第3話 ト書きのルールと不文律『丸裸で書く』
※一部、スマホの画面横向け推奨
■ト書きの定義
ト書きとは……
1〇カバかもんの部屋(夜)
2 カバかもん(1)がパソコンのキーを叩いている。
3カバかもん「この部分はト書きに書いちゃいけないな」
4 と慌てて一列削除する。
↑
2行目と4行目がト書きである。
4行目が最も分かりやすい。『~と……』から始まっている。
ト書きは元々、歌舞伎が由来である。
歌舞伎の脚本に、役者の動きや演出を、『~ト』で始まる形であるから、『ト書き』と呼ばれるようになった。
『~と』で始まる必要はない。2行目のように書く場合も多い。
ともかくト書きとは、『舞台装置とセリフ以外のもの、役者の動きや演出を書くためのもの』である。
■ト書きのルール
ト書きには守るべき規定がある。
A:〇柱の後にはト書きが続く。
B:初出の人物はセリフの前に、ト書きにてフルネームと年齢を書く。
C:現在形で書く。
D:原稿用紙に書く場合、文頭を3マス分空ける。
ひとつずつ見ていこう。
A:〇柱の後にはト書きが続く
シナリオは映像作品のためにある。
場所を設定したら、まず何が映るか書かなくては、何も映すことが出来ない。
ト書きの役割は、役者の動きや演出を指定すること。
だから〇柱の後には必ずト書きでなければならない。
稀に例外がある。それは、何も映さないままナレーション等で役者のセリフを先行させることなどの、特殊な演出のとき。
それはまた別の機会に述べることにする。
B:初出の人物はセリフの前に、ト書きにてフルネームと年齢を書く。
シナリオは映像作品のためにある。
役者はカメラに映ってからセリフを述べるのが普通である。
その役者が誰なのか、性別は男なのか女なのか、年齢はいくつなのか……映像を見れば見当はつく。
しかしシナリオが作られている段階ではまだ映像は存在しない。
シナリオを読む人にも、文字の段階で役者のイメージが伝わるようにしなくてはならない。
もし初出の人物に情報が足りなくても正確なイメージは伝わるだろうか?
例: 蒲山が部屋に入ってくる。
この時点で『蒲山』は男か女か、何歳か分かるはずもない。
正しいト書きの書き方をすれば……
例: 蒲山アンナ(26)が部屋に入ってくる。
『蒲山』が女性で、26歳の成人女性だというのが分かる。
シナリオはあくまでも役者とスタッフへの指示書である。
観客に役者のフルネームや年齢を知らせたくなくても、シナリオ本文にはきちんと盛り込むべきである。
C:現在形で書く。
シナリオは映像作品のためにある。
カメラが映せるものは過去でも未来でもなく、現在の状態である。
ト書きは役者の動きや演出を書く。
だからト書きは、現在起こっている事柄を書くべきである。
そして例えそのルールを捻じ曲げて、過去形や未来形で書いても、何のメリットもない。
現在進行形は可能である。
D:原稿用紙に書く場合、文頭を3マス分空ける。
〇柱もセリフも、1マスも空けずに書き出してもよい。
セリフが一行に収まらなければ、次の行に1マス分空けて書く。
ト書きは3マス分空けて書く。
なぜ2マスではないのかというと、きっとパッと見た時に分かりやすいからだろう。
■ト書きの不文律『丸裸で書く』
これまでの事項は、必ず守らなくてはならないルールである。
これらのルールを守らずに脚本のコンクールに応募したなら、読まれもせず落選なってもおかしくはない。
それ以外にも明確なルール違反とはいえないが、守るべき事柄がある。
以下の通りである。
い:ストーリーの進行の上で不要な描写を入れない。
ろ:無駄な修飾語等は省く。
なぜ上記のものを守らねばならないのか、それを解説する前に、この描写を小説風に書き表したものをご覧いただきたい。
例:(小説形式)
