14

 凄まじい衝撃と爆音。


 気が付いたときには、コクピットの中にあらゆる警報が鳴り響いていた。


「アイ、何が起きたの?」しのぶが問いかけると、ことも無げにアイは告げた。


「敵のミサイルに直撃されました。両舷りょうげんエンジン、失火停止フレームアウト


「……ええっ!」


 しのぶは耳を疑う。それじゃ墜落してしまうのでは……


「大丈夫ですよ、シノ。安心してください。両エンジンともアフターバーナーは使用不能ですが、タービンは問題ありません。ラムエアでエンジンを再始動します。降下率を上げてください」


 ラムエアとは、飛行中に空気取り入れ口エアインテイクから自然に流入してくる空気のことだ。おそらくアイは、それでエンジンを回して再始動するつもりなのだろう。


「わ、わかった……」


 しのぶは操縦桿を押し込む。ぐんと速度が増え、エンジン回転計の数値がゆっくりと上がっていく。20パーセント、30パーセント……


 だが、高度も急激に下がっている。この降下率では後1分で地面に激突してしまう。それなのに回転数はなかなか上がらない。


 ”お願い、始動して……”


 しのぶは祈りながら、迫ってくる地面と回転計を交互に見つめる。


「右エンジン、点火ライトオフ


 アイが告げると同時に、タービンの回転音が一気に高まる。エンジンが始動したのだ。


「……やった!」


 片方のエンジンだけでも始動すれば、とりあえず飛行は可能だ。しのぶは大きく息をつく。


「右エンジン、始動完了。現在高度、千二百メートル。引き起こしを開始してください」と、アイ。


「了解」しのぶは操縦桿を一気に引く。Gメーターの数値が跳ね上がり、6Gに。しかし彼女は全く平気だった。


 機体が水平になったところで、しのぶは操縦桿を戻す。


「そのまま速度を維持してください。続いて、左エンジン始動します」


「了解」


 アイに応えて、しのぶは速度計に視線を移す。時速六百二十キロメートル。エンジンが片方だけ機能している状態……片肺かたはい飛行は、彼女もシミュレーションで何度か経験がある。左右のエンジン推力のバランスが取れていないので、ラダーで当て舵しないとまっすぐ飛ばないのだ。


「左エンジン始動完了。これで通常通りの飛行は可能です。発電機ジェネレータも通常回転していますから、電気系統も最小ミニマムモードから通常ノーマルモードに復帰します。無線とデータリンク、レーダー等が使用可能です」


 アイが言うミニマムモードとは、操縦系統だけに電力を使うモードだ。エンジンには発電機が付いているのだが、フレームアウトしてラムエアでただ回っている状態では発電能力も低くなる。だから、無線やレーダーなどを使用停止にして操縦に必須な部分だけに電力を集中する必要があるのだった。


「ありがとう、アイ……」本当によくできたAIだ。しのぶは心から「彼女」に感謝する。


「どういたしまして。シノをお守りするのが、私のミッションですから」


 アイの口調が、しのぶには心なしか得意そうに聞こえた。


 その時だった。


『シノ? 大丈夫なの? シノ?』


 無線から、切羽詰まったような絵里香の声。


「うん。大丈夫だよ、エリー」


 そうしのぶが応えると、なぜか返答が来ない。


「エリー、どうしたの?」


『……ううっ……シノ……良かった……シノが生きてて……良かったよぉ……』


 絵里香はすっかり涙声だった。


「え、エリー……泣かないでよ……なんか、わたしも……泣いちゃいそう……ぐすっ……」


 そう言った時には既に、しのぶの目にも涙があふれていた。


%%%


「そうだったのか……ほんと、君が無事で良かったよ」


 巧也が言うと、しのぶが嬉しそうに応える。


『ありがとう、タク……』


 帯広おびひろ上空、三千メートル。行きと同じように四機は編隊を組んで基地を目指していた。しのぶの機体がダメージを受けたので、大事を取って酸素マスクなしでも問題ないくらいの高度を選んだのだった。


『だけど、この機体ってえらく頑丈なんだな』譲だった。『ミサイルが直撃しても飛び続けることができるなんて……』


『そうだね……わたしも、びっくりした……でも、なんていうんだろ……わたしたちって、なんだかすごく、守られている気がするよ……』


 しのぶのその言葉には、巧也も譲も全く同感だった。


「だけど……いつも完璧に守ってくれる、というわけでもないと思う。何にだって限界というものはある。それを越えてしまったら、おそらく無事にはすまない。だから過信は禁物だと思うよ」


 言いながら巧也は、「基地に帰投する」と宣言して以来、絵里香が一言も発していないことが気になっていた。しのぶが無事だったことが分かった時に大泣きしていたのがみんなにバレて、恥ずかしいのだろうか。でも、割とクールな印象を与えていた絵里香の意外な一面を見ることができて、彼は少し嬉しかった。


 しかし。


 間もなく自分が大いに打ちひしがれることになるとは、この時の巧也は思いもしていなかった。


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