第十四曲 煽り魔・フレデリカ

前に出てきたのは金髪の少年、そして取り巻きボンボンという言葉がよく似合う少年が二人、金髪の腕にくっついているドリルヘアーの少女が1人。いや、多ない?


「見ない内に平民の女に負けるようになっていたか、ネーデル嬢。どうだ?そなたの講義の前に私がそなたに講義をしてやろうか?貴族界のな」


何この感じの悪い奴。ネーデルさんも顔の表情は変えていないが私にだけ聞こえる小さな声で「ごめんなさい。初回だというのに人選を間違えましたわ」と言ってきていた。


「フン。何も言い返せないか?」

「いえ、言い返す必要など無いだけです。実際この平民に負けたことは事実ですから。今の私に貴方に言い返すためのプライドはフレデリカ嬢に砕かれましたので。」

「そうかそうか、つまr」

「しかし、私を負かしたフレデリカ嬢の実力はかなりのものですわ。まず演奏勝負で勝ってから言ってもらえません?」

「・・・私が平民に負けるとでも?」

「ええ。負けるとでも。もしフレデリカ嬢に勝てたなら・・・どうします?フレデリカ嬢」

「私とネーデル様の二人で毒杯でも仰ぎましょうか?あ、この場で首を切り落とすのが一番ですね。」

「それはいいアイデアね。ではそうしましょう。誰でもいいから剣と毒杯を2つずつ用意しておいてくださいな」


命をかけたデスゲーム?いえ?ただの煽りですよ?正直私もネーデルさんもこの採点基準が曖昧な演奏勝負で負けるなんて1つも思っていなかった。だからこそ、毒杯だったり首切りだったりと言葉が出てきた。


「お、おい。それはいくらなんでも」

「あら?もしかして、勝手にいちゃもんを付けておいて、実力も示さず逃げるおつもりで?ロベルト侯爵家の名が廃りましてよ?」

「ッ・・・やってやるよ。死んでも知らねえぞ」


どちらが先行やるかも決めてないのに座る侯爵令息様。あれ?デジャブ?

楽譜を開かないのはプライドのためか?オリジナルだからか?なんて考察していると演奏を始めた。初音を鳴らした瞬間私は顔を顰めた。何だこの聞くに堪えない演奏は。

フォルテシモをオールで通す曲にしてはテンポが遅すぎるし、何よりコードを使え!というか鍵盤を叩くな!最初の時のれーくんのほうがなんぼかマシだ。本当に酷い。というか8分音符しか並んでないのにそのスピードで手動かしたら明らか間に合わないだろ!ペダルを使え!

とまあ、私が心のなかで苦情を入れていると演奏を終えたらしく鍵盤から勢いよく手を離した。同時に複数人から拍手が上がる。


「流石です!アラン様!」

「アラン様の力強い曲、感動しました!」

「さすがわたくしの婚約者ですわ!」

「ふふん。そうだろうそうだろう」


座って足組をしているアランとかいう侯爵令息を私は・・・


「どいて、調律が出来ない」

「おわっ!?」


思いっきりどかした。そのまま鍵盤を押しながら音を確認している。


「A・・・B・・・C・・・D・・・E・・・F・・・G・・・」

「お前っ!アラン様に何を!」

「黙って、どの音が壊れてるかわからないから。・・・A♭、D、F♯、hiB・・・」


覗き込んでハンマーと弦のテンションを確認する。


「mid1E、mid2C、mid2D、hiA、lowD♯が折れかけ・・・テンションは・・・数えるの面倒くさいや・・・これ」


取り敢えずさっき一回の演奏でこんなにピアノがボロボロになったことに怒りを隠せない私が居た。さっき仕舞った調律器具を取り出してきて鍵盤の上に置いてからピアノの裏を覗き込む。


「・・・あった。」


私が探していたのは予備のハンマーだった。折れかけているハンマーと取り換え、調律器具を使って調律をしていく。緩んだ弦の数はさっきと比べ物にならない。一本一本丁寧に調律する暇はないのである程度あってたらそれでいい。


「・・・終わったか?」

「黙れ、人のピアノ壊して一言もなしのお前に用はない」


キレていた。完全にキレていた。口調が完全に神崎万葉になっていた。


「物を乱暴に扱わないのは貴族だってそうでしょう?」

「・・・・」


申し訳無さか、それとも怒りか、あえて相手の表情は見ずにいるため、表情は見えない。


「ああ、ピアノが泣いてる・・・流石に音を戻すのには時間がかかるな・・・。ハンマーも今のでかなりしんどいし・・・。」


わざと聞こえる声で。神崎万葉の時代から楽器を乱暴に扱う人が許せなかった。自分のチャンネルについたアンチも、ふざけて犯罪予告を送ってくる者も許せた私が唯一許せなかった者。それが楽器を乱暴に扱うものだった。


