責任ある長男は、居候の先輩を妹扱いする

岡崎市の担当T

第1話 後輩男子が兄になる

「いいか?来たばかりのお前に、この家のルールを教えてやる」


 そう言って、高校では後輩である筈の少年が、キッチンから鋭い目を向けた。


「一つ。俺の家事に手ぇ出すな」


 そう言いながら、少年はフローリングに尻餅をついて後ずさる私へにじり寄ってくる。


「二つ。俺がここの長男だ」


 壁に追い詰められガタガタと震える私の前で、ヤンキーのようにしゃがみ込む。


「そして三つ」


 一拍溜めた彼は、私の顎を手に取り、理不尽に尽きる一言を告げた。




「兄を邪魔する妹に、ここで生きる資格は無ぇ」




 2、3人殺してそうな目つきだった。素で怖い。学校での優等生然とした面影が欠片もない。


 それでも私は年上だ。納得できない言い分に噛みつく資格はあるはずなのだ。

 故に、勇気を総動員してカタカタと震える口を、どうにか開いた。


「…私っ、と、年上っ…」

「生きる資格は無ぇっ!!!」

「はいぃぃぃぃ!!!」


 残念ながら、今の私は居候。

 家主のご子息に逆らう権利はなかったらしい。


 そんな、今にも泣き出しそうな私の頭を、唐突に彼が掴んだ。


「ぴっっっ!!!」


 珍妙な悲鳴を上げる私の顔を見下しながら、頬をヒクつかせる彼が先ほどの私の行動を問い詰める。


「…なんで俺の洗い物に割って入った?」

「お、お世話になるわけだし…、て、手伝おうかと……」

「何様だてめぇ妹の分際で!!!!」

「理不尽すぎるよぉ!!!!」


 あんまりな物言いに、思わず本音がポロリ。

 その惨状を見かねたのか、リビングから様子を伺っていた彼の妹達が、苦笑しながら声をかけてくれた。


「おにいちゃーん、お風呂入れなくていいのー?」

沙耶さやさんも部活後ですよね。汗かいてるなら早く入りたいのではないでしょうか」

「オフロ、ワタシモ、ハイリターン…」

「言われずとも入れるわボケどもがぁ!!!」


 そう言って、夕方まで後輩だったはずの新たな兄、姫杜ひめもり君は、ズカズカとLDKを出ていった。



「………やっていける気がしない…」



 もともと新しい生活に不安を抱いていたというのに、初日からこの仕打ち。

 仄かにカッコイイなと思っていた相手だったせいで、嬉し恥ずかしと余計に緊張していたのだが。


「…ぐすっ…、誰よあれぇ……」


 ぐずりだした私に、3人の少女が寄ってきた。

 妹として先輩にあたる中学生の叶望かなみちゃん、小学生の兎羽とわちゃん、そして保育園児のステファニーちゃん。

 代わる代わる私の頭を撫でながら、屈託のない、満面の笑顔を向けてくれた。


「覚えといて沙耶ちゃん」

「この家でお兄さんは」

「カミサマデース」

「そんな"お客様は神様です"みたいに…っ!」


 可愛らしい顔と裏腹に、セリフはなかなか理不尽だった。

 


「気にしなくていいよ。お兄ちゃん、家事の邪魔しなければ大人しいから」

「…だからってあんなに怒る?」


 成績優秀で、面倒見が良くて、人当たりの良い、出来た後輩。

 微かな想いを寄せていた彼は、内弁慶も甚だしい暴君でした。




「湧くまでテメェ等やるべきことやってこい!」

「「「はーい」」」


 風呂の準備を済ませたのか、姫杜君がリビングに戻ってきた。通りがけにかけられた声に、3人の妹たちは笑顔のまま速やかに動き始め、姫杜君本人は洗い物へと戻っていった。


「や、やるべきことって…」

「叶望は勉強、兎羽は吹奏楽、ステフは日本語の練習だ」


 唯一部屋に残った彼が、洗い物の手を止めず答えた。


「お前もだ。いつまでボケっとしてやがる」

「え??」

「やりたいことがあるから、親元離れてこんな家に転がり込んできたんだろうが」


 唐突に向けられた彼の顔は、もう怒ってはいなかった。

 確かに、私はバレーボールがやりたいから、今のチームで全国に行くと誓ったから、海外に行く両親についていかず残る道を選んだのだ。

 それを知った父の友人が、預かると名乗り出てくれて、今ここにいる。



「ここにいる限り生活に不自由はさせねぇから、やりたいことに集中しろぃ」



 そう言って微かに笑った少年の顔が、何故かまぶたに焼き付いて離れなかった。

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