第十五曲 しっそう

「じゃ、先行っとくね〜」

「はーい。」


いつもの変わらない日常。慣れていくことに自分が凄く喜びを感じていた。今日だってそう。私はお母さんより一足先に酒場に向かう。ヴァイオリンを背負い、ステップを踏みながら歩く。何気ないいつもの通り道。街人たちの騒がしく往来する音がまるで音楽のように、とても心地よく、とても楽しい。


「お!嬢ちゃん!今日もお勤めかい?」

「肉屋のおっさん。私が居ない日なんてそうそうないよ?」

「ハッハッハ!それもそうだ!よし、今日も飲みに行くから席空けといてくれよ!」


思いもしなかった。この何気ない酒場への道が、私の過去、最も楽しんでいたあの時代を思い出させてくれることを。


「あ、猫だ」


通り過ぎた黒猫を興味本位で追って薄暗い道に入る。瞬間、私の意識は遥か彼方へ飛ばされた。


今日はなぜか、嫌な予感がしていた。そしてその予感は的中した。


「「こんにちわ〜」」

「あ、ミーシャルさんヘレンさん、フェリカは一緒じゃないの?」

「フレデリカ?先に来るって言っていたけど?」

「え?」

「「「「え?」」」」


考えられる理由は1つ。誘拐だ。酒場の空気が凍る。正直、情報網がしっかりしている我々ライザス商会だ。フェリカの情報ならすぐに仕入れれるだろう。俺たちが警戒しているのはフェリカを攫った奴らがどんな手段を取るのかだ。フェリカは腕が立つ。男よりも強いだろう。そんなフェリカを攫っていくやつだ。絶対的に強いのは分かる。


「お邪魔しますわ」

「ネーデル様?」

「ええ、フレデリカ様に用があったのとここの音楽を聞きに来ましたわ」

「・・・フェリカが消えたのですが、なにか情報はありませんか?」

「え!?」


正直、詰みだった。俺たちの現在出せる情報ではフェリカを探すことは無理に等しかった。なにかないか。思考する。


「邪魔するぞ。フレデリカの嬢ちゃんが黒猫を追って裏路地に入っていったきり目撃されてないそうだ。嬢ちゃんが追っていった黒猫に何か有るんじゃないかとその猫探しているのだが、心当たりないか?」


近所で肉屋をやっていてうちの常連の人が言ってきた。黒猫・・・。一瞬の思考の後、叫び声が響いた。


「ついに尻尾を出しましたわ!ノートルウィーンです!その猫!」

「の、ノートルウィーン?」

「ロゼッタ・リリシア侯爵令嬢の裏名ですわ。彼女ならフレデリカ嬢も気絶させて攫うことが出来ましてよ!」


ネーデル嬢が飛び出す。疾走する彼女を俺たちは追いかけていくのだった。



「んぅ?・・・」

「あら?目が覚めたかしら?」


起きた私は体を起こす。割れた窓にボロボロの柱。荒城という言葉が似つかわしい建物の床で、私は寝ていた。すでに陽は暮れ、夜になっている。


「誰?」


私が問いかけたのはドレスを着た少女だった。長い黒髪、青い目。まるで私の裏表のような少女は口を開いた。


「ロゼッタ・リリシアと言うわ。フレデリカといったわね。」

「なに?攫っておいてどういうつもりか知らないけど、早く返してくれると良いな。」

「そうね・・・これ、指定した曲を全部弾ききったら返してあげる。」

「ヴァイオリンだよね?はあ・・・指定曲は?」

「そうね・・・じゃあ、情熱大陸でね」


この時、何も不思議に思わなかったのは一度お母さんと一度弾いているからだろう。言われたとおり、情熱大陸を弾く。弾ききれと言われたので最後までフルで通した。違和感に気づいたのはその時だった。


「あれ?私これ・・・」

「なぜ、この世界にない曲を演奏できるのかしらね、万葉?」

「あー、そういうことか・・・してやられたな」


やっとそこで理解した。なぜ、この世界にない曲を指定してきたのか、こいつは一体誰なのか。


「君がそういうってことは、ここには誰も居ないだろ?昔のように喋ろうか、倉。」

「うっす」


目の前にいる少女、ロゼッタ・リリシアは転生者。そして、その前世は私の相棒であり後輩である倉宮光輝。私にイヤーフックをくれた宝石好きで、私のソロの講演会の帰りに交通事故で亡くなった。


