第三曲 帰る場所、いるべき場所、受け入れられる場所

「・・・少し席を外すよ。」


フェリカさんはそう言い残して隣の部屋へ入っていきました。数秒、沈黙が続いたあと、ライオット様が口を開きました。


「貴女には敵わないですよ。どれほど貴女が王冠を被ることを望んだか・・・。」


そう小さく呟きました。王冠、その言葉に引っかかりを覚えました。私はその意味を聞くのと同義で、ライオット様に疑問を投げかけました。


「一体、フェリカさんは何者なんでしょうか?」

「・・・彼女は現在、名持ちの平民としてフレデリカ・レイラン、常時はフレデリカしか名乗らない。だが、彼女が本当に名乗るべき名は、フレデリカ・フェデラックだ。」

「え?それって」

「ああ。彼女は国王と平民の間に生まれた隠れ子であり、現在の実質的な王位継承権第2位を有する第1王女だ」


この国では王位継承権を国王自らが決められます。平民との間に生まれた婚外子、しかも女の身でありながら第2位を有すること。その意味は私もよく分かっています。数多の王族血族を跳ね除け、直系男児であり、ガープ様の弟君であるスクルド様よりも実質上位を勝ち取っている人物。


「半年前、物心ついた彼女と初邂逅した時の事だ。自身の父である国王に激怒してな。・・・止めようとした時の威圧は今でも覚えているさ。」

「あはは。あの威圧は、貴族の生半可な覚悟では到底受け取れられないですね。正直、あの会場のほうがどれだけ楽だったことやら。」

「そうだな。貴族の威圧は同調的な圧力で軽蔑や抵抗が多い。しかし彼女はひとりで全方位に振りまきながら、そのものが負うべき責任に自身を変容させる。相手から見れば自分の放棄していた責任が目の前に現れるのだ。敵わないのも当然か。」


なんだかんだ、こうやって雑談するのも初めてかもしれません。私は生まれたときから時期王妃が確約され、そのための教育を受け、期待と重圧に耐えてきました。もちろん、ライオット様と談笑したこともありません。


「彼女が王宮政務を肩代わりしてくれて、時間も出来ていた。その時からこんな時間を作れれば、もっと変わっていたのかもな。」

「残念だけど、それは絶対にない。それで回避できたのなら、私もここまで怒る性格ではないのは、貴方だって分かってるだろうし。」

「では、一体原因は何だったのか、教えてもらっても?」

「・・・場所だよ。」


すっと現れてきた彼女の端的な優しい言葉。その一言ですっと、何かが消えた感覚がしました。何か、何故守っていたかもわからない無駄なモノが。


「フィリアは生まれた当時から確約された次期国王候補の婚約者。一見、勝ち組にしか見えない。だって、それだけで他貴族からの優遇だってあるし、質の高い学問も学べる。もちろん、作法だって他貴族よりも良いものを。そして何より、周りを含めての将来が確約できる。それはそれは、周りはこぞっての居場所を作っただろうね。」

「・・・」

「でもね。逆に言えば、その居場所はフィリアを受け入れる場所ではなかったの。今まではフィリア=次期王妃が成り立ってたから表面上同じように見えた。でも本当はそこにフィリアの居場所なんてなかった。居場所を作れなかったんだよ。」


言われてみれば、その通りだったでしょう。公爵令嬢、次期王妃に期待はされてても、私の本来の性格、人格には誰一人として見向きされませんでした。・・・やっぱり、私の価値は次期王妃としてしかなかったのでしょう・・・


「・・・フィリア、こっち来て。」

「え?あ、はい」


言われるがまま彼女の前に向かいました。彼女は優しく微笑み、私に被さるようにして抱きしめてきました。


「・・・え?」

「ごめんね、お姉ちゃん。私はお姉ちゃんのことを知っているなんて大口をたたける人ではない。お姉ちゃんがどんな境遇をどんな心情で過ごしてきたなんて知るはずがない。だから、この言葉はすごく身勝手で、傲慢で、どうしようもない。それでも、私は言わせてほしいの。


・・・辛かったね、苦しかったね。今までお疲れ様。自由になっていいんだよ、幸せになって良いんだよ・・・


と。ただその言葉だけ、贈りたいの。」


ダメですよ。反則です、その言葉。何の期待も、何の重圧もかかってない私には・・・


「受け取るしか無いじゃないですか・・・その言葉・・・」


本当に、貴女は身勝手で、傲慢で、そして・・・どうしようもなく優しいお方です。貴女の言う通り、貴女は私のことなんてわからないのですよ。今、私がどれだけ貴女の家族として生まれたかったかなんて考えてても、貴女に分かる筈がないのです。


