第十六曲 フレデリカと・・・

「・・・はあ。」


ネーデルの後ろをついて、フレデリカが居るであろう洋館に向かう途中、ミーシャルは大きなため息を付いた。目的地の洋館から聞こえてくる音楽を聞いたのだ。


「どうしたのです?」

「ピアノとフィドルの音が聞こえるの。ピアノの音はおそらくそのロゼッタとかいう人でしょうね。でも・・・フィドルの音の詰め方、これはフレデリカのやる奏法よ。」

「えっと・・・つまり?」

「フレデリカとそのロゼッタという子はグルなのでしょうね。おそらく、私も知らないほどに内密で親しい関係でしょう。」


ミーシャルの言葉に驚愕するのはヘレン以外全員だ。もちろん、ミーシャルの含んだ言い方にヘレンはすぐに気がつく。フレデリカは転生者だ。その事実がある以上他に転生者が居てもおかしくない。そう、例えばロゼッタという人物がフレデリカと同じ転生者で、前世の友人だったとしたら・・・ミーシャルや自分でも知らない可能性が十分にある。


「・・・でも、逆に気になりますよね。フレデリカが隠し通そうとする友情がどんなものか。」

「そうね・・・」


少しだけ、歩を進める足が早くなる。謎があると解きたくなる。ミーシャルの悪い癖なのかもしれない。



フィドルを置き、話しかける。


「中々入ってこないね。」

「そうっすね。案内します?」


案内。その言葉の意はロゼの趣味に当たる。


「あー、チャイコフスキーでいい?」

「金平糖の精の踊りっすね。雰囲気も合いますし、それでいいっす。」

「おっけー」


ロゼと代わってピアノに移動する。ロゼはいくつかの出して構える。

実はロゼの生前はダンス好きであり、バレエなどもやっていた・・・らしい。


「じゃあ、案内よろしくね」

「うーす」 


演奏を始める。それに合わせてロゼと人形が動き出し、やがて部屋を踊りながら出ていった。その後も演奏を続けるとコツ、コツとリズミカルな足音が行ったり来たり。その後複数の足跡が近づいてきた後にロゼに続いていつものみんなが入ってきた。タイミングを見計らってアウトロを入れ、曲を締める。すぐに口を開いたのはお母さんだった。


「やっぱりグルだったのね。」

「んー、まあ、言ってしまえばそうだね。・・・今回に関しては誘拐されたに等しかったわけだけど。」

「うーわ。酷いっすねセンパイ。グル認めるなら擁護して下さいよ〜。」

「ヤダ」

「・・・・はあ。まあ私は良いわ。フレデリカに害はなかったもの。・・・?」


お母さんの言い方に疑問が浮かび、横に視線をずらす見えたのは殺気こもった目でロゼを睨みつけるネーデル譲と今にも泣きそうなれーくんの姿だった。 取り敢えずれーくんの方に駆け寄ってぎゅっと抱きしめる。


「・・・心配・・・したんだぞ」

「ははは、ごめんごめん。いきなりのことだったから連絡できなかったよ。でも、心配掛けたね。」

「・・・もう、何処にもいくなよ?」

「大丈夫だよ。私はれーくんだけの恋人なんだから、ずっと側にいるよ」


私より明らかに身長の高いであろうれーくんが胸の中にうずくまってるのを見て、少しだけ、ほんの少しだけ、れーくんのことが幼く見えた。

これでこっちは問題解決。問題なのは・・・


「ようやく尻尾を出しましたわね。これで心置きなく断罪できるものです。ロゼッタ・リリシア様?」

「あら?まさかセンパイのことをダシにして断罪するおつもりで?いい加減そのちっこい頭を使ったほうがよろしいかと思うわよ?」

「まさか・・・貴女は悪評の多い人ですもの。簡単にできますわ」


はあ・・・正直、どう説明しようか悩んでいる。でも止めなければこのまま断罪ルートだろう。しょうがない、止めに入るか。


「はいはい。貴族様方、喧嘩はそこまでにしなさい。」

「「だってあっちが!」」

「やめなければ二人共絶縁ってことでいいよね?」

「「やめます」」


取り敢えず喧嘩を止めさせた。


「よろしい。まず、ネーデル。ロゼは知り合ってもう8年になるし、音楽の愛弟子なの。別に誘拐されたって私には何の害もないから貴方が首を突っ込まなくてもいいよ。」

「・・・はい」


8年・・・ある程度納得しやすい数字で嘘をつく。本当は前世の13歳から25歳までの12年になるわけだが。


「んで、ロゼ。まず、ネーデル嬢は私がピアノを教えている人の一人だよ。仲良くしておかないと私の立場を崩す可能性があるのを理解しておいてね」

「うっす」


こっちは本当。二人の中間にいる私は確実に二人の対立に巻き込まれる。だったら仲良くしておいてもらわないと困る。そしてこっから説教に移る。


「で、ネーデル?少し前にも言っていたのだけれど権力と同調でなんとかしようとする癖を止めなさい。正直ロゼや私は同調圧力だからなんだってなるし反撃で自分が沈められたこともあるでしょ?さっきロゼが貴女を煽るときに言ったけど、個人と言う我を守りたいなら、頭を使え。貴方の根は優しい人だから、貴族社会だと簡単に崩されるよ。」

