8

「父さん、母さん、話があるんだけど」


 その日の21:00過ぎ。妹の沙綾さあやが眠ったのを見計らって、巧也は両親をダイニングに呼び出した。町田二尉の言った通り、彼が声をかけた時点で二人とも話の内容がどういうものかは分かっていたようだ。


「父さんは、お前がやりたいようにすればいい、と思っている」父親の和夫かずおは、腕組みをしたままそう言った。「考えてみれば名誉なことだ。国を守るための重要な仕事に選ばれたんだからな。誰にでもできるということじゃない。お前にしかできないことなら、ぜひやるべきじゃないか、とも思う」


「でも……私は心配だわ」母の陽子ようこだった。「いくら安全には十分配慮していると言っても、飛行機に乗って戦うわけでしょう? 事故が起こることもあるじゃない……いくらお金をもらったとしても、あなたの命には代えられないわ」


「事故の可能性はかなり小さい、って自衛隊の人が言ってたじゃないか」和夫がとりなすように言う。「通学時に交通事故に巻き込まれるよりも低い確率だ、って。だからそれほど心配することもない、と俺は思う。それよりも……巧也の力を必要としてくれている人たちがいるのは間違いない。巧也、お前はどうしたいんだ?」


「……わからない」巧也は首を横に振る。それが今の彼の正直な気持ちだった。


「そうか」和夫が微笑む。「ま、焦る必要はない。結論は夏休みまでに、ってことだから、じっくり考えればいいさ。お前の人生だ。もうそろそろ親の言うなりに生きなくてもいいだろう。お前がどういう選択をしたとしても、父さんと母さんはお前を応援するから」


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「……」


 部屋に戻り自分のベッドに転がって、巧也は考え続ける。


 ”ぼくが……戦闘機パイロットに……?”


 全然実感がなかった。


 だけど……


 パイロットになったら、大空を自由自在に飛び回ることができる。


 DFのような仮想空間の「空」じゃない。本当の、本物の空だ。


 その魅力が、彼を捉えて離さなかった。


 ……そうだ。


 ”ノブ”に聞いてみるか。君のところにもこの話が来たか、って。


 ゲーム機を立ち上げようとして、ふと巧也は思い出す。


 ダメだ。


 これは極秘の話だった。もし”ノブ”に話が来ていなかったら秘密を漏らすことになってしまう。だから彼には聞けない。


 いや、それでも、もし話が来ていたら彼もそれっぽいことを匂わすかもしれない。やっぱり「空」に行ってみよう。


 DFにログインした巧也は、フレンドリストを見て思わず目を疑った。


 「Nob」の文字が、そこから消えていたのだ。


 それはつまり、”ノブ”がDFから退会したことを意味する。


 ”嘘……”


 信じられなかった。何も言わずに”ノブ”がいなくなってしまうなんて……あんなに仲良しだったのに……


 いや、待てよ。巧也は思い直す。


 もしかして、これは”ノブ”のところにもこの話が来た、ということを意味するのではないか。そして彼はそれを受け入れ、準備を始めたのではないか。極秘プロジェクトに参加したらオンラインゲームなんか続けられるはずがない。だから彼はDFからさっさと退会したのでは……

 そして、何も言わずに”ノブ”がいなくなったのは、やはり極秘だから事情を話せなかったからではないか。いや、むしろこの”ノブ”の無言の退会こそが、自分に対する彼のメッセージなのでは……?


 そう考えると、”ノブ”にもこの話が来ている可能性は、とても高い。

 

 ”ノブ”はとても気が合ったパートナーだ。現実でもペアを組んで飛ぶことができれば、心強いことこの上ない。


 ……。


 ようやく巧也は、心を決めた。


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 巧也が電話で町田二尉に話を受け入れることを伝えると、二尉は大喜びしたようだった。そして、学力試験と体力試験の情報を彼に伝えてきた。学力試験は筆記で、彼の学校で放課後に行い、体力試験は最寄りの自衛隊の入隊試験会場で行われる、とのことだった。さっそく彼は学力試験を受けたが、基本的な内容で大して苦労せずに解けるものばかりだった。


 体力試験も、学年の最初に体育館でやるのとほとんど変わらなかった。そして、どちらもすぐに合格通知が郵送で彼の家に届いたのだった。それが入っていた封筒には、最終試験についての案内も含まれていた。それを読んだ瞬間、巧也は鳥肌が立つのを感じた。


 最終試験では、まず耐G訓練装置でG耐性を測り、次に減圧室で低酸素状態に対する耐性を調べ、続いて……実際にパイロットが操縦する戦闘機に同乗して戦闘飛行を体験する、というのである。


 本物の戦闘機に乗れる!


 それは巧也にとって、心おどらずにはいられないことだった。ひょっとしたら最終試験の結果、落とされてしまうかもしれない。それでも、一度だけでも戦闘機に乗れるのであればこれほど嬉しいことはない。その最終試験は七月の連休、二日間にわたって行われるという。彼は楽しみで仕方なかった。


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