第十曲 猫の目

「ヘレン。今、この時を持ってお前をヴェルデーテ伯爵家より除外する。今後、お前がヴェルデーテの名を名乗ることは一切認めない。直ちに荷物をまとめ、この家から出ていけ。」

「・・・はい、と言う前に、一言質問を許していただけますか?」

「・・・何だ?」

「なぜ、私を追放するのか、理由を伺っても」

「その猫のような瞳孔、異端の者であるお前をこれ以上ここに置けないと判断した。それだけだ」

「・・・そうですか。・・・では、今までありがとうございました・・・」


まるで感情の籠もってない、お父様はじめとする伯爵家の者の視線を受け、私はどんな顔をしていたのでしょうか?荷物・・・と言っても着替え一着しか持たせてはもらえません。お父様たちからすれば私は要らない。野垂れ死んでくれれば万々歳といった所でしょう。どれもこれも私が異端だからいけなかったのです。右目に通る一筋の白い縦線。まるで猫のようなその瞳は私を異端とするには十分でした。中には生まれた当時はそうでも治ったものもいます。しかし私は戻ることはありませんでした。私は14歳、治る場合は遅くても13歳までには治ります。もう治らない、そう判断されたからこそお父様は私を伯爵家から切り離したのでしょう。

 私は何もかも絶望して、王都貴族街に有るヴェルデーテ伯爵家を出ました。


一体どれほど歩いたのでしょう?気づけば平民街の裏路地を歩いていました。貴族街と違い、平民街の裏は昼でも暗い・・・いえ、気づかぬ間にいくらか夜を越したため明るさがわからなくなっているのでしょうか?


「なあ、お嬢ちゃん」


声を掛けられたのはそんな時でした。助け・・・そう呼べる声ではありませんでした。私に襲いかかってくるのは、ただの恐怖だけ。怖くて逃げ出そうと振り返って走り出しました。


「痛っ!」

「おいおい、逃げんなよ〜。俺達は遊びたいだけ、1発やらしてくれるだけで良いからさあ〜。」

「ひぃっ!」


つい最近まで貴族だった私の脚では、逃げれないことなど分かっていたかもしれません。すぐに男たちに腕を掴まれました。抵抗しようとしても私じゃ到底無理。助けなんて来るはずもない・・・絶望した時に神は舞い降りました。


「男数人が少女一人襲うなんてね。ハハッ。チキンかよ。」

「あ”ぁ”!?」


口調は粗いものの、その場の誰より落ち着いた声色でした。私と男の間に入ったのは、白のワンピースっぽい格好の少女でした。銀髪蒼眼、私よりも背の低いその少女は一見すると自分の実力も知らずに正義感で行動している阿呆にしか見えません。しかし、私含めこの場に居た全員が共通で理解したことがありました。


(この娘、強い!)


理解するとは語弊があるかもしれません。理解させられた。それが正しいのかもしれません。ほんの数秒、男たちの一人が彼女に拳を振るおうとした時、その間数秒足らずのことでした。

彼女は拳を最低限の動きで避け、そのまま男の腹部に拳を入れました。ドゴッと音がしたあとに男が力なく倒れるところから必然的に強いと理解せざる負えない状況でした。


「さてっと、どうする?チキン共。鶏冠振りながら大人しく帰るってんなら許してあげることもないけど?」

「わ、分かった!許してくれ!」

「はーい、じゃあね〜」


倒れた男を担いでさっさと男たちは逃げていきました。


「立てる?お嬢様?」

「え?あ、はい。ありがとうございます」

「それなら良かった。ねえ・・・」

「それではこれで、さようなら。」


私はすぐに立ち去ろうとしました。その少女に、異端と思われたくはなかったのです。足早に立ち去ろうとする私を彼女は止めようとしませんでした。ただ一言。


「実は見えてたんだよね。その目。」

「なんで・・・それならなぜ私を助けたのですか?」


思わず立ち止まってその言葉に反応してしまいました。彼女は私を助ける前から私が異端だと知っていました。ではなぜ?そう聞きたくなってしまいました。その答えは早かったです。


「すごくきれいな目をしているなって、そう思ったからじゃだめ?」

「!!?」


いつの間にか、私と彼女の距離は寸前まで詰めてあり、私の顔を優しく彼女の小さい手が包んでいました。生まれて14年間、私はずっと異端だと蔑まれてきました。でもこの少女は私を見てくれて『きれいな目』といってくれたのです。

