第二曲 誰ガ為ノ娘
見慣れた天井、ですが少しだけ匂いが違います。この古紙の匂いに仄かに葉巻の匂いを感じるのはお父様の部屋でしょう。
「随分とお寝坊さんだな。あれだけの騒動にしておいて。」
「・・・お父様」
体を起こし、お父様の方に向き直りました。感情の籠もってないその目に、私は涙をこぼしました。
「会場でお前が頭を下げた。そのことであの断罪は全て事実であると伝わっている。事の重大さはわかるよな?」
「・・・はい。」
「私の言いたいこともわかるよな?」
「・・・はい。」
聞きたくない。嫌だ。許して。捨てないで。
受け入れなさい。分かっているでしょう?
私の中を感情が交錯します。じっと見つめていたお父様がゆっくりと口を開き、言葉を発しました。私が一番聞きたくない言葉を。
「これ以上お前をこの家に置いておくことは出来ない。フィリア、現時刻を以ってお前をレーゼンベルトより除籍する。これ以降、レーゼンベルトの名を冠すことは許さない。いいな?」
「・・・はい。・・・今までお世話になりました。」
深々と頭を下げ、数秒の沈黙の後、お父様・・・いえ、ライオット様が口を開きました。
「何も持たなくていい。付いてこい。」
「・・・はい。」
言われるがまま、後ろを付いて歩きました。屋敷を出て貴族街を抜け、平民街の方まで向かいました。どうやら王都外れにある一軒の農家が目的地だったようです。一見普通の家とは変わりないのですが、水車小屋と繋がっていたり壁から黒い管が突き出していて貴族の屋敷の煙突のように煙が出ていたりとか少し変わった点も見受けられました。ライオット様が戸を叩くと足音が聞こえ、戸が開きました。
「十中八九。話聞きたいから、中入って。」
出てきたのは私よりも6歳は年下であろう少女でした。優しい笑顔と、落ち着く声。遥か年下にも関わらず、纏う雰囲気は私よりも大人っぽさを感じました。言われた通り、中に入って二人でソファーに腰を掛けました。彼女は私達にお茶を出してテーブルはさんで反対側に座り、ゆっくりと口を開きました。
「私はフレデリカ。みんなからはフェリカなんて呼ばれ方してるから、そう呼んでくれると嬉しいな。本当は訳ありなんだけど、それは隣の人から聞くといいよ」
「私はf」
「フィリア・・・でしょ?一応、伝手は多いほうだから、風のうわさでも聞くんだよね。君のこと。」
衝撃でした。私の名を知っていることはもちろん、現宰相であるライオット様に隣の人呼ばわり。肝が座っている人でもあると。
「さっそく本題なんだけど・・・一応聞いておくよ。何の用?宰相閣下。」
「ああ、この娘を預かってほしくてな。婚約破棄で変な噂も立っている。こちらで持つことは不可能だ。」
「ふーん」
頷きつも彼女は想像通りだったみたいな表情を見せました。そして一言。
「じゃあ、お姉ちゃんになるのかな。私の。」
「まあ、そうなるな」
「じゃあ、お姉ちゃん。かなり見苦しい場面を見せることになるけど、いい?なるべくなら、この場にいてほしいんだけど。」
「・・・はい。問題ないです」
「そっか・・・」
ゆっくりと席を立ち、ライオット様のところへ向かうフェリカさん。目の前に堂々と、悠然と大立ちをしてライオット様を見つめていました。何が起きるのか、疑問に思ったその刹那でした。
パシィン!!!!!!
