第七曲 楽器が奏でた恋情
「私は正直、レグルスくんにはそこまで大きな感情を抱いていません。演奏を楽しめる掛け替えのない友人。それが精々の限度です。」
「そうか・・・つい最近くらいだな。あいつが帰ってきた時にいつにも増して楽しそうだったんだ。聞いたらお前の名が出てきたな。」
「あーなるほど。・・・お互いお酒入れてるのに言いたいことが出てこないですね。たかが平民です。さっさと本音を吐いて私に決断委ねてくださいよ」
「されど平民を忘れてないか?少なくとも貴族学院の高等部を出てる生徒以上くらいの頭はあるぞお前は」
そりゃどうも、こちとら27年+11年生きてるんですよ。なんて言えない。ちなみの高校時代は中の中。ど真ん中も良いところだった。定期テストで平均±3点の誤差までしか取ったこと無いため逆に実力があるのではと疑われたこともあった。
まあ、そんなこと話す必要もないのであははと少し微笑んでおく。
「・・・本題・・・か。・・・正直、私はレグルスの嫁は誰でも良いと思っている。お前だろうがあの男爵令嬢だろうがな。でもレグルスからしたら親に嫁を決められることほどの苦痛はないだろう。」
「なるほど?つまりレグルスくんに婚約者を選ばせるから、自分に来たときはレグルスくんに嫁いでくれと?」
「ああ。概ねその解釈で良い。」
「・・・では、その場合の条件を出しましょう。」
おそらく、れーくんは私に好意を持っている。多分誰もがこう言う。そして少なからず私も恋情的な意味でれーくんを見ている節がある。しかし私たちは未成年。気持ちが変わることなんてざらにある。だからこそ。あとで私達がお互いに不幸になることを避けるために。
「レグくんが私を選んだ場合に限る話ではありますが・・・」
「何だ?」
「正規の婚約を私とレグくんが成人するまで保留にすることです。それまでにレグくんの気持ちが変わるなら婚約は破棄とします。それが条件です。」
「・・・頭がピンクな貴族令嬢には絶対出てこない言葉だな。自身の利益ではなく、相手の感情を優先するなど・・・」
「演奏仲間は1人でも多いほうが楽しいものですよ。ええ。」
そう、私はレグくんの感情を優先して考えたわけではない。日和ったのだ。ただ、演奏仲間を減らしたくない。その自己中心的な考えから日和っただけの回答だとはどうしても言うことは出来なかった。
「さて、これ以上呑んでいたら両者とも顔の紅潮が隠せないでしょう?話も一段落済みましたしそろそろ皆さんを中に入れてレグくんに判決を下してもらいましょう?」
「ああ。そうするか」
またもやエボロスさんの指示一つで・・・正直恐怖すら感じてしまう。外に出ていたメンツが中に入ってきた。最後はれーくんとレーナ男爵令嬢が同時に入ってきた。明らかにれーくんの顔が引き攣っているのは触れないでおこう。
全員が黙る。平民には到底耐えれないような重圧が酒場に渦巻く中、エボロスさんが静かに口を開いた。
「レグルス、私はお前に婚約を薦めた。しかし、私はお前の考えを優先したいと思う。婚約相手は自分で決めろ」
「父上、それは・・・」
「平民か、男爵令嬢か、お前の婚約相手だ。お前が決めてくれ。恨み残りはなしだ」
「・・・・・・」
れーくんは静かだった。自身の感情を取るか、それとも家の面目を優先するか。エボロスさんはれーくんに何も言っていない。れーくんの葛藤を見るため、れーくんの本当の気持ちが知りたいがため。
「・・・僕は・・・」
静かに、演奏仲間たちが演奏準備をした。私にも、レーナ男爵令嬢にも見えない位置で手に持ったボンバルドを強く握ったのが彼らには見えた。マインツさんがやれやれと言った表情でアコーディオンを用意しているのは大げさすぎた。私にも何が起きているかがよく分かるぐらいに。お母さんもフルートを持ち、演奏準備が整った中で、口を開いたのはれーくんでも、エボロスさんでもレーナ男爵令嬢でも無かった。
「ボンバルドとフィドル。本当は主役にならない2つを、この恋情曲の主役にしたい。そう思ったのは君だよ?れーくん。本当に、この楽器に同じ主旋律を預ける覚悟はあるの?」
「・・・・はあっ」
何も言わずに息を吸い込み、即座に構えたボンバルドに息を吹き込んだ。寸分違わずに後ろの楽器たちが音色を奏でる。
