその後は酒場。ネーデルはどうやらロゼと一緒に音楽の特訓をしているらしい。


「ギルベルト先生、この本の外注印刷お願いしてもいいですか?生徒用の教科書を作ったのですが」

「分かりました。教科書ということは全員分ですね。120部あれば足りますか?」

「はい。十分です。始業式までには揃えておきたいのですが」

「今から外注しに行くので明日には完成していますよ。・・・しかし、音楽科で教科書とは随分と思い切りましたね。」

「音楽とは音を楽しむためにあるもの。それはたしかにそうですがそれ以前に知識がないと楽しむことも出来ませんよ。実技だけをずっとやって批評したところで、誰が楽しめるのか。そこが音楽の難しいところかもしれませんが・・・。先生は数学の先生だから分かるのではないですか?いくら問題解こうとしたところで公式や法則性を理解していないと解けないでしょう?」

「なるほど。実に秀逸な例えです。」


この世界の音楽知識の薄さはネーデルでよく理解している。高等学年からでも良いので基礎知識の座学をする必要があった。パット見た感じ、まあ、ネーデルの初期の音楽知識を想像すればよいだろう。


「そう言えば、生徒さんの名簿は覚えましたか?」

「本格的な担当をするクラスだけですが。・・・まさか担任などは・・・」

「フレデリカさんには最高学年特進クラスの担任をしてもらおうかと。」

「・・・あの人の服を剥いでくるド変態のクラスですか?」

「・・・またロゼッタさんは・・・いい加減成績に減点評価でも入れましょうか・・・」

「まあ、私はロゼのそんな行為には慣れているので大丈夫ですが・・・」


減点評価はあの人成績でカバーしてくるので無駄ですよ。なんて頭抱えている学長に言えるはずがない。やはりロゼの問題児は健在らしい。


「それではこれで、失礼します」

「はい。お気をつけて。」


依頼を終えた私が向かうのは音楽室。隣の準備室に無理くり言ってデスクを作ってもらったため私にとってはここが職員室みたいなものだ。


「・・・・・・」


無言で目を向けるのは鍵盤の所々下がったピアノである。先日触ったときに違和感を感じていた私は、デスクを置いてすぐに中を点検した。

・・・案の定、壊れている鍵盤があった。それも結構な量が。即日で弦の緩みや張りは直したがハンマーは在庫が足りず、れーくん父のエボロスさんに頼んでいた。頼んだ即日で「生産工場に投資しておいて良かった」などと言いながら大量のハンマーをもらったのだが、その日は結局取り付けずに、今日に至る。


「さってと、ねえ、でてきたら?さん?」

「・・・・・・猫の状態で隠蔽魔法かけてるのになんで見破れるんすか?センパイ。・・・というか猫の状態だからノートルウィーンって言うわけじゃないっすよ」

「へー。まいいや。とりあえずピアノ修理手伝って。どうせ今日はネーデルのところ行かないんでしょ?」

「はーい。そこまで言うならしょうが無いっすね。センパイ・・・いや、センセイ?」


この世界では少し珍しい、光沢のある黒い長髪をなびかせ、一本一本丁寧にピアノのハンマーを替えていく姿を見て、私はなぜか、本当に何故なのかわからなくなるくらいに、彼女の前世、倉宮光輝を重ねていた。あの日、交通事故で亡くなった日にも私の無理に応えて来てくれた。1週間ろくに寝ずに仕事をしていたにもかかわらず、私の前では元気な様子を取り繕ってくれた。あの日、私が呼ばなかったら、無理をさせなかったら、体調に気遣えていたら・・・もしかすると・・・


「センパイ!!」

「ッ!?!?」


気付けば私は泣いていて、ロゼの胸の中にうずくまっていた。温かい。そう思わずにはいられないし、そう思えば思うほど涙は止まらなくなっていった。情けない。どれだけ中身が大人だと思っていても、結局はただの幼子だったようだ。


「センパイ、あの時、私は言ったはずっすよ。もう私達の生きている世界はこっち側だって。前を向いて生きましょうって。」

「でも・・・やっぱり私には・・・」

「でもじゃない!!」

「ッ!!!!」


多分初めてだった。ロゼが私に向けて怒鳴ったことは。私もロゼも怒鳴り声を聞くのが嫌だったからか、お互い怒ることも怒鳴ることもなかったのだ。


「・・・正直、嬉しかったっすよ。ずっと思ってくれてたんだってね。今も私のこと心配してくれてるのは本当に嬉しいっす。・・・それでも、だからといって、が責任を感じることは、それだけは違うっす。なにしてるんすか。そんならしくないことして。らしく前を向いてください。私は今が本当に幸せなんですから。センパイが幸せにならないでどうするんっすか?」


そうだよね。本当は私だって前を向いて歩かないといけないんだよね。・・・でもごめんなさい。


「私は・・・貴女を殺してしまった責任を・・・振り払うことは出来ない!」


彼女を抱き返す腕が、小刻みに震えていた。とっくのとうに理解していた。あのときのこと、彼女は許してくれていると。彼女が、私の幸せを切に願ってくれていると。私には、過去に縛られずに生きてほしいと願っていることも。すべて理解していた。それでも私が彼女の前で幸せになることを拒むのは、多分、怖いのだろう。昔、私の「音」への執着が、彼女の「音」への尊敬を利用して、彼女を殺してしまった。その「音」への執着が、また彼女を、いや、私の大切な者を傷つけてしまうことを。


「・・・センパイ、歯を食い縛って下さい」

「・・・・・・」


パシーン!と軽めの音と共にその音に似つかわしくないような激痛が、私の頬に走った。説明するまでもなく、ロゼのビンタだった。


「私は、センパイが責任を負い続けていくかどうかなんて知ったこっちゃありません。そんなところ粘着されてもなんの得にもなりませんから。でも、もしセンパイが、「音」を恐れてこんな状況になっているのなら・・・



止めてしまいなさい。音楽を。


自分でもわかっているっすよね?音を恐れるあまり、自身の音を見失っていることを。」


感じたことのないような重圧感。それは私自身の責任か?それともロゼの怒りか?・・・この場合、どちらも当てはまらないだろう。


「正直なこと言って良いっすか?下手になりましたね、センパイ。最初聞いたときはホントに驚いたっすよ。あそこまで型をはめているのに、あんなに雑音が入るなんて。」

「それ・・・は・・・」

「手が小さいから?いや、違うっすよね?カズハセンパイの時から手は小さかったっすよ。」

「・・・」

「気づかないふりは止めてください。確かにセンパイは音楽を楽しんでるっすけど、音楽を楽しむことは出来てないっすよね?」


その通り。反論することが出来ない私をロゼは優しく抱き締めてくれた。抱擁から伝わる、無言の言葉。一体いくら泣けば気がすむのか。私は。


「良いのかな。私。」

「はい。いいんすよ。幸せになって。」

「・・・本当に?」

「本当に。だってそれが、私の幸せなんすから。みんなにとってセンパイは幸せを運ぶ青い鳥なんです。その青い鳥が幸せでなくて、誰が幸せになれるのでしょう?」


――――――

3600に伸ばしたところで3600まるごと書いてるじゃねえか!!

てことでお読みいただきありがとうございます。本日の雑談はありません。

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