どんどん足の力が抜けていき、目からは涙が溢れてきました。


「・・・今まで蔑まれてきてばっかだったんだよね。大丈夫、あなたを見てくれる人はここにいるから・・・」


本当に情けないなと思います。年下の少女に泣きついて・・・伯爵家の人間に見られたら・・・なんて思ってしまいます。でも、涙が止まることはありませんでした。



泣き止むまでに数分の時間を要しました。少女・・・フレデリカさんはその間もずっといてくれて親身に話を聞いてくれました。


「この右目で異端と呼ばれてたんですよ。」

「なるほど。それで家を追われたと・・・」

「はい・・・」

「じゃあ、私の家来なよ。」

「え?」


最初、言っている意味がわかりませんでした。


「私を置いておくのは異端を匿ってるのと同じようなものなのですよ!?貴族からなんて言われるか」

「だったら黙らせれば良い」

「え?」

「たかが平民の一行動、脳の腐った貴族共にとやかく言わせるつもりはないから。さあ、行くよ!」

「え?ちょっと!?」


フレデリカさんは私の返事も聞かずに私の手を引っ張りました。成すすべがない・・・わけではなく、ただ、嬉しかったんだと思います。私を受け入れてくれて。



「ただいまー。」

「あら、おかえりなさい。・・・後ろのお嬢さんは?」

「あ、ヘレンさん。斯々然々あって」

「なるほど。分かったわ。部屋は有り余るほど空いているもの。自由に使っていいわ。」


フレデリカ(年上からのさん付けは嫌だとのことです)のお母様は随分聡明な方だと、それが第一印象でした。そして何より若いと。


「失礼ですが、年齢を伺っても?」

「あら?逆にいくつに見えるかしら?」


聞き返され少し悩む私の横でフレデリカが少しほほえみました。


「お母さんは24だよ。・・・そう言えばヘレンとは10歳差になるのか・・・」

「え!?」


若いと思っていましたがここまでとは・・・少し事実を受け入れるのに時間を要してしまったのは貴族だったものとして少し恥ずかしいと思ってしまいました。


 それからフレデリカに家を案内されました。驚いたのは水道で蛇口というものを捻れば直ぐに水が出てきてなおかつありえないほど綺麗でした。ミーシャルさん曰く、フレデリカが全て設計して作ったそうです。


「少し埃っぽいかもしれないけど今日はこの部屋を使って。あと、お風呂入れたから入ってきてね。・・・このあと客が来るからね」

「はい。・・・遠回しにでも言ってこない辺り、本当に貴女は優しいんですね。」

「そうかな?」

「ええ。貴族たちに比べるととても。・・・何故私を助けたのか、本当の理由を伺っても?」

「はは、バレちゃってたか。きれいな宝石眼だからってのはもちろんあるよ。でもね・・・」


フレデリカはポケットに入れていた蝋燭とマッチを取り出し、火をつけた蝋燭を左目に近づけました。

数分後、私がハッと気づいた時には彼女の左目の瞳孔が紅色に変わっていました。


「こうゆうこと、私だって、同じだからね。貴女のその目と。貴女がキャッツアイの宝石眼、そして私はベキリーブルーの宝石眼。変わらないもの」

「いえ、違うところはあります。なんで貴女は異端と受け入れてるのですか?」

「異端だと思ってないからかな。別にそんなの気にするのは貴族だけだもの。貴女はもう私達の家族なんだから、自分が異端だと思わなくて良いんだよ。」


本当に・・・貴女は素晴らしい方です。私なんかよりももっと、ずっと・・・


「すべてを奪いたいくらいに・・・」

「なんか言った?」

「いえ!何も!」


――――――


お読み頂きありがとうございます。2話連続での別視点になります。まあ、次の話もヘレン視点になりますが。

第九曲より2日後の出来事となります。その間にあったことは・・・

特にありません☆

・・・一応あるとすれば酒場の演奏仲間全員がフレデリカの家に集まることになったくらい。それの当日の話ですね。

いやあ、皆さん、フレデリカのマッスル設定、忘れてませんでしたか?私は忘れてました(笑)

腕とか腹とか除いて基本的にインナーマッスルですからね。フレデリカは。上玉だと思ってとかづいたら瞬殺されます。

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