フェリカさんの平手が勢いよく、真っ直ぐに、ライオット様の左頬を捉えました。音でもわかるような威力の平手打ちにライオット様が横によろめきました。
「あのさ、お前って、現宰相なんだよな?」
「・・・・」
すっと、さっき纏っていた優しい雰囲気が一瞬にして消え去りました。部屋の中に響いたのは、さっきのフェリカさんからは想像できない、男性でも出せるかどうか怪しい低い声でした。
「ついでに言うと、公爵家当主だよな?」
「・・・まあ、そうだな」
雰囲気の何もかもが変わっていました。私の出れるような場ではありません。
「正直言っていい?宰相やめたら?」
「・・・・」
「なあ、どうなん?宰相やめたら?」
「・・・・・・」
「沈黙か?・・・芋野郎。チキン。」
気圧されて黙ってしまうのもしょうがないでしょう。私があの会場の重圧のほうがまだ楽だったと思ってしまうのですから。あの会場にいた貴族の人数は80人程度でした。それら全員の軽蔑の目が軽く思えるほどの重圧をこの方は一人で振りまいておられるのですから。
「・・・・・・うんとかすんとか言えや!!あ゛!?」
「・・・」
とても言い出せるような空気では有りません。恐怖で足が震えていました。正直、「大丈夫か?」と聞かれたときにさっさと逃げておくべきだったかと後悔しました。ライオット様は萎縮こそされてますが少し慣れが見受けられました。
「宰相ってのは国民のため、国民を守るために、国王の王権力をある程度抑止しながら政治監督及び王政補佐をする役職のことだってのは分かってるよな?」
「・・・はい。分かっております。」
「つまり本質は国民の奉仕者であるってことも私が仕事を肩代わりするときに言ったと思う。」
「・・・・・・はい。仰ってました。」
「?!?!?!?!」
驚きと困惑です。普段誰にも、あまつさえ国王陛下にも普通に話す現宰相閣下が少女、ましてや平民の少女に向かって敬語を使うではありませんか!
「1つ質問するよ。自分の娘1人満足に育てることも守ることも出来んのに、何が守れるん?」
「それ・・・は・・・」
「答えはもう知ってるし、このあとどうなるかは分かってるから先に言っとくけど、あんたは正解しようがしまいがぶたれるよ?」
「・・・分かっています。」
「じゃあ、答えは?」
「・・・何も・・・守れない・・・です。」
「うん、正解。」
答えを聞いて少し満足げな笑顔を見せたあと、またさっきの怒り顔にすぐに戻り・・・
ドゴッ!!
さっき平手打ちした左頬に、拳をたたきこみました。当然、先程の平手打ちも響くのでライオット様は倒れ込みます。
「いい加減にしろ!何で娘1人守れないくせにのうのうと宰相ができる!?なんで実の娘をそんなさっさと捨てられる!?お前にとって娘とはなんだ?駒か?玩具か?ふざけるのも大概にしろよ!!」
「・・・」
「前も言ったが出産に子供の意思は付き合えない。親二人の意思しかない。親の身勝手で子供は生まれなきゃいけないの。だったら身勝手に生んでしまった親二人で子供が自立できるようになるまで愛情を込めて育て、守ってあげないといけないの!それが親が子供にできる、生まれてきてくれたことに対する恩返しであり、生んでしまった責任に対する義務なんだから。勝手に生まれてきた?んな訳無いだろ!親の意志がないと子供は生まれない!だって生みたくないなら下ろせばいいし、そもそも妊娠しないように避妊してやればいいんだから。」
怒りのままに言葉をぶつけるように見えて、彼女の目には涙が溜まっていました。それに、彼女は自信の価値観を押しつけるのではなく、事実を押し付けた上での価値観の提唱。彼女が本当に「家族」というものを大切に捉えているかを考えさせられました。
「11歳から15歳まで、フィリアさんはずっと頑張ってきたのをあんたは見てた筈でしょ?あんたの期待に答えるために、自分の感情を圧し殺して。ただ正しい国母であるために、自らの自由を縛りきって。4年間自分を殺してきた少女を匿いきれないだ?いい加減にしろ!先ずは『今まで期待に応えてくれてありがとう、守ってやれなくてごめんなさい』だろ!?あんたが負うべき責任を、たった15の少女に負わせるなよ!娘は娘だ!玩具でも使い捨ての駒でもない、たった1人の人間であり、あんたの大切な娘だろうが!!」
涙混じりに吐き捨てる彼女への恐怖は、もう消えていました。あるのは感謝と信頼、尊敬。そして、少し黒い独占欲。
この人が私の婚約者なら、もっと幸せになれたのかな・・・
そう思ってしまうのは、身勝手なのでしょうか?身勝手だったとしても、彼女は受け入れてくれるのでしょう。
――――――
お読みいただきありがとうございます。次回もう少しフィリア視点でフェリカの説教が続きます。
てことで、フィリアの説明を
15歳、身長161㎝、体重49㎏。貴族界では大人しいことで有名でしたが本当は活発的な性格でレズビアン気質があります。あれ?私と同類の匂いがする(筆者はバイセクシュアルです)。音楽は人並みよりは上ってところです(この世界では)。魔法スキルは爆発化。火属性魔法がすべてexplosionします。なのに適正属性は水の悲しい娘です。
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