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 ”……ミサイルだ!”


 巧也がそう判断した時には既に彼の体は動いていた。彼の機体は立て続けにフレア(赤外線ホーミングミサイルを回避するための、高熱を発生するおとり弾)をき散らして急旋回する。明るく輝きながら白煙の放物線を描いていくフレアの群れに誘われ、ミサイルは彼の機体をれていった。


 ”ふう……危なかった。もう一瞬遅かったら撃墜されてたかも……”


 巧也は安堵する。が、それはまだ戦いの始まりに過ぎなかった。


 5時の方向からロックオン警報。急旋回でミサイルを回避したせいで、彼の機体はかなり速度を落としていた。そのため、敵に六時方向をやすやすと取られてしまったのだ。おそらく最初に出会った敵機だろう。


「く……くそ……」


 敵は今や十分見える範囲に迫っていた。いちかばちか、巧也はアフターバーナーで速度を上げることにする。だが、これを使うと排気の温度も上がるため、赤外線ホーミングのミサイルにロックオンされやすくなるのだ。


 スロットルレバーをミリタリーからさらに奥に押し込む。ややあって、アフターバーナー点火を示す轟音と共に、機体がみるみる加速していく。


 センサーが敵のミサイル発射を検知、警報を鳴らす。やはり敵機はミサイルを撃ってきた。フレアはさっきのミサイル回避でかなり使ってしまっている。


 しかし。


 巧也が機体を旋回させると、ミサイルはそのまま彼の機体を追うことなく飛び去っていった。


 そう。彼は大きな熱源、太陽に向かって飛んでいたのだ。ミサイルもそれに向けたところで彼は離脱し、見事にミサイルの目標を太陽にすり替えてしまったのである。DFで彼がよく使っていた戦法だった。


 さあ、ここからはこっちのターン。速度は十分回復している。巧也は敵の後方に機首を向ける。敵のエンジンは一つ。こちらは二つ。その推力差があれば、おそらく敵の後ろに食らいつくことが出来るはず。


 だが敵もそう簡単にそれを許しはしなかった。高度を下げることで速度を上げ、巧也の追撃をかわそうと試みる。それでも彼はじわじわと敵を追い詰め、ようやく六時を取ることが出来た。


 ところが、次の瞬間。


 目の前の敵機の姿が、いきなり消えたのだ。


 ”……しまった!”


 巧也は後ろを振り返る。ヒラリと敵機が上から舞い降りて、彼の真後ろについた。


 ”やられた……高Gバレルロール、だ……”


 高Gバレルロール。バレルに巻き付くような動きをするためそう呼ばれる。敵からの攻撃を回避し、自らの攻撃に転じるための高等テクニックだ。巧也はまんまとそれに引っかかってしまった。


 再び攻撃をかわす立場に戻った巧也の精神的なダメージは大きく、加えて彼はかなり体力を消耗していた。


「はあっ……はあっ……」


 息が切れる。これ以上大きなGに、体が耐えられるかどうか。


 もう、ダメだ……


 巧也があきらめかけた、その時。


「大丈夫ですよ、タク」いきなりの、アイの声。


「……え?」


 どういうこと、と巧也が問いかけようとした時だった。


『ジョー、機関砲発射フォックス・スリー


 無線から譲の声がした、次の瞬間、巧也の機体のバックミラーに映っていた敵機が黒煙を吹く。


「……!?」


 巧也が振り向くと、敵機が機体を傾け、煙の尾を黒く引いたまま墜落していくところだった。


『おい、無事か、タク?』譲の声。


「あ、ああ……今の、もしかして君がやったの?」


『ああ、待たせて悪かったな。最初の敵をとすのに、ずいぶん手こずっちまってな……』


「……ありがとう。さすがジョーだな。一気に2機撃墜しちゃうなんて」


『なあに、ペアでの戦果はペアのもの、だろ? それに、これで俺は武器を全部使っちまったからな。これ以上敵が現れたら、もう俺もどうにもできねえな』


 そう言われて、ふいに巧也は絵里香としのぶのことを思い出す。


「そうだ、エリーたちは……どうなってるんだろう」


 その時だった。


『シノ! 応答して! シノー!』


 絵里香の絶叫が、巧也と譲の鼓膜を貫く。


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