3
続いて、絵里香の番だ。座席を降りて歩き出した巧也が少しふらつくと、
「タク、大丈夫?」
と、彼に代わって座席についた絵里香が声をかける。
「あ、ああ……ありがとう。大丈夫だよ」
本当はあまり大丈夫ではなかった。だが、女の子の手前、へばった姿を見せるわけにはいかない。巧也は振り向いて笑顔を作り、手を振ってみせる。
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"結構表情が分かるものなんだな……"
現在の加速度は、5G。モニター画面の中の絵里香の顔が、辛そうに歪んでいる。管制室でその様子を見ていた巧也は、自分の時もこんな感じだったのだろうか、と思う。
「どう、グレイアウトした?」と、オペレータ。さっきの訓練の時、声の感じで若い人なのかと巧也は思ったのだが、こうして実際に顔を見ると40代くらいのおっさんだった。
「……」絵里香は応えない。
「川崎さーん。大丈夫?」オペレータが繰り返す。
「よく……みえません……」
ようやく絵里香が応えるが、それはほとんど呟きに等しかった。
「なるほど。これは7GやったらGロック(失神)しちゃうかな」オペレータが町田二尉を振り返る。
「そうですね。6Gでいいと思います」と、町田二尉。
「了解」オペレータがマイクのスイッチを入れる。「それじゃ、一瞬6G行くね」
その言葉と共に、ゴンドラの回転音が高くなった。それはすぐに元に戻り、さらに低くなっていく。
「ブラックアウトした?」と、オペレータ。
「……はい」
相変わらず、絵里香は呟きしか発することが出来ないようだった。
「OK。それじゃ、これで終りね。ご苦労さま」オペレータがレバーを戻すと、ゴンドラの回転速度がみるみる落ちていった。
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「どう、少しは回復してきた?」
管制室。町田二尉が、パイプ椅子に浅く腰掛けてグッタリしている絵里香に向かって言う。絵里香の右側、少し離れて同じように巧也もパイプ椅子に座っていた。
「はい……だいぶ、良くなってきました……」
彼女の言葉通り、試験を終えて戻ってきたときの顔色に比べたら、かなり良くなっているように巧也は感じる。さすがに彼女も6Gはかなり堪えたようだった。
「……けど」心配そうな顔で、絵里香が町田二尉を見上げながら続ける。「私、7Gクリア出来ませんでしたけど……不合格ですか?」
「まさかぁ」町田二尉がニッコリする。「あなた、耐Gスーツも着けてないし、訓練も何もしてないじゃない。それであれだけ耐えられたら十分よ。ほら、現役のパイロットたちは、呼吸法からして違うでしょ?」
言いながら、町田二尉はモニター画面を指さす。そこには今訓練中のパイロットの顔が映し出されていた。2~3秒の間隔を空けて、激しく呼吸している。
「あれはね、L-1呼吸法って言うの」と、町田二尉。「腹筋を使って呼吸するのよ。試験に全部合格したら君らも習うことになるわ。とりあえず、耐G試験は二人とも合格よ」
「……よかった」絵里香はため息をつく。が、すぐに巧也を横目で見つめる。「でも、私、タクに負けちゃったな。君は7Gまで耐えられたんだよね」
「そ、そんな……たまたまだよ。体調もあると思うし、これからの訓練次第で、また変わってくるんじゃ……」
そう言って頭を掻きながら、気まずそうに巧也は笑みを作る。そんな彼を見て、絵里香も再び小さくため息をつきながら表情を緩めた。
「ありがと。優しいのね」
「え……」巧也は自分の頬が熱くなるのを感じる。絵里香の言葉は素直に嬉しかった。だが……不幸なことに、その裏側に潜む皮肉めいたニュアンスに気づけるほど、彼は大人ではなかった。
「はーい! 注目!」元気よくそう言って、町田二尉が手を叩いた。「もうお昼だから、ご飯食べに行きましょう」
「はい」二人は同時に立ち上がる。
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