「さて、フィリアも今日は疲れてるだろうし、お話しはこれくらいにしておこっか。」

「ああ。・・・娘をよろしく頼む。」

「はいはい。」


抵抗しないことを良いことに私をお姫様抱っこしたフェリカさんがそう言い、今日の話は終わりました。ライオット様が席から立ち、玄関の前まで来た所でこちらの方へ向き直りました。


「フィリア、本当に済まなかった。お前の負った傷はこの言葉で治るほど浅いものじゃないことは承知している。だとしても、謝らせてくれ。・・・本当に済まなかった。そして・・・幸せになってくれ」

「・・・はい!」


フェリカさんに抱かれた状態で見せた笑顔は、おそらく最も私らしく、最も美しいものだったのだと思います。


ライオット様が帰った後、すれ違いで外から帰ってきたフェリカさんの母、ミーシャルさんとこの家の養子であり元伯爵家のヘレンさんを紹介されました。そしてミーシャルさんの胸に軽く絶望して、腹いせにフェリカさんの胸を揉んでいた時、私としては驚くような来客がありました。


「うっす〜」

「失礼いたしますわ。」

「こんちわ〜」

「・・・えっ!?」


現れたのは3人。大体婚約破棄騒動の渦中にいる事が多い天才令嬢ロゼッタ・リリシア様、貴族界で音楽姫と呼ばれるネーデル・フランドン様、そして、この国の5大商会、ライザス家のレグルス・ライザス様でした。


「お、3人とも来てくれたんだ。」

「「「フェリカの頼みだから!!」」」

「え?・・・え?」

「・・・ありがたいけど、色々説明が必要だね。どうぞ、中入って。・・・あと、今日はれーくん泊まっていくでしょ?」

「うん、そうする。」


三人を入れて先程のようにソファに腰を掛け、囲んで話が始まりました。驚いたのはフェリカさんの人脈が予想以上に広大すぎるということでした。ロゼッタさんは昔からの付き合いで、ネーデルさんは音楽の弟子、そしてレグルス様は婚約者。身分は平民だとしても、人脈は王族以上であると思いました。


「・・・確かに、フェリカさんの人脈は凄いですけど、この人脈はフェリカさんの人格有ってこそだと思いますわ。」

「・・・どういうことでしょうか?ネーデル様。」

「ネーデルで結構でしてよ。私もフェリカさんたちの前では貴族としての柵を忘れれますから。」

「はい、分かりました。・・・ネーデルさん」


やはりどうしても上下関係の拘束から逃げれてないようだと感じました。


「ふふっ。・・・フェリカさんはね、たしかに性格の裏表がお有りです。しかし、その裏表どちらにも、他人に迷惑をかけることではなく、他人すらも幸せになってほしい、そう思う気持ちを持っているのです。だから、彼女は幅広い人脈を獲得できるのですわ。」

「なるほど・・・」

「あ、ただし、楽器を粗末に扱うと最悪縁を切られる恐れがあるので要注意ですわ。一応理念の中に楽器を粗末にするやつは極刑というものがありますので。」

「ちょっと!?」

「事実でしょう?」

「う、うぅ。・・・ネーデルはこんな頭の回る人じゃなかった・・・もっと胸だけで話を・・・」

「何か?」


こうやって縛られず自由にする雑談が、本当に楽しいと感じました。


―――――

さてさて、次話からフレデリカ視点に戻りますよ。

ちなみにこの雑談中、フェリカはずっとレグルスの膝上に座っていて、ずっと体で遊ばれてます。スキル・ポーカーフェイスを獲得しました。なんちゃって。


お読み頂き有難う御座います。さてさて、あるかわからない雑談の時間です。実はフェリカ、豪農です。郊外とはいえ、王都に家を構えている農民なわけですからそれはまあ大きい畑を有しています。魚沼の大きめの水田6面分くらいはあるのではないのでしょうか?一章三曲でフレデリカが走っていた面積は所有面積の3割程度になります。その畑でフレデリカは小麦、稲作、野菜などなど、一年を通して作物を育てています。実は王都内の平民市場では結構人気商品です。

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