第九曲 違い

♪♫♪♪

「!?!?」


わたくしは現在ピアノを弾いている少女、レグルス様の講師だと言われているフレデリカ嬢のことを見下しておりました。彼女に恥をかかせよう、そう思って彼女にピアノを弾くことを薦めました。しかし実際、恥をかいてしまったのはわたくし達、今までピアノを弾いていた者たちでした。

フレデリカ嬢はわたくしよりもかなり難しいであろう音楽を楽譜無しで完璧に弾ききるのです。わたくしたちの弾くゆっくりをした曲ではなく、とても速い曲をすべての指を使って弾くのです。呆気に取られてしまいました。あの小さな指で、ミス一つなく、正確に。

 

「・・・・・・・・・・」


わたくしはあまり武芸や学問に秀でることが出来ず、父上がせめてもので始めたのがピアノでした。何処の御令嬢や御子息様よりもうまく弾ける。そんな自信は私を先走らせたのだと思います。それがやがて大きなプライドになり、ピアノを弾けば弾くほどプライドが肥大化するのです。それを悪く思っていませんでした。

しかし今、わたくしの目の前にはそのプライドを真っ向から否定してきた人物が居たのです。


「こんなにも速い曲を・・・」

「ありえませんわ・・・こんな」

「・・・・アップテンポな曲はあまり流行っていないですからね。っと、このまま次の曲に行きましょう。」


他の御令嬢方が私と同じ様に唖然としている中で、彼女はなんと口を開いたではありませんか!!私ですら曲を弾く時に話を振ることはできません。それを彼女は平気でやってのけるのです。私達は関心しきっていました。ところが何ということでしょう!?彼女は更に私達を驚かせる行動に出ました。


「ふう、二曲目は『エリーゼにために』にします。エボロスさん、目隠しとかあります?」

「あ、あるが・・・どうするつもりだ?」

「少しチャレンジがしたくなっただけですよ。」


エボロス様から目隠しをもらい、巻いて完全に視界が閉ざされた状態で鍵盤に手を置きました。

勝てない。

初音を鳴らした時点でわたくしは確信しました。ピアノ奏者にとって視界は無くてはならないものです。それを完全に閉ざした状態で完璧に弾いてゆくのです。私含めこんな事・・・いえ、もしかするとこの世界にこの芸当ができるのは彼女1人なのかもしれません。


「何故、そんなにピアノを上手に弾けるのですか?」


演奏終わり、私は彼女に質問を問いました。彼女は少し目を丸くしたあと、優しく微笑みこう返しました。


「では逆に、貴女方にとって『ピアノ』とは何でしょうか?」

「ッ!」


普段は働かない欠陥品と言われているわたくしの頭が信じられないほどの速度で回転しました。

 何故、この方と私にはこれほどまでに差があるのか。あえて私は口を開きませんでした。


「私にもプライドはあります。ええ、それも貴女の何千倍も大きいようなプライドを。でも、それを壊されたことは一回としてありませんよ。なぜなら・・・」


それは私の積み上げてきた努力の結晶であり、私の『色』を放つ宝石だから


「蒼く赫いベキリーブルー。なんてね」


一体彼女は、どれだけ・・・

私は帰るまでそれを考えていました。たかが数百回引いただけでは、あの様に弾くことは出来ません。数千、数万、数十万・・・どれだけ彼女はピアノを弾いてきたのでしょうか。


「ネーデル、どうしたんだ。さっきからなにか考えているのか?」

「いえ・・・私にとってのピアノって・・・何なのかなって」

「ライザス家の演奏会で何があったのか、聞かせてもらっていいか?」

「・・・・・・はい」


わたくしはお父様に全て話しました。


「・・・・フレデリカと言ったな。そいつは本当にピアノで負けたことがないとそう言っていたのか?」

「いえ、・・・ですが」

「だったら断言してやろう。そいつはピアノで負けたことなんて何回もあるだろう。」

「えっ!?」


お父様の言葉には少し驚いてしまいました。


「あいつは勝負なんて概念持っていない。彼女が戦っているものは唯一つ、『一つ前の自分』ただそれだけだ。」

「・・・」

「・・・そう言えば、バイエルン子爵からおすすめの酒場を案内されたんだが」

「あの功績貴族からですか?」

「ああ。なんでも変わったお酒と楽しめる音楽が特徴らしい。今度行ってみるか?」


あの方の音楽のすべてを理解することは出来なくても、酒場の演奏程度なら・・・そう思い、わたくしは首を縦に振りました。


2日後、日も沈み始めた頃にわたくし達は平民街まで出向きました。目的は件の酒場にいくため。どうやら路地裏にあるとのことでしたが、聞こえてくる楽しげな音楽からすぐに見つけることが出来ました。


