12
翌朝、○八○○時。
曇り空の下、
巧也は出撃前の
宇治原三佐は、やけにあっさりと四人の申し出を受け入れた。
彼自身が F-23J を操縦したことで、自分では巧也たち以上のパフォーマンスをこの機体に発揮させることができないと痛感したらしい。本当ならば彼も出撃したかったのだが、彼が乗っていた機体は被弾していて、修理しなければ飛ぶことは出来なかった。
”君たちだけが頼りだ。頼む……カーシーを探し出してやってくれ……そして、この基地を、日本を……守って欲しい……”
そう言って、宇治原三佐は四人に向かって深く頭を下げた。その姿が巧也の目に焼き付いて離れない。
APUマスタースイッチ、オン。エンジン始動プロセス、開始。システムが起動する。エンジンコントロール、動翼、全て異常なし。地上要員が
「タクさん、今日も頑張っていきましょうね」
久々の、アイの声。
「ああ、アイ、頑張ろうな」
言いながら、巧也は無線のスイッチを入れた。
「スカルボ01フライト、
『ツー』『スリー』『フォー』
しのぶが、絵里香が、そして譲が矢継ぎ早に応える。
「オーライ。スカルボ01
巧也はスロットルをゆっくりと開いていく。
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羊蹄山上空、八千メートル。上空は晴れているが、雲が低く垂れ込めていてこの高さから地上は見えない。
スカルボ01フライトの四機は、それぞれが2キロほど斜めに離れたコンバット・スプレッド編隊を組んでいた。この形に並べば、互いに互いの死角を監視することができる。
レーダー警報が鳴り始めた。
やはり来たか。巧也はため息をつく。まずは敵を片付けないと、おちおちカーシーさんを探していられない。
「アイ、敵がどこか分かる?」
「はい。
「うそ……」
巧也はがく然とする。敵はこちらの2倍の数なのだ。
アイの報告通り、HMDの視界の中にTDボックスが8つ現れる。彼らと同じように敵もかなり広い範囲に散開していた。その中の二つのボックスに、ロックオンを表す菱形が重なる。
敵もステルスなのだろうが、彼らには通用しなかった。F-23Jはデータリンクによって複数の機体のレーダーを連動させ、一つの大きなレーダーとして扱うことが出来る。さらに、データリンクを基地とも接続することで、基地の地上レーダーとも連携することが可能なのだ。
ステルス機は決してレーダー電波を反射させないわけではない。電波が来た方向に反射させずに様々な方向に分散させてしまうだけなのだ。だからより広い範囲でレーダー波を受信出来るようにすれば、ステルスをロックオンすることも可能になる。これはF-23Jの飛行隊でないと出来ないことだった。
巧也は無線のスイッチを入れる。
「全機、AAM-4全弾発射」
『ツー』『スリー』『フォー』各機の応答を聞きながら、巧也はトリガーを二回引く。
「タク、フォックス・ワン、フォックス・ワン」
巧也に続き絵里香が、しのぶが、譲が次々にコールして空対空ミサイルAAM-4を2発ずつ
濃紺の空を切り裂くように、8発のミサイルが白煙を上げて彼方に吸い込まれていく。これで何機撃墜できるか。おそらく1機でも撃墜できればいい方だろう。それが巧也の予想だった。
そして、おそらく敵もすでに自分たちと同じように長距離ミサイルを発射していることだろう。巧也は無線でしのぶに指示を出す。
「ノブ、ジャミングコントロール、任せるよ」
『了解』”ノブ”モードのしのぶが巧也に応える。
小隊全機のECMユニットを、しのぶがアイを通じてコントロールする。彼女の得意技、クロスアイ・ジャミング。敵のレーダーに対して、本当の位置から少しズレた場所に自分たちがいるように見せかけるテクニックだ。そして、敵のミサイルは見事にそれに欺かれ、次々に何もない空域をむなしく突き抜けていく。
やがて彼らの目にも敵の機影が見えてきた。だが、その数が6つに減っている。2機が彼らのミサイルで撃墜されたのだ。
「よっしゃ!」心の中でガッツポーズを決めた巧也は、無線の送信スイッチを入れる。
「二手に分かれよう。エリーとジョーは左の三機。ぼくとノブは右だ。いいかい?」
『ツー』『スリー』『フォー』三人の応答が小気味よく続く。
「OK、スカルボ01フライト、
巧也の声と共に小隊は二機ずつ左右に分かれ、はるか彼方の敵へと機首を向けた。
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「ようし、今だ、ノブ!」
操縦桿を引きながら、巧也が叫ぶ。
「ノブ、フォックス・ツー」
しのぶの機体からAAM-5が一発リリースされる。だが、
「またダメだったか……」
巧也は落胆を覚える。
交戦して分かったのだが、敵の無人戦闘機はまさしく巧也があの最終試験の時に出会った不明機だった。機体のデザインは微妙に違うが驚くほどタイプSと性能が近く、町田二尉の予測の正確さに巧也はすっかり感服していた。
しかし、これまでのタイプSとの戦いは、敵味方の数の差がほとんどない状態で行われている。その場合は勝つことが出来たが、敵に数で優位に立たれるとかなり厳しい。撃墜されないようにするだけで精一杯だった。
それでも絵里香と譲のペアがさらに1機撃墜したのだが、その後は彼らも手をこまねいている。巧也としのぶのペアはまだ1機も撃墜していなかった。そうなると、数的には3対2で彼らが不利な立場だ。
そして、彼らは武器もほとんど使い果たしていた。しのぶの機体にはもはや武器は何も残されていない。巧也の機体に残っている武器も、機関砲の残弾が100発、それだけだった。
さらに、彼らは敵には存在しない弱点を抱えていた。
疲労。
激しいGに耐えながら続ける空中戦は、著しくパイロットの体力を消耗するのだ。当然注意力も散漫になる。
「タク、心拍数、呼吸数が上がっています。大丈夫ですか?」アイだった。
「ああ……」
それ以上は応えられなかった。汗が目に入って沁みる。口の中がカラカラだ。だが負けるわけにはいかない。巧也は歯を食いしばり、目前の敵機を睨み付ける。彼の機体にミサイルは残されていない。機関砲を使うなら十分接近しなくてはならない。
ふと、敵機の旋回が緩くなった。チャンスだ。巧也は操縦桿を引いて敵機をHMDの射撃レンジに収める。
だが、疲れていた彼は重要なことを忘れていた。
攻撃の瞬間こそが、最も
「タク!!」
しのぶの声に振り返った巧也は、もう一機の敵が彼の真後ろで、彼を撃墜出来る絶好の位置についているのに気づき、がく然とする。
「!」
"やられた。今ぼくの前にいる敵は、おとりだ。まんまと引っかかってしまったな"
急激に速くなった巧也の思考が、わずか0.1秒に満たない間にそう結論づける。もはや
だが、次の瞬間。
真上から降ってきた何かが、彼の真後ろの敵機を直撃した。機体を真っ二つにされた敵機は一瞬で赤い火の玉に変わる。
「え……?」
何が起きたのか、巧也には理解出来なかった。しかし、
「スカルボ02、リンクロスト! 応答がありません!」
アイの声に、彼は鳥肌が立つのを感じる。
”ま、まさか……”
操縦桿を左に倒し、機体を傾ける。下をのぞきこんだ巧也が目にしたものは、黒い煙を吐きながら墜落していく、しのぶの機体だった。
「ノ、ノブ――!!」
巧也は絶叫する。
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