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その時だった。
『エリー、フォックス・ツー』
絵里香の赤外線ホーミングミサイル発射のコール。
「え、エリー……?」
あっけにとられた巧也の視界の中で、白煙を上げたミサイルが真下から敵機に迫る。しかし敵機は
「……」
巧也はぼう然とその様子を見つめるだけだった。絵里香にしてはやや詰めが甘い攻撃だ、と彼は思う。これまでの戦いやシミュレーションの中で、彼女のミサイル発射のタイミングとコースは絶妙だった。とても真似出来ない、と巧也はいつも感心していたのだ。それなのに、これはどうしたことだろう。
しかも、もう武器は何も残されていないのに、絵里香はそのまま敵を追いかけ続けている。どういうつもりなのか。巧也には全く理解出来なかった。
ところが。
『さて、そろそろかな』そう言って、ようやく絵里香が敵から離脱する。
そして。
『3……2……1……ゼロ』
絵里香のカウントダウンが終わった瞬間。
はるか遠くの敵機が、いきなり真っ赤な火の玉に包まれた。それはそのまま黒い煙の塊に変わる。
「え……何が起こったの?」と、巧也。
『最初から二段構えの攻撃なのよ』得意そうに絵里香が言う。『
「……!」
信じられない。そんなことが本当に出来るものなのか。巧也は絵里香のミサイルをコントロールする能力に、完全に舌を巻いていた。
「すごいな……さすがはエリーだ」
『どういたしまして。というより、私らはチームなんだから、君一人で戦おうとしないで、任せるところは任せて欲しい』
「……」
巧也はため息をつく。今のエリーは、ぼくよりもリーダーにふさわしいかもしれない。彼女は成長したみたいだ。だけど、ぼくは怒りに我を忘れて、一人で戦ってしまった。
『それに』絵里香は続けた。『私だって、シノを撃墜したヤツを生かして帰すつもりはないから』
「あ……」その言葉に巧也は、絵理香の誤解に気づく。「違うんだ、エリー。ノブは撃墜されたわけじゃない……ノブは……ぼくをかばって……敵に体当たりを……」
『ええっ!』絵里香が絶句した、その時。
『エリー、ビンゴ・フューエル。基地に帰るギリギリの燃料です』絵里香のアイの声が、無線を通じて巧也の耳にも入る。
「ジョーの機体の残り燃料は?」巧也の問いかけに、彼のアイは即答した。
「ほぼ同じです。このままでは三機とも、あと二〇分で墜落してしまいます」
「分かった」巧也は無線のスイッチを入れる。「エリー、ジョー、君らは
『何言ってんのよ!』絵里香だった。『君の機体だって、強制的にアイにコントロール握られてRTBしてるじゃない』
「いいんだ。今から
『バカ言わないで! 脱出には無事に済まないリスクもあるのよ? これ以上F-23Jのパイロットを失ったらどうなるの? 今はこれが唯一敵に通用する機体なのよ?』
「……」絵里香の正論に、巧也は何も言えなくなってしまう。
『ね、タク、落ち着いて考えてよ。一旦基地に戻って燃料を補給して、みんなでまたここに飛んで来て探せばいいじゃない。救難物資も積んでさ。それを投下したら、脱出したシノの助けになるじゃないの……』
「……わかった」巧也がポツリと言う。「スカルボ01フライト、RTB」
三機は基地へと機首を向けた。
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「え……そんな、もう飛べないんですか?」
千歳基地のエプロンで、巧也は彼の機体の機付長、丸山二曹を睨み付ける。三十代の女性整備士。いつもならこの人の笑顔を見ると、ああ、地上に帰ってきたと安心出来た。だけど、今の彼女の顔は暗く沈んでいた。
「ごめんなさい……もう燃料がないのよ。ここんとこ出撃が多かったし、海路が止まってるから燃料が運べないの。とりあえず今、鉄道で内地から運べるだけ運んでるんだけど……少なくとも今日はもう、無理ね……」
「……」言葉を失った巧也は、下を向いてしまう。その両脇に、機体を降りた絵里香と譲が並んだ。
「一機だけでも飛べないんですか?」と、絵里香。
「それも無理ね。飛べたとしても、一機だけでは危険すぎる。それはあなたたちが一番分かっていることでしょう?」
「……」丸山二曹にそう言われてしまうと、絵里香も黙らざるを得なかった。
「それじゃ私、仕事があるから。みんな、気を落とさないでね」
そう言って、丸山二曹は
「ダメだったわ」彼らの前で足を止めた町田二尉は、力なく首を横に振る。「シノの救命ビーコンは、検出出来なかった」
「!」
それは、しのぶが少なくとも今まで救命ビーコンのスイッチを入れていないことを意味する。意識がないか、あるいはそもそも脱出できなかったか……
「うそ……うそでしょう? 町田二尉」巧也は二尉に詰め寄るが、
「こんなこと……冗談で言えるわけないじゃない……」そう言って彼女はうつむいた。
「……」
頭が真っ白、というのはまさにこのことだった。何も考えられない。言葉を失った巧也は、ただぼう然と突っ立っていた。
「そんな……シノが……?」絵里香の両目から涙があふれる。
「シノ……」譲もこぶしで涙をぬぐう。
二人が嗚咽するのを聞きながら、巧也はぼんやりと考えていた。
”……どうして、ぼくは泣いていないんだ? シノがこんなことになって、とても辛いのに……悲しいのに……どうして……”
「タク……君は泣かないのね」町田二尉だった。悲し気に巧也を見つめている。「ううん、泣けないのね。分かるわ。あまりに悲しみが強いとね、人はかえって泣けないものよ。でも……それはとても辛いことだわ。タク、泣きたくなったら思い切り泣きなさい」
町田二尉は優しく微笑む。
「……」
無言で、巧也はうなずいた。
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