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 F-23Jはステルス性にとても優れている。だからレーダー波が当てられたとしても、必ずしもそれが敵に見つかったことを意味するわけではない。巧也の言うとおり、やり過ごせる可能性も高かった。


 だが。


 巧也の願いも空しく警告音が鳴る。それも、ロックオンを示す小刻みなものだ。


「!」


 ステルス機の F-23J をロックオン出来るということは、かなりの近距離なのだろう。


 それまで巧也たちはレーダーを使っていなかった。レーダーを使えば敵の位置が分かるかもしれないが、同時にこちらの存在も敵に知らせてしまうのである。まさに今、自分たちに向けられたレーダー電波で敵の存在を知ったように。


 だが、ロックオンされたとなれば間違いなく敵はこちらを見つけている。それならこちらもレーダーで敵の正確な位置を把握はあくした方がいい。


 それに。


 ロックオンは攻撃の意思を示す行為でもある。これは一つの重要な事実を意味していた。


 彼らも自衛隊の原則である専守防衛――攻撃されるまでこちらからは攻撃しない――を守らなければならない。しかし、今や彼らは相手から攻撃を受けたも同然の状況なのだ。当然反撃は許される。むしろ反撃しなくては生き残れないかもしれない。


「リーダーよりレーダー使用の要求リクエストが来ています。承認しますか?」


 アイだった。1番機は機体を結ぶデータリンク通信を使って、他の機体をある程度操作できる。小隊の全ての機体のレーダーを連携動作させ、その結果を統合することで、より正確で広範囲な捜索が可能になるのだ。


「いいよ」


「了解しました」


 アイが応えた瞬間、HMDにレーダースクリーンが現れる。1時の方向にこちらに向かって接近中の2つの不明機。距離は約4キロメートル。


 ゴクリ、と巧也はツバを飲み込む。


 いよいよ実戦だ。正直、恐ろしい。体の震えが止まらない。


 しっかりしろ。巧也は心の中で自分を𠮟りつける。相手は2機、こちらは4機。数では有利だ。


 と、敵の2機が左右に分かれた。


『こっちも二手に分かれましょう。タク、ジョー、左の方はあなたたちに任せるけど、OK?』


 無線から、絵里香の声。


「了解」巧也は答える。


『Good。それじゃ、編隊散開セパレート開始ナウ


 絵里香の指示と共に、巧也と譲は同時に左へ旋回する。


目標視認タリ―!』譲が声を上げた。『2時上方ツーオクロック、ハイ


 巧也も2時の方向に目をこらす。遥か向こうの空に、白く細い一本の筋が見えた。飛行機雲コントレールだ。その先端に目標の飛行データが重なる。速度、マック0.8。少しだけ高度を下げつつこちらの後方に向かっている。ロックオンのレーダー波を容赦ようしゃなく浴びせながら。


『タク、まずは俺にやらせてくれ! バックアップは頼んだ!』


 言うが早いか、譲が右に機体を傾け急旋回を開始する。


「お、おい、ジョー……」


 巧也が止める間もなかった。譲の後を追いながら彼は思う。こいつとペアを組むのはなかなか大変そうだ……


---


『ジョー、ミサイル発射フォックス・ワン


 譲はアクティブホーミング(レーダーを内蔵し、自ら電波を出して敵を追跡する)ミサイルのAAM-4を発射する。だが、かすりもしない。いくら敵がステルスだと言え、この距離ならアクティブホーミングミサイルでも十分ロックオンできるはずなのだが。


 しかし、それよりも今の譲の心を支配しているのは、大きな戸惑いだった。


 ”Gがかかる状態での空中戦が、こんなに難しいものだったとは……”


 体がしばりつけられたように満足に動かせない。そのせいで素早く反応できない。DFやシミュレーションとは勝手が違い過ぎる。だが……負けるわけにはいかない。これはゲームやシミュレーションじゃない。負けたら死ぬかもしれないのだ。


 必死で自分に言い聞かせ、譲は敵に食い下がる。エンジン推力の差のためか、彼が敵から引き離されることはなかった。しかし、すでにミサイルは赤外線ホーミングタイプのAAM-5が一発しか残っていなかった。


 赤外線ホーミングのミサイルは、目標のエンジン排気から出ている放射熱……即ち赤外線を追いかけていく。だが、普通ならロックオンできて当然の距離まで近づいているのに、どうしてもロックオンできない。F-23Jには外気を通して排気を冷やすメカニズムが搭載されているのだが、どうやら敵機にも同じような仕組みがあるようだ。


 そうなると、さらに近づかないとロックオンは無理だろう。しかし敵機が上下左右にランダムに動くので、なかなかチャンスをつかめない。


 諦めてはダメだ。譲は自分に言い聞かせながら、せわしなく動き回る敵機をひたすら追いかける。


---


 ”ずいぶん手こずっているな……”


 譲が苦戦している様子を、巧也は彼の後方上空から見守っていた。今のところ彼が助けに入らなければならないような状況ではない。だが、最初に出くわした2機の敵が、彼は気になっていた。


 今戦っている敵をもっとあっさり撃墜出来ていれば、そのまま逃げ切れただろう。だが、これだけ時間がかかってしまっては、追いつかれてもおかしくない。


 何気なく後ろを振り返った巧也は、息を飲む。


「!」


 凄まじい速さで、何か黒い物体が彼の機体に迫っていたのだ。

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