15
「……本当に、それでいいのか?」
宇治原三佐の控室として使われている、宿舎の101号室。椅子に座る三佐の前に立っていた絵里香がうなずく。
「はい」
「……」難しい顔のまま宇治原三佐はしばらく黙り込んでいたが、やがて深くため息をついた。
「分かった。君の意思を尊重しよう」
「ありがとうございます」絵里香は頭を下げる。
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「……いてえっ!」
いきなり開いた101号室のドアに直撃され、悲鳴を上げたのは譲だった。
「ジョー、何をしているんだ?」
ドアから出てきた宇治原三佐が、譲をにらみつける。
「も、申し訳ありません! 三佐!」慌てて譲が敬礼した。「自分はただ、ドアの前を通りがかっただけであります!」
「その割には、足音が全く聞こえなかったようだが」
「……」
宇治原三佐にそう言われてしまうと、譲は何も言えなくなる。ドアの前で彼が聞き耳を立てていたのはバレバレだった。
「ま、いい。みんな、ちょっといいかな」
宇治原三佐はそのまま食堂に向かう。そこには巧也としのぶがテーブルを挟んで向かい合わせの席に着いていた。ダッシュで宇治原三佐を追い越した譲が、巧也の隣の席に滑りこむ。
「エリーが、君らに話があるそうだ」
そう言って、宇治原三佐は後ろを振り返る。そこには全く無表情の絵里香がいた。彼女は一通り三人を見渡してから、口を開く。
「私、1番機を辞退します」
「……ええーっ!」三人の声が揃う。
「今日のミッションで、私の判断が間違っていたせいで、シノが危うく撃墜されてしまうところでした。だから……私は、その責任を取って、小隊のリーダーを辞めようと思います」
「間違いじゃない!」
その場の全員の視線がしのぶに集中する。彼女は続けた。
「間違いじゃないよ……あれは、誰にもどうしようもなかったことだと思う……わたしだって、何が起こったのか分からなかったんだもの……」
「ありがとう、シノ」と、絵里香。「でもね、タクが言う通り、早い段階で私が基地に支援をお願いしていたら、あなたがあんな目に遭うことも……無かったと思うの。だから……今後、1番機はタクがやるべきだと私は思う」
「ええっ! ぼくが?」思わず巧也は声を上げる。
「ええ」巧也を見据えながら、絵里香。「あなたの判断は常に正しかったし、常に冷静に状況を把握してもいた。だから、あなたは私よりもリーダーにふさわしい、と、思う……」
「そんなこと、ないよ……」と、巧也。
「ううん。私はね……ダメなの。シノの機体にミサイルが直撃した瞬間、心臓が止まるかと思った……もう、あんな気持ちになるのは、嫌なの……私がリーダーであるために誰かが傷つくのは……もう、耐えられないのよ!」
最後は叫びだった。心の中を吐き出した絵里香はうつむく。
「で、でも、シノだって、言ってたじゃないか。あれは誰のせいでもない……」
「
「!」
絵里香のあまりの剣幕に、巧也は言いかけた言葉を飲み込む。
「スポーツか何かのチームリーダーならまだいい。未熟なリーダーでも成長を待つことが出来る。でもね……今はみんなの命がかかってるの。成長を待ってる間に誰かが死んでしまうかもしれない。だから、今はリーダーに一番適している人がリーダーをやるべきなの。そうすればみんなが生き残る可能性をより高められる。私は今日、それを痛感した」
「で、でも……ぼくが、君よりリーダーに適しているって決まったわけじゃ……」
「タク」言いかける巧也を、絵里香が遮る。「これ以上、私にみじめな思いをさせないで。お願いだから……」
そう言うと、絵里香は皆に背を向け歩き出した。
「ま、待ってよ、エリー」
巧也が追いかけようとすると、絵里香はピタリと足を止める。
「悪いけど、私、しばらくタクの顔も見たくないし、声も聞きたくない……ごめん」
「!」
背中越しの絵里香の低く冷たい声が、氷のナイフとなって巧也の心を切り裂いた。そのまま振り返ることなく、彼女は階段を駆け上がっていく。
「エリー!」
巧也はただ、その後姿を見送ることしかできなかった。そんな彼を、しのぶが複雑な表情で見つめていた。
”もしかして、タク……エリーのこと、好きなの?”
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