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 しのぶが部屋に戻ると、ユニットバスの灯りが付いていてシャワーの水音が聞こえる。絵里香の姿は見えない。おそらくシャワーを浴びているのだろう。


 自分の椅子に座り、しのぶはボーっとしながらも、頭の中ではグルグルと考えを巡らせていた。


 しのぶが” ノブ”というTACネームを使い始めるきっかけとなったのは、とある男性ユーザーとのトラブルだった。助けてもらった彼女がお礼を言っただけで、そのユーザーは彼女が自分に気があると思い込み、ストーカーまがいのことをし始めた。どうやって監視しているのか、彼女がログインするとすぐにそのユーザーもログインして、チャットでからんでくるのだ。


 女子の名前でログインしていたからそんなことになったのだ、と考えた彼女はDFのアカウントを消し、男子の名前に見えなくもない、自分の名前の最後の二文字…「ノブ」をTACネームとして作り直した。もちろん、男子になりきるためにボイスチェンジャーを手に入れ、男言葉も研究した。


 不思議なことに、いつもはたどたどしくしか喋れない彼女も、男言葉だとなぜか滑らかに話すことができるのだ。架空の男子の”ノブ”になり切るのは、意外に楽しいことだった。

 そんな中で出会ったのが、”タク”だった。とあるイベントのランキングの一番違い。彼の方から声をかけてきた。同じ中学生同士、機体の好みも同じということで意気投合したのだ。それ以来、”ノブ”と”タク”はペアを組んで、キャンペーンミッションをこなしたり、イベントに参加したりして楽しく過ごしていた。


 すごく頼りになりそうで、実はどこか抜けている。何事にも動じないように見えて、実は何も考えてない。そんな”タク”に、彼女はだんだん魅かれていった。だけど”ノブ”は男子キャラだ。いきなり告白したらドン引きされるのがオチだろう。


 そんな時、彼女は町田二尉からJスコのスカウトを受けたのだ。


 おそらく”タク”にもこの話が行っているに違いない。そして彼ならこの話を断るはずがない。リアルの”タク”に会える……


 それは、彼女にはとても魅力的なことだった。一も二もなく彼女はスカウトを受け入れ、そして望み通りここで巧也と会うことができたのだ。


 今にして思えば、巧也がもっとかっこ悪い男子だったりしたら、彼女もこんなふうに悩まずに済んだかもしれない。だけど巧也は全くもって、彼女が抱いていたタクのイメージそのものの男子だったのだ。彼女のハートは彼にわしづかみにされてしまった。


「あ、シノ、シャワー先に使ったよー」


 ユニットバスの引き戸が開き、下着姿の絵里香がタオルを持って姿を現した。しのぶは赤面する。


「ちょ、ちょっとエリー、パジャマ、着てよ……」


「えー、だって暑いんだもーん。いいじゃなーい。どうせここには女子しかいないんだしー」


 全く悪びれることなくそう言うと、絵里香は冷蔵庫から自分の名前が書かれたペットボトルを取り出し、紙コップに麦茶を注いでゴクゴクと飲み干す。その姿にしのぶは思わず見とれる。


 ”エリー、きれいな体の線してる……”


 やはり白人の血が半分入ってる絵里香は、体の発育もいいしプロポーションも整っている。胸は大きいのにウェストはとても引き締まっているし……


 そういえば、タクが彼女を切なげに見つめていたな、としのぶは思い出す。


 ”やっぱりタク、エリーのこと好きなのかな……だけど、彼女のこのナイスバディと、わたしのずん胴な幼児体型の体じゃ……全然勝負にならないよね……”


「ね、シノ」2杯目の麦茶をコップに注ぎながら、絵里香。「何だったらさ、タクじゃなくて私とペア組む? ジョーに言って交代してもらってさ」

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