・・・おかしいと思ってしまった私が居た。私は別にれーくんに恋していたわけじゃない。なのに、彼の第一音で妙に安堵してしまった自分が居たのだ。しかし、彼が気持ちを伝えてくれたのに私が何もしないわけにはいかない。おいていたフィドルを手に取りれーくんと背中合わせに立って構えた。それに合わせて私に主旋律を振ってきた。間が生まれないように私はつなぎを入れ、主旋律を組み立てながら弾いていく。振っては振られを繰り返しながら私達の恋情曲を紡いでいく。別に今までの演奏がそうだったとは言わないが、この音楽がとても幸せに感じた。
演奏が終わり、束の間の静寂が酒場を包み込んだ。
「お前がそう選ぶのなら、私は文句は言わない。出来る限りバックアップはしてやろう。」
「・・・ありがとうございます。父上。全力でフレデリカさんを幸せにしたいと思いますのでバックアップはよろしくおねがいします」
いやあ~、ニヤニヤ笑いながら男爵家の人達に視線を送るエボロスさん。正直、この人達に自慢の息子は遣りたくなかったのだろうね。
一方、男爵家の方は今まで以上に顔を真っ赤にしていた。
「いい加減にしてよ!なんで私じゃなくて平民の女なのよ!」
怒気の孕んだ声が響く。場を静かにするのには十分だった。
「・・・恨み残しはなし。そうエボロスさんはおっしゃいましたよね?だったら今更れーくんの選択にとやかく言う権利は私にも貴女にもありませんよね?今更そのいい加減が通るなら・・・」
「と、通るなら?」
「・・・・貴女はどれだけ自己中なんですか?リーゼン男爵家ってレーゼンベルト公爵家の傘下でしたよね?同じ傘下のバイエルン子爵家とは本当に裏表みたいになっていますが、ええ。」
「っ・・・!」
「先程も言いましたよね?そんなのだから商家の次男坊に年上の娘を嫁がせないといけないくらい経済難になるんですよ」
正直、恋情曲の余韻に浸っていた私を邪魔した罪は重い。私からすれば想い人とハグしてる時に無理やり引き剥がされて「この人は私のもの!」と言われたようなものだった。
「正直言わせてください。・・・お前らみたいな男爵家潰れろよ」
「このっ!!」
後になっては流石に言い過ぎたと思うことも平気でポンポンと投げつける。流石に男爵令嬢の堪忍袋の尾が切れるのも分かっていた。
「フレデリカ、流石に言いすぎよ。選ばれたことを喜ぶのは分かるけど、流石に言葉を選びなさい。」
「・・・・・・ふぅ。ごめんお母さん。確かに言い過ぎた。レーナ様も、ごめんなさい。」
「え・・・、うん。」
私の態度の変わり様に困惑したのは男爵家の連中だけではなかった。
「今日はお帰り頂いても宜しいでしょうか?これ以上ここにいるのはそちらにとっても毒でしょう?」
「そ、そうですわね。フレデリカさん?これで勝ったとは思わないで頂きたいですわ。またいつか会いましょう。」
いや、勝ったとも思わないし・・・なんて思っても言わないでおく。帰ってゆく男爵家の連中を少し微笑んで送り出した。
――――――
恋愛物ではありません。
お読み頂きありがとうございます。
さてさて、第七曲、そろそろ第1楽章が終わるかな?いえ、まだ折り返しですらありませんよ?
今日は何の話をしましょう?あ、この世界の貴族社会について詳しく話しましょうか。この世界の貴族・・・と言ってもフレデリカの住んでいる王国に限りますが、最高位に当たる王族を除いては上から公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵、そしてその下に平民です。公爵家には5家があり、そのうち独立自治をしているヴィッカース家を除いた、現在宰相家のレーゼンベルト家、産業担当のシャンパーニュ家、軍務担当のカレリア家、外交・法律担当のウィズネル家を4公爵と言われその傘下として侯爵家以下がそれぞれ入っています。まあ、平民であるフレデリカには一切関係ない話ですが・・・一応次の話から少し関わってきますからね。一応触れておきます。ちなみにマインツの家であるバイエルン子爵家は過去の功績により伯爵とほぼ同程度の権利があります。他公爵傘下と勢力均衡のため、爵位上げは行っていません。
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