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 入間基地、航空医学実験隊。ここには日本で唯一の、耐G訓練のための遠心力発生装置と、高高度で気圧が低い状態を再現する低圧訓練装置がある。巧也と絵里香は、まず遠心力発生装置の訓練ドームに案内された。


 遠心力発生装置は、半径6メートルほどの円形のドームの中にあった。円の中心から半径に沿って、角柱を横に寝かせたようなアームが伸びていて、そのアームの先端には、左右に自由に傾くゴンドラがあった。ゴンドラの中は戦闘機の操縦席とほぼ同じものがあって、目の前のスクリーンに、実際に空を飛んでいて同じだけのGがかかっている状態の飛行機から見える景色が投影されるようになっている。


 今日は二人以外にも何人か現役のパイロットが訓練することになっているが、搭乗の順番は二人が最初になるように優先された。絵里香とのジャンケンで勝った巧也は、自分が最初に乗ることにした。


 マイク付きのヘルメットをかぶり、早速乗り込む。ケーブルを接続し、ベルトを締める。


「聞こえますか?」


 管制室にいるオペレータの人の声が、ヘルメットのヘッドフォンから聞こえてきた。


「聞こえます」巧也は応える。


「今からテストを始めます。気持ち悪くなったら遠慮なく言ってくださいね。君の様子はこちらからはカメラで見えてますから」


「分かりました」


「それじゃ、今からテストを開始します。始動警報」


 サイレンが1秒ほど鳴り、続いてゴンドラがゆっくりと動き始める。速度が上がるに従い、ゴンドラは右に傾いていった。


「ぐっ……」


 まるで見えない手で頭を押さえつけられているようだ。その力がどんどん強くなっていく。


 ”負けるもんか……”


 見えない力に対抗するように、巧也は全身に力を込める。


 2Gから3Gへ。そして……4G。


「中島君、大丈夫?」


 町田二尉の声だった。


「はい……」


 弱々しい声しか出ない。だが、なぜか全身を緊張させていると、ともすれば持っていかれそうになる意識をそのまま保っていられるような気がする。


「それじゃ、5Gいきます」


 オペレータの声と共に、さらに体にかかる加速度が増した。だが、まだ耐えられる。がんばれ、ここが踏ん張りどころだ。巧也は自分に言い聞かせる。


「6Gです」


 ……。


 目の前が暗くなってきた。いや、視界から色が消えた。


 これが、グレイアウト、っていうヤツなのか……そうなったら報告しろ、って言ってたな。巧也は必死で声を出そうとする。が、呟きにしかならなかった。


「グレイ……アウト……」


「グレイアウトね」


 オペレータが応えると、巧也の体にかかるGが少しだけ弱まった。視界に色が戻る。


「どう、大丈夫?」と、オペレータ。


「はい……」


 相変わらず巧也は弱々しい声しか出せない。


「それじゃここから、一瞬7Gをかけるよ」


 ”えーっ!”


 オペレータの言葉に、心の中で巧也は叫ぶ。これで終わりじゃなかったのか……


 と、いきなりGが強くなった。巧也の視界が暗闇に落ちる。そのまま意識が薄れそうになった時、Gが緩み目の前にスクリーンの景色が戻った。


「どう、ブラックアウトした?」オペレータが言う。


「はい……」

 

「OK。じゃ、これで終わり。お疲れさまでした」


 巧也はほっとする。やっと終わった……


 6G……5G……巧也の体を縛り付けていたGが、どんどん弱くなっていく。きついと思っていた4Gや3Gなんか、今にしてみれば全然ラクだった。


「だけど君、すごいね。全然訓練しないでここまで耐えられるなんて……戦闘機乗りの素質あるよ」オペレータが弾んだ声で言う。


「……ありがとうございます」


 それだけを言うのが、巧也にはやっとだった。


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