「ここか・・・邪魔するぞ」

「おや?いらっしゃいませ。ご注文は何にいたしましょう?」

「私はジン、こちらにはワインをお願いできるか?」

「かしこまりました。」


お父様の後をついて酒場に入り、カウンターに座った時、わたくしは聞き覚えのある2つの声に驚きました。それは音楽が終わり、演奏者たちのお礼の時でした。


「「ありがとうございました〜!」」


どれだけ聞いてきたかわからないレグルス様の声、そして・・・


高くも大人びた印象を与えるフレデリカさんの声でした。


思わずそちらを振り向くと、背中を合わせて楽器を持っているフレデリカさんとレグルス様がいました。前回と違うのは、ドレスアップをしていないことと楽器がピアノではないこと、瞳孔が落ち着いた青ではなく燃え盛るような赤色であることでしょうか。


「次!れーくんとデュエット行きまーす」


みなさんが楽器を下ろし、フレデリカさんとレグルス様だけが楽器を構えました。足で合図を鳴らし演奏が始まりました。最初はフレデリカさんの主旋律とレグルス様の副旋律。そこから曲調が変わるとともに旋律を交代していきます。一切のズレも無く、完璧に合わせていくのです。・・・まるで、数日前と同じようでした。


「さっきからあちらをずっと見ているが・・・もしかしてあいつが例のフレデリカか?」

「はい。あの方で間違いありません。」

「そうか。」


お父様と話していると彼女たちの演奏が終わりました。


「ありがとうございました〜!じゃ、休憩するのでお母さんよろしく〜」

「はーい」


弦の張られた楽器を丁寧に机に置き、こちらに来てカウンターに座りました。


「あー疲れた!マスター、アレキサンダーのショット1つ!」

「ちょっと!?」

「あ、2日ぶりですね。どうされました?」

「ええ・・・ではなく!貴方わたくしよりも幾分若いでしょう!?お酒大丈夫なのですか!?」

「別に慣習的に成人年齢ってだけで法律に飲酒禁止とは書いてないですよ?」

「は、はあ・・・」


アレキサンダーという聞き慣れないお酒が出てきたのには気にもとめず、私は驚き声を出しました。


「君がフレデリカ嬢で間違いないな?」

「ええ。あ、私は貴族なんてくそくらえな人間なので言葉遣いが荒いので承知の上でお話くださいね。」

「・・・ああ。わかった。・・・娘が世話になったな。」

「?世話になったのはれーくんとエボロスさんでしょう?私はただプライド圧し折っただけですよ?」


ご尤も。ですがわたくしは一つだけ知りたいことがありました。


「あの・・・何故、わたくしに言葉を投げかけたのですか?」

「・・・勿体ないからだよ。貴女はピアノという分野において私を超えるポテンシャルがある。音感あって指の動きも正確で素早い。楽譜と指の動きはずっと見てたけど正直応用力に関しては私よりあるなって思った。でも、貴女の今は絶対にその才能を活かそうとしない。貴族の中で下を見ていい気になっている貴女が勿体ないと思った。バイエルン子爵家とリーゼン男爵家に大恥かかせた私からしたら貴族だから何って思ってしまうから、貴族なんて柵にとらわれないでほしいなって思った」

「なるほど・・・」


わたくしはふっと笑みをこぼしました。何となくわかったような気がしました。


・・・わたくしも宝石を磨くとしましょうか・・・


――――――


まーた、あの馬鹿は酒飲んでますよ・・・

ちなみにアレキサンダーはブランデーベースのカクテルですね。ブランデー1/2、カカオリキュール1/4、生クリーム1/4をシェークしたら出来ます。良ければどうぞ


お読みいただきありがとう御座います。さて、今回は黙らせられた方の視点で進行させてもらいました。伯爵令嬢だろうがぐいぐい押して行くフレデリカ、何者なんでしょうね(笑)

まあ、追々分かることでしょう。あれ!?またしても雑談の時間がない?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る