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加藤三佐と巧也を乗せた機体が、ゆっくりと上昇しながら機首を百里基地に向けた、その時だった。
警告音が、ポツリ、ポツリとヘッドフォンから聞こえ始める。今日のフライトでは初めて聞くが、これも巧也には聞き覚えのある音だった。DFのプレイ中に何度も聞いているそれは、間違いなくRWR(
RWRは敵戦闘機から放出されたレーダー電波を機体各部に備わったアンテナで受信し、電波の方向と強さを測定してパイロットに警告を与える。その警告音が聞こえるということは、今彼らが乗っている機体に対し別の機体がレーダー波を浴びせかけている、という事実を意味する。
とは言え、警告音の間隔が1秒ほどなのでロックオンされているわけではないようだ。しかし、この空域で彼らが演習を行うことは事前に国土交通省に通達してある。民間であれ自衛隊であれ、この空域に他の航空機が入り込んでくることは、そもそもありえないはず。
「グローリー01、バイキング01」
加藤三佐が神保一尉を呼び出す。心なしか緊張しているような声。
『バイキング01、やっぱそっちにも
無線から、神保一尉の応答。彼は今、巧也たちの機体の4時の方向2キロメートルほど離れた上空で、巧也たちと同じ針路に向かっていた。
「ああ、030 からな。サム、お前なんか聞いてる?」
『
「いや、それは俺がやるよ」
加藤三佐は無線のチャンネルを切り替え、タワーを呼び出す。
「百里タワー、バイキング01、
ややあって、女性の声でタワーからの応答が返った。
『
「ちょっと待て。こっちは丸腰で、しかもお客さん乗せてんだぞ。それなのに要撃やらせんのか?」
加藤三佐がそう言うと、しばらくしてから応答が返る。
『
そこでいきなり百里タワーとの通信が切れたが、再開したときには相手が変わっていた。巧也もよく知っている声だった。
『カーシーさん、町田です。中島君の意思を最優先して下さい。彼が不安がってるようならすぐに
「了解」そこで加藤三佐は通信を一旦切り、後席を振り返る。
「タク、どうする? いきなりスクランブルみたいな感じになっちまったけど、このままアンノウンの確認に付き合うか? まあ、仮想敵国の機体だったとしても、いきなり撃ってくることは無いと思うけどな」
「ええ、お付き合いします。そういうの、ぼくもすごく興味ありますから」巧也は即答する。
「……わかった。だが、今から君が目にするのは演習じゃない。
優しそうな加藤三佐にしては、険しい口調だった。
「了解です、カーシーさん」巧也も思わず顔を引き締める。
「ようし」加藤三佐が送信スイッチを入れる。「町田二尉、タクの
『……わかりました、カーシーさん。くれぐれも無理はなさらないで下さい。お二人のご無事の帰還をお待ちしています』
そこで通信は切れた。
「それじゃ、アンノウンの
『了解です』と、神保一尉。『
巧也たちの右後方上空にいた神保一尉のF-2が、
「しかし、
加藤三佐が言いかけた、その時。
『
神保一尉の緊迫した大声が、ヘッドフォンから巧也の耳を貫く。
「!」
『
神保一尉の掛け声と共に加藤三佐は操縦桿を一気に引く。衝突コースに入った場合は互いに左にターンするのが空のルールだった。
Gが巧也の体にのし掛かる。と、すぐに加藤三佐が操縦桿を右に切り返し、機体は右に傾いた。巧也の「真上」200メートルほど離れて、ちょうど不明機が左旋回しながら通過していくところだった。見覚えのない真っ黒な機体。外形のデザインはステルスを意識しているようだ。それはそのまま凄まじい速さで彼らの後方へ飛び去っていく。
「ふーっ」
巧也の耳元で空気が抜けるような音が聞こえる。加藤三佐の安堵のため息だった。三佐は続ける。
「助かったな。もうこれで大丈夫だ。タク、怖かったか?」
「は、はぁ……」
言われてみればかなり心臓がドキドキしていたのも確かだが、巧也は思ったより恐怖心を感じていなかった。加藤三佐が落ち着き払っていたからかもしれない。だけど、これで本当に危機は去ったのだろうか。彼にはそう思えなかった。
「カーシーさん、ほんとに大丈夫なんですか?」
「ああ。あのスピードで互いにすれ違ったらもうそれっきりだ。ヤツがこっちと戦うつもりなら旋回するはずだが、そうはせずに真っすぐ飛んでったからな。だったらもう、これで終わりだ」
「でも……スクランブルなら、追いかけてちゃんと領空の外に出たことを確認しなきゃならないんじゃ……」
「良く知ってるな」加藤三佐が苦笑する。「確かにその通りだが……こっちが針路を反転したとしても、その時点でヤツはもう目視できないくらい離れてる。ステルス機みたいだからレーダーでも捉えられない。というわけで、追いかけるのは無理だ」
「……」
「ま、あのコースであの速度なら、あと数分でヤツはそのまま領空を出ると思うぜ。だけど……北海道では時々あることらしいが、この辺までステルスのアンノウンが来たのは、初めてじゃないかな」
「ってことは……今のがぼくらが戦う相手、ってことですか?」
「ああ……そうかもしれない」
なぜか加藤三佐の応答は歯切れが悪かった。
『バイキング01、グローリー01』
それまで無線でタワーに今まで起こったことを報告していた神保一尉が、加藤三佐に呼びかけてきた。
「グローリー01、なんだ?」三佐が応える。
『
「
加藤三佐はゆっくりと左旋回し、機首を基地へと向けた。
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