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いつの間にか彼らの機体は洋上に出ていた。巧也が下をのぞき込むと、遥か彼方の海面がキラキラと日光を反射している。
「ここはね」と、加藤三佐。「
「何がですか?」
「君のテストだよ。わりとガチ目な感じでいくからな。覚悟するんだぞ」
「!」
巧也の眉が引き締まる。いよいよテストが始まるのだ。と言っても巧也自身が何かをするわけではない。
彼はこれから、1対1の模擬空中戦を体験するのである。
『バイキング01、グローリー01』
無線通信。”グローリー01”とは、今回の模擬空戦の相手、百里基地 第3飛行隊所属の”サム”こと
「グローリー01、
『準備OKです。今から行きますよ』
「了解。お手柔らかに頼むぜ」
『そいつは、どうですかねぇ』
神保一尉がそう言った瞬間だった。
突然、何かが巧也の右真横を前から後ろへと凄まじい速さで駆け抜ける。風圧で機体がガクンと大きく揺れる。彼が振り返ると、真っ白な
「始まったぞ!」
言うが早いか加藤三佐は機体を左に九十度傾け、旋回を開始する。ズン、とのしかかる激しいGに巧也の体は押しつぶされそうになる。互いが互いの後ろを取り合う、いわゆるドッグファイトの始まりである。
G表示は4.2。巧也の腹と太ももがギュウギュウに締め付けられる。耐Gスーツが作動したのだ。そのせいか、血が下がっていく感覚が弱くなったように思える。やはり効果があるんだ。彼はこの装備の威力を身にしみて感じる。
しかし……
頭が重すぎて上がらない。ずっと下を向いたままで首を動かすこともできない。入間基地で体験した、耐Gスーツなしの7Gに比べれば全然大したことはないが、あれは一瞬だったし首を動かす必要もなかった。耐Gスーツがあったとしてもこれだけ連続で4Gがかかり続けると、かなりつらい。巧也はブリーフィングの時に見た加藤三佐や神保一尉の首が、やけに太かったのを思い出す。このGに耐えて首を動かすとなると、やはりそれだけの筋肉が必要なのだろう。
「ようし。サムの後ろについたぞ。やっぱり向こうは単発エンジンだから推力じゃ
加藤三佐の声があまりにも平然としていたので、巧也は驚く、というより、呆れる。
”この人にとってはこんなGも、なんてことないんだろうか……”
だが彼はすぐに思い直し、自らに言い聞かせる。まだぼくは何の訓練もしていないんだ。訓練を積んでこの人以上にGに強くならないと、新型機はきっと乗りこなせない。がんばらなくちゃ。
左旋回していた神保一尉のF-2が、いきなり右旋回に変わった。だが、加藤三佐はその機動にピタリとついていく。さらにF-2が左旋回へ。加藤三佐も同じように左旋回する。
巧也の周りで空と海がグルグルと何度も入れ替わる。目が回りそうだった。だが、まだ大丈夫だ。荒い呼吸を続けながら、巧也は目の前で機動を繰り広げるF-2をひたすらにらみつけていた。
と、いきなり彼の視界からF-2が消える。
「!」
巧也は左右と上を見渡すが、どこにもF-2の姿はない。
「なるほど、そうきたか」
そう言うと加藤三佐はクルリと機体を裏返す。
「あ……」
巧也の「真上」に、遠ざかっていくF-2の姿があった。
F-2は、先ほどまでの彼の死角である「真下」に急旋回で飛び込んだのだ。しかしそれは、落下速度以上の速さで下に向かうことを意味する。F-2は今、海面に向かって急降下していた。
「追いかけるぞ」
言うが早いか加藤三佐が操縦桿を引く。巧也の目の前に青い海が降ってきた。彼は今、猛スピードでそこに向かって真っ逆さまに落ちているのだ。
これはスプリットSという機動。アルファベットのSの字の下半分のような軌跡を描くためそう呼ばれる。巧也もDFでは何度かしたことがあるが、実際に体験するのは初めてだった。
正直、恐ろしい。このまま海面に突っ込んだら、即死してしまう。
「怖いかい?」
落ち着き払った、加藤三佐の声。
「い……いえ」
強がってみせた巧也の本心を見抜いたのか、三佐は苦笑する。
「大丈夫だよ。デッキ高度(演習時の最低高度)の一万フィート以下にはならないからね」
「はぁ」
「それよりも、スプリットSの終わりの引き起こしは、地球の重力と遠心力がプラスされてかなりGが強くなる。これはゲームじゃ味わえないからな。覚悟しろよ」
「はい……」
そう巧也が応えたときには、既にGが強くなり始めていた。そしてその変化が急激に加速する。G表示の数値が跳ね上がり、6Gを越える。
だが、それも一瞬だった。すぐに体が軽くなる。引き起こしが終わったのだ。
いきなり、ヘッドフォンにジャアアアア……という不思議な音が聞こえ始める。しかしその音に巧也は聞き覚えがあった。
「あ、これは……」
「そう。サイドワインダーのオーラルトーンだ」と、加藤三佐。
AIM-9 サイドワインダーは、相手のエンジンが発する赤外線に向かっていくタイプの空対空ミサイル。その弾頭のセンサーがキャッチした赤外線の強さを表すのが、このオーラルトーンという音なのだ。
「ゲームとほとんど同じですね」
「そうだな。これだけトーンが強ければロックオンできた、ってもんだろう」
そこで加藤三佐は、無線の送信スイッチを入れる。
「カーシー、
それだけだった。模擬空戦では実際にミサイルや機関砲を撃ったりはしない。ロックオンした方が勝ちなのだ。加えて、今F-15DJに積まれているのは本物のミサイルではなく、弾頭だけの
ほどなくして、神保一尉の応答が返る。
『サム、ノック・イット・オフ』
「ふぅ……」加藤三佐が大きくため息をつく。「というわけで、今回はこっちの勝ち。タク、どうだった? 気持ち悪くなってないか?」
「ええ……大丈夫です」
そうは言ったものの、巧也は本当は吐き気を感じていた。だけど我慢できないほどでもない。とりあえず、勝負がついたということはこれで終わりなのだろう。というか、そうであってほしい。彼は心の中で祈る。
「そうか……さすがだな。ま、少し手加減はしたとは言え、今のはかなり実戦に近い機動だったんだぞ。普通の人間なら吐くか、下手すりゃ気絶してもおかしくない。君には戦闘機パイロットの適性はあると思うよ」
「え、それじゃ……」
「ああ。一応、合格だな」
「……やった!」
吐き気も忘れて、巧也はガッツポーズする。
「さて、それじゃ
「はい!」
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