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「あなたをここに呼んだ理由は……だいたい見当はついてるよね」


 201号室。町田二尉としのぶは、向かい合わせに椅子に座っていた。


「……はい」


 おずおずと、しのぶがうなずく。


「そう。あなたの空戦能力のことなんだけど……いったいどうしちゃったの? DFではランカーに迫るほどの腕前だったはずなのに、今のあなたは全く精彩せいさいを欠いているわ。実戦に弱いタイプなのか、と思ったけど、シミュレーションでも変わらないし……どうしてあなたが実力を発揮できないでいるのか、私たちも全然わからないのよ。だから……あなたに何か心当たりがあるのなら、お願いだから言ってほしい」


「……」


 ずいぶん長い間、しのぶは黙りこくったままだった。しかし、町田二尉は彼女が自ら口を開くのを辛抱しんぼうづよく待ち続けた。


「……わたしにも、わかりません……」


 ようやく、ポツポツとしのぶが語り始める。


「なぜか、体がうまく動いてくれないんです……なんだか、自分の体が自分じゃないような……そんな感じがあって……」


「でも、あなた、単独でCPU相手にシミュレーションしているときは、そんなことないよね?」


「……ふぇっ?」しのぶは思わず変な声を出してしまう。


「あなたのシミュレーションの結果を見てみると、そうなのよ。どう見ても水準以上の成績。だけど、いざペアを組むと……とたんにおかしくなってしまう。でもさ、あなた、DFでペアを組んでたのはタクなんでしょう? タクとは気心の知れた相手じゃないの?」


「違います……」


「ええっ? 違うって、どういうこと?」


「タクとペアを組んでたのは、”ノブ”であって、わたしじゃないんです……」


「それ、どういう意味? ”ノブ”はあなたでしょう? 違うの?」


「……」再びしのぶは押し黙ってしまう。が、やがて彼女は、ゆっくりと、呟くように言った。


「”ノブ”は……わたしだけど、わたしじゃないんです……」


「……」


 いったい、この子は何を言っているんだろう。町田二尉は必死に考え、そして……ようやく思い当たる。


 ”ノブ”は男の子。だけど、彼女は女の子。わたしだけど、わたしじゃない……そうか……そういうことだったのね……”


「ねえ、シノ。あなた、何でTACネームを”ノブ”じゃなくて”シノ”に変えたんだっけ?」


「それは……わたし、女の子ってバレちゃったから……もう、”ノブ”って名前は使えないな、って思ったから……」


「別に”ノブ”でもいいじゃない。ついでにキャラも戻してさ。そしたら、”ノブ”としてタクと黄金ペアが復活するんじゃ……」


「ダメ!」


 しのぶらしからぬその言葉の勢いに、町田二尉は内心ギクリとするが、それをおくびにも出さず冷静に問いかける。


「どうして?」


「それは……」


 そう言ったきり、しのぶは沈黙する。それがなぜダメなのか、彼女にもうまく説明できなかったのだ。


「ね、シノ」町田二尉は優しく微笑む。「ひょっとしてあなた、タクの前では女の子でいたいんじゃないの?」


「!!」


 しのぶの目が大きく見開かれる。


 それだ。町田二尉の言うとおり、わたしはタクの前では、女の子でいたい。


 そう。全ては巧也への恋心が原因だったのだ。ようやくしのぶの中で、何もかもがクリアになった。


「やっぱりそうなのね」町田二尉がしたり顔でうなずく。「そっかぁ……そういうことか……でもね、シノ」


 そこで二尉は、少し悲し気な笑顔に変わった。


「残念だけど、たぶん今のタクが求めているのは”シノ”じゃなくて、”ノブ”よ。あなたは”ノブ”に戻るべきなのかもしれない。それが……あなたの大好きな彼を守ることにも……なると思う」


「……」


 しのぶは下を向いてしまう。


「そうね。すぐには無理かもしれないけど、でも……考えておいて。いいわね?」


「……」


 黙ったまま、しのぶはコクンとうなずいた。


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