「・・・強い曲調の曲だったらトルコ行進曲とかがよろしいでしょうか?でも聞いたことのある道化師のギャロップでもいいかな・・・」

「フレデリカ嬢?」

「ああ、すいません。調整も済みましたし、改めて。私が弾く曲は「トルコ行進曲」です。強めの曲だったらこれがいいかなと思いましたので」


実は真っ黒地獄盤面に仕上げたオリジナルであるが、まあ、これでいいだろう。この世界にトルコ行進曲なんて無いし超絶技巧の曲とでも思ってくれたらいいだろう。椅子にかけ直し、そっと鍵盤に手を置く。最初はピアノ、サビでフォルティッシッシモまで上げる。ちなみにこれ、元は自分が投稿していた動画サイトに他の人が上げていた異次元転調verなので曲調の変わり方がおかしいというおまけ付き。


「えっ!?!?」


一番最初に驚いたのはネーデルさんだった。それを始めとしてどんどんとざわつきが大きくなっていく。一番最後にサビに入ってあの令息たちが驚き始めた。「ありえない」だとか「ふざけてる」だとか。「驚くのが遅いですわ」とネーデルさんが小声を言ったのは私にしか聞こえてないっぽかった。曲を終わり、そっと鍵盤から手を離す。拍手が飛んでくる中で私は向き直った。


「コードもペダルも使わない。手の動かす速度が音符とテンポに比べ遅い。鍵盤は叩く。・・・失礼だけど音楽の初歩も初歩のことが出来てない貴方相手に毒杯を仰ぐつもりも自ら首を斬るつもりもないよ。私は。」

「ッ!・・・・名を名乗れ。俺が不敬罪で始末する。」

「出来るもんならやってみれば?ああ、名を名乗らないとね」


リーゼン男爵家の人間もこんなキレ性ではなかったが、よっぽど器が小さいのだろうか?ちなみに私は演奏終わってすぐだ。何人覚えてるかもわからないが見えない『音』をまとっている。斬りかかろうものなら返り討ちにできる。だから、名乗る。


「フレデリカ・レイラン。それが私の名だよ。」

「レイラン!?アラン様!ダメです!剣をお収めください!」

「・・・っく!」


全員が驚き、ネーデルさんが慌てて静止する。アランとかいう侯爵令息も慌てて剣を収めた。何かわからんけど事態は収まったのでこれでいいか。


「・・・じゃあ、講義を始めましょうか。」

「は、はい・・・」


そうして私の自称楽しい音楽基礎は始まった。本当はコードを教えていこうかと思ったがさっきの演奏を聞く限り無理そうなので音楽の基礎知識から教えていくことにした。・・・正直、それすら教えるのが大変だったのは言わないでおこう。

 講習が終わり、私も帰ろうかと思っていたとき、ネーデルさんに話しかけられた。


「・・・フレデリカ嬢、いえ、レイラン様。ひとつご質問宜しいでしょうか?」

「フレデリカ・・・フェリカでいいよ。みんなそう呼んでる。質問ね。なに?」

「もしあなたなら、異端・・・自分達とは違うもの達を助けようと思ったら、どうしますか?」

「どうするか・・・ねぇ。」

「貴女にプライドを砕かれてから、自分を見直して、この際ですから関係を一新しようと思ったのです。そして、新しく関係を築こうとした人の中に猫目の異端の少女がいたのですが・・・その前に廃嫡されてしまって・・・」

「あー、ヘレンのことだね。だったら今度家に来るといいよ。会いに来てよ、猫目の義姉あねに。」


少し驚いた顔を見せて、「はい!」と返事するネーデルさんが今までのネーデルさんの中で一番美しく見えた。


 思えばレイランの名字を知っているのは演奏仲間とお母さん、エボロスさんとれーくんだけで貴族の中に知っている人は居なかったと思った。あ、バイエルン家は除く。バイエルン家も黙りこくっていたし、なにかレイラン名は特別なものがあるのだろうか?

今度お母さんに聞いてみようかなとも思ったが多分私が聞くことは無いだろう。ふと、その瞬間にお母さんの泣き崩れる姿が目に浮かんでしまったからだった。


―――――

お読み頂き有難う御座います。

あれ?おかしいぞ?雑談の時間が無いぞ?

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