「わかりました・・・そうですね。さっきは確かに何も考えずに突っ張りましたわ。」

「分かっているなら良し。んで、問題はお前だよロゼ。今の言い方で確定したよ。」

「えっと?」

「まずは男遊びと女遊びをやめなさい。正直、遊び人がすぎるよ。」

「う・・・」

「で、煽り癖も。柔軟に対応できないのが露見するだけだから。貴族社会が生きづらいのは知ってるけど、だったらそもそも首を突っ込まないことが大切。」

「うっす・・・善処します。」


二人共しょげはしても聞き入れてくれたのでまあ良しとしよう。


「えっと・・・それは除いてですね?ロゼッタ様、一つ、注意させてもらいますわ。」

「あら?何かしら?」

「あなた・・・もう少し露出を抑えることは出来ませんでしたの?業務中の娼婦様でさえ、もう少し露出は少ないですわよ?」

「えっと・・・これは・・・」

「ロゼは露出癖の変態だからしょうがないよ。」

「センパイっ!?」

「事実でしょ?」

「う、うぅ・・・」


なにも言い返せず、ぷっくり膨れるロゼを不覚にも可愛いと思ってしまえたのは私だけではなくネーデルもだった。ドレスの話題で盛り上がる女子3人。ドレスつながりでふと、ネーデル嬢に違和感を持った。


「ネーデル?その緑のドレスって汗を書いても匂わないとか・・・そんなやつ?」

「はい!実際ここまで走ってきて発汗しても今匂ってないでしょう?」

「・・・ロゼ・・・」

「・・・アウト。花緑青はヤバいっす。」

「おっけー。取り敢えず、ネーデル、そのドレス脱ごうか。体拭きたいから全部。」

「え?えっ!?」


私が気になっていたのはドレスに使われている緑の染料だった。前世で得意教科化学だったロゼの話で引っかかっていた。


「最近の異世界転生モノってドレスマウント多いっすよね。テコトで少し雑学っす。昔ドイツで作られた花緑青って顔料があったんスけど、これ、猛毒のヒ素なんでこれで染めたドレスによる事故って結構あったらしいっすよ!」


シェーングリーンに染める匂わない顔料。アセト亜ヒ酸銅と呼ばれるもので汗で溶けて猛毒に変容する。まだ体に当たってないだけで生成された猛毒の量はすでに致死量に相当するだろう。だから男がいようと気にせずに全力で脱がす。


「い、いきなりこんな格好にするなんて・・・」

「ごめん。でも、今は命を守ること優先だから」

「えっとどういう・・・」

「亜ヒ酸塩。貴方のドレスに使われてる原料は銅成分で確かに匂うことはないけど、汗をかけばかくほど染料が溶けて猛毒の砒素に変容する。そんな物質よ。・・・・少なくとも帰りも同じドレスを着ていたら、間違いなく死んでたでしょうね。」

「・・・・・」


青ざめる全員。そこらへんに置いてあったロゼの飲水の入ったボトルを借用し千切った布で体を拭く。拭き終わったところで全員一段落してほっと胸を撫で下ろす。取り敢えず私の着てた短パンとパーカーを着せ、私は玄関に向かって大きく叫んだ


「ずっとそこに居たやつ!出てこい !」


――――――


最後までお読みいただきありがとうございます。

さてさて、まず謝っておくことは・・・


次回次次回、全く音楽要素出てきません!申し訳ないです!


てことで、雑談タイム。

花緑青、19世紀初頭にドイツで開発された人工顔料です。亜砒素酸塩の物質で、シェーングリーンに染まります。当時は砒素が猛毒だと知られてないこともあったみたいで死亡事故等は結構起きてたみたいです。

投与した動物の半数が死ぬ半数致死量は22㎎/㎏。化学好きな友達に具体的な時間と発汗量を言って計算してもらったところ、ネーデル嬢が纏っていた量は24.635㎎/㎏だったのでネーデル嬢、かなりの幸運と毒耐性ですよ。

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