「・・・久しぶり・・・」

「なんすか?もしかして責任感じちゃってます?万葉センパイ?」

「・・・感じないはずが無いだろ、俺のせいでお前死んだんだから」

「はあ〜。センパイ、良いっすか?ここはもう違う世界なんす。センパイがボクのこと思ってくれてたのは知ってるんですから、もうこの際こっちの世界で前を向いて生きましょう?」

「・・・分かった。」


まさか、倉に説教されるとは思わなかった。心残りを消してくれたのは分かる。それでも、もう少しだけ、倉宮光輝という存在を目の前に移したかった。


「ありがとね、ロゼ。」

「適応力高いっすね。センパイ」

「それはどうも。じゃあ、再会祝いに何曲かいく?」

「さんせーい」


そういったロゼが魔法を起動する。自分とロゼの体が光りに包まれ、次の瞬間には衣装が変わっていた。私は白基調の赤、ロゼは黒基調の青。それぞれモルフォワンピースなのだが、所々破れていたり、穴が空いていたり。今いる荒城に合わせた衣装にしたのだろう。右の下乳のところにバッサリと大穴があったり、左の腰から足元に向けて大きく切れていて足を開いたときに下着が見えるのはロゼの趣味だ。


「・・・悪趣味」

「良いじゃないっすか。センパイスタイル良いんっすから、露出多めにしても問題ないっすよ。」

「エボロスさんにも言われたなあ。・・・というか、私まだ11歳だよ?」

「あ、表では正確な年齢出してないっすけど私13歳っす」

「13でその服装はやばいんじゃない?なんか・・・見えちゃいけないものが見えてるような・・・」


私の服も露出強めだが、ロゼのはもう15禁どころか18禁に掛かりそうな衣装だった。貴族の箱入り令嬢が見ようものなら目を押さえてしまうだろう。というかロゼ自身ボディラインがしっかりしているので万人関わらず目の毒であろう。


「まあ、いいや。曲は何にする?」

「ショパンの夜想曲一気に通しましょ?」

「おっけー」


ショパンの夜想曲は本当はピアノだけなのだが、そこは元プロ音楽家二人だ。即興応用力ならかなり強いことであろう。その自負を裏切らずに、うまく旋律を分け、演奏をしてゆく。この世界では異次元である。あっという間に21番までが弾き終わる。


「・・・早くない?」

「こんなもんじゃないっすか?・・・センパイ歌唱出来ます?」

「できるけど、どうしたの?」

「ジョニー凱旋行進曲行きます」

「おっけー」


ジョニー凱旋行進曲、本当の名前はWhenジョ Johnny ニーcomesが凱 marching旋する home時 。私がアメリカ公演のときに演奏した曲で、ロゼの好きな音楽だった。


「hiEDCB?」

「あー、そうっすね。それでいきましょうか」

「おっけー」


hiEDCB。私達二人のイントロの確認方法で私が歌う高さを決める。フレデリカの体はかなり声域が広い。神崎万葉がlowD♯からmid2Cまでしか出ていなかったのに対し、フレデリカの声域はIowC♭からhihiDまでと両端すら広がっている。そのため高音の曲でもかなり滑らかに出せる。何ならキー+にしても結構頑張れる。


「・・・その音域出るの凄いっすね。ボクはhiA♯までが限度ですよ。」

「ひっく!?日本人平均でもhiCまで出るよ?」


間奏にそんな事を話しながら曲を終える。さて次は何の曲を弾こうか。そう思い二人で話している時、外の方から見知った話し声が聞こえてきた。


「夜の不気味な洋館に流れてそうな即興曲でもどう?」

「お、いいっすね」


演奏開始と同時に困惑と驚き、呆れの声が聞こえてきたのは私にも聞こえていた。


――――――

最後までお読み頂き有難う御座います。

さてさて、あと3曲ほどで第1楽章が終わりになりますが、新キャラの登場。一応簡単な詳細を。

ロゼッタ・リリシア、シャンパーニュ家傘下のリリシア侯爵家の一人娘で貴族学院の主席を2年連続で獲得しております。容姿で男を惚れさせ、思いっきり振ったり、低音と前世の記憶を生かした男装術で貴族令嬢を虜にしたりと好き放題やっていたため学院での評価はかなり低いものになっております。学院以外ではミステリアスで近寄りがたい雰囲気を放っている不気味な人物って感じです。ちなみに過去3回、婚約破棄騒動に巻き込まれました。

「俺はロゼッタと結婚する!」「無理です生理的に受け付けません」みたいな会話を3回。お陰で命を狙うものも複数人。全員返り討ちにしていますが。

固有スキル持ちで自称のスキル名は使役人形マリオネット。暗殺者もこのスキルで返り討ちにしています。音楽のスキルは知られることなくここまで来たって感じです。

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