7
「どうしました、中島君?」オペレータだった。
「マスク、外すんですか?」
「ええ。実際に低酸素状態を体験してもらわないといけないですから。ただ、なんか体がおかしいな、と思ったらすぐにマスクをつけてくださいね」
「……分かりました」
「それじゃ、今からカウントダウンしますから、ゼロになったらマスクを外して下さい。3,2,1,ゼロ」
覚悟を決めて、巧也はヘルメットの金具からマスクを外してみる。かなり薄い空気のはずだが、普通に呼吸できているように感じる。息苦しさは全然なかった。
しかし。
「う……」
思った通りだった。かなりオナラの臭いがする。周りを見ると、他のパイロットたちも顔をしかめている。自分たちの体から出たものだというのに。
「では、今から計算問題を出しますので、答えを紙に書いて下さい。体に何か異常が感じられたらすぐに手を挙げてくださいね」とオペレータが言うと、その場の全員がクリップボードを取り出して膝の上に置く。
「第一問。5引く3は?」
こんな調子で、オペレータは小学生レベルの引き算の問題を出し続けた。こんなの楽勝だ、と巧也は思っていたのだが……
なんだか頭が回らなくなってきた。さらに、心なしか体がポカポカしてきたようだ。
その時。
「……以上です。直ちにマスクを付けて下さい。どうですか。体が熱くなってきたような感じ、ありませんか?」と、オペレータ。
「……!」
巧也はギクリとする。まさにその通りだった。
「はい。なんか、ポカポカします」
「それはハイポキシア……低酸素症の症状の一つです。と言ってもハイポキシアは自覚症状がほとんどなく、いきなり意識を失います。今のその感覚が、数少ないハイポキシアの症状ですから、良く覚えておいて下さい」
「わかりました」
「では、これで試験は終了です。今から気圧を通常に戻します。お疲れ様でした」
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控室に戻って絵里香の隣のパイプ椅子に座ると、彼女は少し顔をしかめたようだった。
「あ、ごめん……やっぱ、
恥ずかし気に巧也が言うと、絵里香は苦笑してみせた。
「うーん……ちょっとだけね。でも、慣れたら気にならないレベルだよ」
「そ、そう……」
一応、フォローしてくれたみたいだけど……それでも絵里香に臭い思いをさせてしまったのは間違いない。巧也は落ち込む。
「中島君、クリップボード渡してもらえる?」町田二尉だった。
「あ、はい」
クリップボードを受け取ってそれを眺めた町田二尉が、いきなり吹き出す。
「中島君、11引く4は?」
「ええと……7ですか?」
「そうね。でも、君、ここになんて書いたか覚えてる?」
「ええっ?」
「ほら、見てごらんなさい」
「……あ」
町田二尉が差し出したクリップボードには、彼の筆跡で「11-4=6」と書かれていた。
「あ、あれぇ?」
「大丈夫よ」なぐさめるように、町田二尉。「みんなそうなるんだから。空気が薄いと酸素も少ないから、思考能力がかなり落ちるの。覚えておいてね」
「はい……」
とは言え、小学校レベルの引き算を間違えてしまった巧也は、さらに落ち込んでしまうのだった。
訓練室の換気と消臭が終わった、という連絡が入る。絵里香の名前が呼ばれた。
「さ、今度は私の番ね」
椅子から絵里香が立ち上がった。
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