第一楽章 平民音楽家

第一曲 名持ちの平民とフィドル

フレデリカ・レイラン 11歳

彼女は一人、まだ薄暗い室内で考えていた。

隣にはいつもと違うフレデリカに少し違和感を持った母、ミーシャルが座っていた。


「私は・・・誰だ?」


そこまで呟いてふと我に返る。横には本気で顔をしかめた母がいた。


「えっと・・・お母さん・・・」

「どうしたの?今日あなたおかしいわよ?ベッド破壊するような子でもなかったし」

「ごめんなさい。・・・ちょっと整理が追いついてなくて」


実際、前世、神崎和葉の記憶と今世、フレデリカ・レイランとしての記憶の照合、確認は済んでいる。その間約5秒。フレデリカの情報処理スピードは神崎和葉と比べ物にならない。そんなことが神崎和葉とフレデリカ・レイランが融合してできた新たなフレデリカ・レイランが最初に実感したことだった。

現在、フレデリカは別の事を考えている。それは13歳しか違わない母、ミーシャルへどう説明するかということだった。フレデリカと違いミ―シャルは名字を持たない普通の平民であるにもかかわらず、その洞察力と観察眼、知識に対する貪欲さは貴族や王族と比べても一線を画すものがある。


「ほら、話してみなさい?何があったの?」

「はい・・・あの、お母さんは・・・」

「お母さんは?」

「・・・・・私がいきなり違う人だって言ったら・・・信じますか?」

「どういうこと?」

「あ、すいません。これくらいしか例えが・・・」


心配そうにしながらも優しく頭を撫でてくれるミーシャル。フレデリカはミ―シャルにだけは話しておくことにした。


「実は・・・前世の記憶が入ってきたんです。」

「前世の記憶?先祖返りみたいな?」

「近いですが・・・少し違うとも言えます。私は、この世界にフレデリカ・レイランとして生を受ける前、別の世界で生活していたんです。その時の記憶が戻って来てしまって・・・」

「なるほどね。だから?」

「だから?」


フレデリカはその一言に困惑する。


「あなたが今一番恐れていることは、フレデリカの中身が変わってしまったことで私に勘当されないかってことでしょ?」

「はい・・・」

「だったら問題ないわ。何があろうともあなたはフレデリカだもの。たかが一人の故人の記憶が入り込んで融合したとしてもあなたが私の愛するフレデリカに変わりはないもの。」

「お母さん・・・」


無意識の内、フレデリカはミーシャルの胸に顔を埋めていた。


「さ、まずはあなたの持っている情報と私の持っている情報、すべて共有しましょうか・・・。」

「はい、お母さん。」


◎☆♤♡◇♧□■


さて、もう一度私の情報を整理しよう。

フレデリカ・レイラン 11歳

神崎万葉が融合する前は自主的に外に出ることはあまりなく、家で母の教育を受けていた。性格はどちらかと言うと大人しめ、常に無表情。敬語で話すことが多い。平民なのになぜか名字を持っている。そして膨大な魔力を内側に溜め込んでいる。目立つ特徴はこんな感じだった。

そしてもう一人

神崎万葉 27歳

それなりに名のあるピアニスト、作曲家、弦楽器奏者。音楽に関しては天才的。しかし私生活がゴキブリ以下。料理スキル、掃除スキルはあっても使わない主義のクズ野郎。喧嘩になったら口調は荒いが基本的には柔らかいタメ口。

こんなところである。・・・私が思ったことはひとつ。それはお母さんも思っていた様だ。


「「生活習慣はきっちりしておこう・・・」」


うん。いくら専門的に突出してもさすがに生活習慣はちゃんとすることが目標だ。


 そしてここからはお母さんとの情報照合。

まず、お母さんの情報

ミーシャル 24歳

普通の平民と同じで名字を持たない。私の主観的には聡明で洞察力が高い。本人は普通だと言っている。

13の時に私を生んでいる辺りで父親が相当クズだと思ってしまうのは神崎万葉からの記憶のせいだろう。


「13で子供生ませたのに育児すらしない父親って・・・」

「フレデリカ?前世はどれくらいに子供って生むものだったの?」

「基本的に成人が20なのでそれ以上が多いです。私の前世・・・神崎万葉は母は38、父は41の時だったそうで・・・」

「そうなのね・・・で、次はこの世界についてなんだけど・・・」


この世界は・・・まあ、基本的には想像するような異世界である。

15世紀位の中世ヨーロッパ風の世界。魔法時々スキル。魔物はいても魔王は居ない。どちらかと言うと平和な世界。ただし貴族がうるさいし王族の専制。

あれ?平民って立場なくね?・・・ま、お母さん美人だし、いっか!

