第2章 適性試験

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 埼玉県、航空自衛隊 入間いるま基地。巧也の住む茨城県土浦市からは、電車で二時間ほどだった。これくらいの距離なら彼も一人で十分行ける。そして彼が予定通り 10:30 に入間市駅に到着すると、玄関前の乗車スペースに自衛隊ナンバーのついた白いバンが停まっていて、その横で町田二尉が大きく手を振っていた。


 しかし。


「あ、あれ……?」


 巧也は当惑する。よく見ると、彼女の隣に一人、明らかに彼女よりは背が高い女性が立っているのだ。と言っても顔は幼く見える。巧也と同い年か少し上くらいだろうか。上半身に黒いノースリーブ、下半身に同じく黒のスキニーデニムがそれぞれピッタリと張り付いて、体の線をあらわにしていた。町田二尉とは比べ物にならないが、その子の胸もそれなりの存在感を放っている。


 少し茶色がかった彼女の髪はバッサリとショートボブにされており、彫りの深い顔立ちは整っていて、見るからに勝気そうな性格がキリっとした表情に現れていた。近くに立つと、巧也よりも少し背が高いのがわかる。女の子は彼をちらりと見ると、無表情のままコクンと会釈した。巧也も慌てて頭を下げる。


「紹介するね。この子も君と同じパイロット候補生で、今日一緒に試験を受ける……」


 言いかけて、町田二尉が女の子を振り返る。


「あ、自己紹介の方がいい?」


「ええ」女の子は落ち着いたアルトの声で続けた。「私は、川崎かわさき 絵里香えりか。横浜から来たの。学年は中二。よろしく」


 言い終わると、女の子……絵里香は、ニッコリと笑ってみせた。


「!」


 ハートに矢が刺さる、というのは、こういうことなのか。巧也は実感する。


 そう。その笑顔を見た瞬間、彼は絵里香に一目惚れしてしまったのだ。しかし、明らかに私服の彼女に比べて、中学の制服を着てきた巧也は後悔を覚える。これじゃ、すっかりダサ男確定じゃないか……


「……ええと、君は?」


 絵里香にそう言われるまで、巧也は自己紹介するのをすっかり忘れていた。


「あ、ご、ごめん! ええと、ぼ、ぼくは、中島、巧也です……茨城県から来ました。ぼくも中二です。よろしくお願いします」


 彼がそう言った瞬間、絵里香の眉がピクリと動く。


「もしかして……君、”タク”なの?」


「!」


 巧也はギクリとする。いきなり見抜かれてしまうとは……


「う、うん」


「そうか……君が、あの……タクか……」


「え、ええと、君は……」


 おそるおそる、巧也が問いかけると、絵里香はニヤリとする。


「ふふん。誰だと思う?」


「うーん……」


 巧也は上位ランカーのTACネームを一通り思い起こすが、その中に「絵里香」とか「川崎」を連想させるようなものはなかった。


「一応、TACネームは”エリー”なんだけどね。でも、もう一つの通り名の方がよく知られてるかな」


「もう一つの、通り名?」


「ええ。”クインビー”、って言うね」


「クインビー!」


 思わず巧也は大声になる。”クインビー”(女王バチ)と言えば、ランキング一ケタ常連の、大物プレイヤーだった。巧也も一対一で戦ったことはないが、チーム戦で敵味方に分かれて戦ったことはある。確かその時は、彼の所属していたチームが負けたはずだった。


「ほほう。どうやら『空』では、二人とも面識があったようね」町田二尉だった。「だけど、今は取りあえず車に乗ってもらえないかしら。あまり長時間ここにいると、他の人たちの迷惑になっちゃうからね」


「あ、すいません」


 巧也と絵里香は慌ててバンの後席に乗り込む。


---


「ああっ、マルヨンだ! ハチロクもある!」


 入間基地に入る手前の屋外展示エリアを通りすぎたとき、巧也は大はしゃぎだった。そこには本物の戦闘機が並んでいたのだ。と言っても、とっくに退役してしまった機体、「ハチロク」ことノースアメリカンF-86Fセイバーと、「マルヨン」ことロッキードF-104Jスターファイターだったが、彼が本物を見るのは初めてだった。


「あら、若いのに、よくそんな古い機体知ってるね」運転席の町田二尉が不思議そうにちらりと巧也を振り返る。


「いや、だってDFの機体ガチャでよく出てくるじゃないですか」


 巧也が口をとがらせて言うと、二尉は大きくうなずいてみせた。


「……あ、そうか。なるほど」


「もう……タクって、小学生みたいね」


「!」


 巧也が振り返ると、そこには絵里香の呆れ顔があった。


「う……ごめん……」


 しまった。ついつい本物の戦闘機を見てテンションが上がりすぎた。彼女に恥ずかしいところを見られてしまった……


 うなだれる巧也に向かって、絵里香が言う。


「ま、気持ちは分かるけどね。私も久しぶりにSabreとStar Fighterの実機見たから」


 ずいぶん流ちょうな英語の発音だった。


「え、久しぶりに……って、前にも見たことあるの?」と、巧也。


「ええ。アメリカのSmithsonian博物館でね」少し得意げに、絵里香。


「ええっ? アメリカに行ったことあるの?」


 驚く巧也に対し、絵里香はさも当然、といった様子で告げる。


「もちろん。お父さんの実家があるから」


「川崎さんのお父さんはね」運転席の町田二尉が、前を向いたまま言う。「アメリカ海軍のパイロットだったの。F/A-18Eスーパーホーネットのね。今は厚木基地で地上勤務してるけど」


「そうなんですか……」


 ということは、この子は日米ハイブリッドなのか。どうりで、顔の彫りが深いし発育もいいし、英語の発音も上手なわけだ。しかも戦闘機パイロットのセンスも父親譲りだから、DFでランカーに入れるくらいの腕前なのもうなずける。巧也はいろいろ納得がいくのだった。


「さ、着いたわよ」


 薄いグリーンの三階建てのビルの前で、町田二尉は車を停めた。


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