7

「ふう……」


 搭乗はしごを下りた巧也は、駐機場エプロンのコンクリート地面をしっかりと踏みしめた。


「中島君、大丈夫だった?」


 声の方に振り向くと、そこには心配そうな顔の町田二尉が立っていた。


「あ、町田さん。ええ、大丈夫です」巧也が笑みを作ってみせると、二尉も笑顔になる。


「そっか。頑張ったね。カーシーさんもサムさんも驚いてたよ。あんな非常事態だったのに君があまりにも平然としてたからさ」


「ええ……でも……」巧也は目を伏せる。彼の心には、E空域からの帰り際に加藤三佐と交わした会話が、湿気しけ海苔のりのように張り付いていた。


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「タク、ほんと無事でよかったな。俺はあのまま戦闘になったらどうしようか、と思ってたんだ。ぶっちゃけ、君を守り抜ける自信、無かったからさ」


 それは巧也にとっては衝撃的な告白だった。


「え、そんな……ぼく、カーシーさんがとても落ち着いていたから……大丈夫だって言ってくれてたから、安心してたんですけど……」


「まあ、十中八九戦闘にはならないとは思ってたけどな。だけど、今はもう俺は戦闘のプロじゃないからな。空中戦になったら、逃げ切れるかどうかは微妙だ」


「いや、でもサムさんと戦って勝ってましたよね?」


「ああ、あの演習ではサムはかなり手を抜いてたと思うよ。俺は80パーセントくらいの力で戦ったつもりだけどね」


「……え?」


「あいつが本気出したら、たぶん俺は勝てない。なんたってあいつは実戦部隊でトップを争う腕前なんだからな。たとえ向こうがF-2でこっちがF-15っていうハンデがあったとしても、だ」


「でも……カーシーさんもテストパイロットとしては超一流なんですよね?」


「テストパイロットとしては、な。戦闘機乗りとしては二流、いや、三流さ」


「ええっ!」


 巧也は彼の言葉が信じられなかった。あんなにすごい操縦ができる人なのに……


「テストパイロットと戦闘機パイロットは、要求されるものが違うんだよ。確かに俺も最初は戦闘機パイロットだったけど、自分にはあまり向いてないって感じてた。飛行機を操縦するのは好きだけど、戦うのは好きじゃなかったしな。だけど、突発的なアクシデントにも柔軟に対応できるスキル、っていうのは優れてたみたいで、それが評価されてテストパイロットになったんだ。俺はそれで満足してる。テストパイロットは色んな飛行機に乗れるから楽しいぞ。君らはF-23Jに乗るんだろ?」


「は、はい」


「あの機体も、俺がテストしたんだぜ」


「ええっ! そうなんですか」


「ああ。あれは凄い機体だ。F-15とはパワーが段違い。アフターバーナー使わなくても音速飛行できるし機動性も高い。そのくせ操縦がめちゃくちゃ楽なんだ。あれならほとんど訓練しなくても、一通り乗りこなせるだろうな。最新のAI技術のなせる技だ。ただ……戦闘はAIに任せるわけにはいかない」


「……」


「いいかいタク、くれぐれも、今日の演習が実戦と同じなんて思わない方がいい。それに……君だってさっき見ただろう? 君らはたぶんあれと似たような機体と戦うことになる。F-23Jと同様に超音速で軽々と巡行できるような機体と、だぞ」


「……」


 先ほどの未確認機の凄まじいスピードを思い出して、巧也は背筋にゾクリとするものを感じる。加藤三佐はさらに続けた。


「まあ、入隊する前ならまだやめるのも簡単だが、千歳に行った後だと難しくなるからな。やめたいと思ってるなら今だぞ。でも……」


 そこで三佐の口調が優しくなる。


「俺は、君は戦闘機パイロットに向いてると思う。そして、君らくらいの年代のパイロットじゃないと、F-23Jの真の実力は発揮できないとも思うからな。だから、できればやめてほしくはないんだ。ただ……こればかりは君の気持ちが一番大事だからな。無理強いはできない。やるか、やらないか、最終的な答えはよく考えてからにした方がいいぞ」


「……はい」


 巧也は素直にうなずいた。


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「そう……カーシーさんがそんなこと言ってたの……」


 町田二尉が腕組みしながら、深くうなずく。


「はい」


 応えながら、ふと巧也は、女の人が腕組みすると胸の大きさがより強調されるんだな、などと不謹慎なことを思ってしまう。


「それで、君自身はどう思ったの? やっぱり怖かった? とてもあんなヤツとは戦えない、って思った?」


「……」


 うつむいたままなかなか応えない巧也を見て、町田二尉は優しく微笑む。


「どうしても怖かったら、やめてもいいのよ?」


 だが、巧也はきっぱりと顔を上げる。


「最初、相手の機体を見たときはそれほど怖くなかったんです。カーシーさんの操縦には安心感があったし、この人に任せておけば大丈夫だって思えたんで……だけど、後からだんだん怖くなってきて……でも……」


「でも……なに?」


「あの時カーシーさんも怖かったんだ、って気づいたんです。それなのにあの人は自分の任務から逃げようとはしませんでした。すごいな、って思いました。ぼくもそういう人になりたいな、って……だから、ぼくはやめません」


 それが巧也の出した答えだった。みるみる町田二尉が満面の笑顔になる。


「ありがとう。そう言ってもらえると私もとても嬉しい。それにね、怖いって感じるのは悪いことじゃないわ。むしろ、戦場では怖いと感じられない人間の方が危ないの。だから君は、きっといいパイロットになれると思う。来月からJスコの一員に……なってくれる?」


「……はい」


 巧也は力強くうなずいた。


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