このときの私におい!と突っ込みたくなるのはまたいつかの私であった・・・


「さてっと!そろそろ朝にしましょう。フレデリカ、あなたは顔を洗ってきなさい。その間に作っておくわ。」

「はーい」


前世の記憶戻りで混乱していたこともあったが緊張が解けて敬語がタメ口になった。軽く返事をして洗面所へ向かう。

 ちなみに水は井戸水で井戸から直接持ってきているみたい。手押しポンプで上げてるみたいだけどすごく重い。


「改善の余地あり・・・か。しっかし私って・・・」


鏡に映った私に言葉を奪われる。サラサラとした長い銀髪。顔は童顔であるもののブルーガーネットのような青い落ち着きのある瞳がうまく調和し幼さの中にどこかおしとやかさを醸している。美少女・・・それが本当にしっくり来るような見た目である。


「フレデリカ~?ご飯出来たわよ~?」

「あ、はーい。今行く~」


お母さんの声が聞こえ、あわてて顔を洗い、リビングへと向かうのだった。



 朝食を終え、私はリビングで水道の設計をしていた。と言っても庭の端にある水車小屋を利用してさっきの手押しポンプを自動的に動かし、水を汲み上げて流すというシンプル構造だ。大工やってた前世の親父の設計図をもとに・・・と言っても記憶にはほぼないので上手く作動するかはわからないが・・・


「あら、どうしたのフレデリカ?製図?」

「うん。せっかく前世の記憶があるから水道でも作ろうかと考たから・・・なに持ってるの?お母さん。」


お母さんが持ってきたのは笛と弦楽器を一つづつ。

というかどう見たってウッド・フルートとフィドルヴァイオリンだった。


「この笛は私よく吹いてたんだけど・・・弦楽器には弱くてねえ・・・あなたの前世は弦楽器弾いてたんでしょ?いけるんじゃない?」

「りょーかい。ちょっと調弦するから貸して?」

「はいはい」


手渡されたフィドルを弓の締め具合から調節する。松脂を塗って滑りをある程度調節する。


「こんなもんかな・・・で・・・A線を438hzでいいよね。」


太い方から数えて3番目、A線に弓を置き、軽く弾いてみる。この線は通常イタリア音階でラに合わせるわけだけど長年使ってなかったみたいで出てきた音はソ♭ソフラット。だいぶ低い。・・・いやそれ以上に


「音綺麗すぎない!?」


本気でそう叫びたくなるくらいに音が良い。前世で一度触らせてもらったストラディバリウス数千万〜20億円と同じ音が出る。コノヒト!とんでもないもの出してきたよ!と内心驚いたが顔には出さず、そのままA線の調弦を進める。A線が終わったら、一つ低いD線と合わせ、それも終わったらまた一つ低いG線と合わせる。最後に一番高いE線の調弦をする。ちなみに前世ではE線の調弦をミスって演奏前に5回ほど弦を切っている。細いのが悪い!なんて言った日には世界中のヴァイオリニストから怒りの日が飛んでくるだろう・・・


「調弦終わったよ。・・・で、何するの?」

「もちろん、即興で弾くわよ。」


溜息をつきながらも構えてるあたり、やっぱり私は音楽家なのかもしれない・・・


「じゃあ、いくよ。1…2…123!」


掛け声の後すぐにお母さんの即興メロディーが入ってくる。音楽自体はケルト系な感じである。私もそれに合わせて即興で伴奏を組み立ててゆく。ハ長調でテンポがそれなりにゆっくりなのである程度適当に弾いても演奏がきれいに聞こえる不思議。


(次、チェンジ行くわよ。)

(りょうかい。)


無言のアイコンタクトの後、私がメロディーを組み立ててゆく。わざと転調を挟んで変イ長調に持っていくイタズラを仕掛けた。・・・が、ちゃんとお母さんも修正してくる。一進一退の攻防を繰り返し、終わる頃には完全に演奏バトルになっていた。


「・・・ふう。天才の次も天才してたわね。ちゃんと」

「20年以上の積立。負けるはずないよ!」

「そうね。・・・ところで知ってる?」

「何をですか?」

「あなた、いま「」を纏ってるわよ?」


そう言われてやっと、私は自分の周りに浮いている音符の存在に気がつくのだった。


―――――――

お読み頂き有難うございます。

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 少し雑談を・・・

今回、ヴァイオリンの調弦に438hzと少し低めのバロック様式を使わせていただきましだが、普段は442や440の協奏曲の音程を使うことが多いです。

ヴァイオリンは高い弦からE線えーせんA線あーせんD線でーせんG線げーせんと呼び、それぞれ何も押さえない状態で弾くとミ、ラ、レ、ソの音が出ます。A線を元として調弦し、E線とA線、A線とD線、D線とG線がそれぞれ5度5音階になるように調弦します。なので一つ低い弦を指4本分押さえたときその弦の音と一致します。例を上げるとするなら、A線とD線ではD線が指4本押さえたとき、何も押さえないレの音から指4本分音が上がったラの音になりA線の何も押さえないのと同じ音になります。

・・・っと今回はこれくらいにしておきましょう。

ちなみに私は初心者の頃にE線を三本切ってます。

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