第2話 父はいないものと思え
時は、その日の朝まで遡る。
一家の兄たる少年は、その日もいそいそと朝の家事を熟していた。
そこへ早々と起きてきた父。彼は、息子の用意した朝食を食べながら、こう宣った。
「今日から一人増えるから」
朝一それだけ告げた一家の大黒柱は、朝食を終えるや否や、無責任にも長期出張へと出かけて行った。捨て台詞は「半年後に会おう」だった。少なくとも6ヶ月は帰らないらしい。
それを見送ったこの家の長男は、妹たちの朝食を作りかけのまま放置して、仏間へと移動する。
「母さん」
仏壇の前で正座し、手を合わせる。
父たるあの男の言うそれは、家族が増えるという宣言に他ならない。これで都合5度目。うち2人は既にこの家を離れ、それぞれ新しい生活に臨んでいた。今はこの少年と義理の妹に居候の少女が2人で4人暮らしだ。
ちなみに、ホイホイと子どもを拾ってくる父は、長男の中で家族に含まれていない。何せ、ほぼほぼ仕事で家にいないからだ。
たまに見かける人格破綻者。その程度の認識だった。
そんな頻繁に長期出張に出かける分際で、なぜこうも見境なく余所様の子を預かってくるのか。
理解できない少年が、遺影の義母に向かって一言告げた。
「あいつ、早く呪い殺してくれよ」
苦労人の長男は、非常に口が悪かった。
◆
「というわけで、奴はいねぇ。即ち俺がルールだ」
「何がどういうわけでそうなるの?」
「口答えか?いい度胸だなテメェ妹の分際で」
「私、年上だよぉ…」
リビングで洗濯物を干す少年は、その横で風呂上りのストレッチをする私を鋭く睨みつけていた。
「クソ親父の無責任をカバーするのは長男の責務だ」
「面倒見がいいんだね」
「上から目線か?何様だテメェ妹の分際で」
「その物言いやめてよぉ…」
私の苦言を一切無視した少年は、次いでしわしわになった洗濯物の山から白い物を手に取った。それのシワを丁寧に伸ばしている。
それが何かを理解した瞬間、私の顔が真っ赤になった。
「いやーーーーーーー!!!やめてそれ私のパンツ!!!」
涙目で飛びつき彼の手にあったそれをひったくる。
それが、大変にまずかったらしい。
「お”い」
「ぴっっっ!!!」
ドスの効いた低い声とともに、彼がゆらりと立ち上がる。
「 死にてぇらしいな小娘 」
殺気すら孕む視線。物理的な圧力すら伴うそれが、余すところなく私に叩きつけられた。
「これだけは勘弁してぇ!!!!!」
「ふざけるな!!!返せごらぁ!!!!!」
「こっちのセリフだよぉ!!!!」
パンツをもって逃げ回る私を、信じられない機敏さで追い回す彼。しかし私も負けてはいない。バレーボールという競技でフロアディフェンスを得意とする私は、機敏さに関してだけなら決して負けていないのだ。
ただし。
「俺の家事の邪魔をするんじゃねぇぇぇえええええええ!!!!!」
「いやぁぁぁぁあああああ!!!!!」
彼のプレッシャーに飲まれなければの話だった。
ガタガタ震える足は容易くもつれる。
7秒後。私のパンツは取り上げられた。
責任ある長男は、居候の先輩を妹扱いする 岡崎市の担当T @okazaki-T
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