カバかもんは久々にゲームを楽しんでいた。普段は夜間も馬車馬のように働かざるを得ないライターであった彼だが、この日ばかりは夜に休息を儲け、積みゲーを消化しつつ胃に流し込む酒を旨そうに煽っていた。
しかし、そのうちに落ち着きを失って、おもむろにノートパソコンを開くとカクヨムのための記事を書き出した。身体や脳が休ませてくれと訴えていても、魂が書けと命じているような衝動に駆られて、彼は虚ろな表情をしつつも、勝手に動く指に任せて文章を綴っていた。
「ちっ……この部分はト書きに書いちゃいけないんだよ」
苛立たし気にバックスペースキーを押し込む。ゲームをしている方が楽しいはずなのに、なぜイライラしつつも作文を行うのか。真相は彼自身も分かっていない。
……となる。前述のシナリオ版と比べると、明らかに異なる。
例:(シナリオ形式)
1〇カバかもんの部屋(夜)
2 カバかもん(1)がパソコンのキーを叩いている。
3カバかもん「この部分はト書きに書いちゃいけないな」
4 と慌てて一列削除する。
シナリオ版の方がシンプルだ。
なぜこのような違いが現れるのか?
それは、『丸裸で書く』というト書きの鉄則を守ったからである。
シナリオは小説とは違う。
小説はそれ自体が商品で、完結している。
シナリオはあくまでも作品を構成する部品。スタッフへの指示書である。
指示書は簡潔に書くのが鉄則である。
なので作品を作るうえで、絶対に盛り込んでほしいもの以外は書かない。
それを踏まえると……
『い:ストーリーの進行の上で不要な描写を入れない』
私はなぜ上記の例文を綴ろうと思ったのか。
それはト書きの書き方を具体的にイメージしてもらうためである。
そのために〇柱、セリフ、ト書きを盛り込んだ、理解しやすいシンプルなシナリオを書くことを心掛けた。
例え私の脳裏に浮かぶ光景に何があろうと、伝えなければならない以上の物を書くのは、はっきりいって蛇足である。
『ト書きをどのように書くか例文を見せる』という目的において、私の事情はおろか、ゲームを中断していようと、酒をかっ喰らっていようと、めんどくさそうにしていようと、何もかもが要らない。
現にこれらの情報を省いても、必要なことは読み手に伝わっている。
もしこれらの情報を削ってはならないとしたら、それが後々の展開に重要な情報となる場合(伏線)である。
『ろ:無駄な修飾語等は省く』
も同様である。
例え私が赤い顔をしていようと、パソコンのテンキーがパカパカ浮いていてイライラしていようと、話の進行の都合上、何の用もなさない。
だから省いてしまっても構わない。
逆説的に、あの例文からこれ以上何かを省いたとしたら、何も伝わらなくなってしまう。
このようにシナリオを書く際は、『ストーリーの進行で必要のないもの、無駄な飾りつけは極力省く』ということが不文律となっている。
シナリオはスタッフへの指示書であるから、妙な誤解を生むような仕上がりでは困るからだ。
例えばカメラマンが、私の中断したゲームが今後の展開に重要なのではないかと思ってそのゲーム画面を映してもらったとしても、使いようがないのである。
だからシナリオはシンプルに書く必要がある。
小説は違う。
小説の場合は、その文体に作家性が現れる。
文体そのものが味になる。
だから小説家は、他の作家の本などをたくさん読み、自分自身の文体を身につけていく。
シナリオライターには、オリジナルな表現を必要としない。
誰が読んでも変わりない印象を受ける、平滑な分を書く必要がある。
それが『丸裸で書く』という極意である。
その極意の難しいところは、文章を書くとき、推敲するとき、見直すとき、いつ何時も、『何を書いて、何を省くか』十分に吟味する癖が、骨身に染みつけていなくてはならないということである。
以上、次回をお楽しみに。
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