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「うわ、おいしー!」ニコニコ顔の絵里香が声を上げる。「入間基地のカレーもおいしかったけど、このカレーもすごくおいしい!」


「うん、うまいな、これ」


 そう言う譲も、スプーンを持つ右手が止まらない。


「そうでしょ」しのぶの隣でカレーを食べている町田二尉も、笑顔だった。「自衛隊のカレーってどこの基地も美味しいんだから。このレトルト、隊員食堂のカレーそのものの味だからね」


「……おかわり、ないんですか?」


「!」


 その場の全員が巧也にふり向く。彼の目の前の皿に盛り付けてあったはずのカレーライスは、きれいさっぱり姿を消していた。


「早っ!」町田二尉の目が丸くなる。「中島君、めっちゃ食べるの早いね」


「いや、あんまりおいしいものだから……つい」巧也は照れ臭そうに頭をかいてみせる。


 実際、そのカレーは豚肉がとろけるくらいに煮えていて、強いコクがあった。それまで巧也はレトルトでこんなにおいしいカレーを食べたことはなかったのだ。


「そっか……って、立川さんも?」町田二尉の視線がしのぶの皿に移る。そこも巧也のそれと同じく、空っぽになっていた。


「……」しのぶの顔が赤く染まる。


「さすが、DFで黄金ペアと言われただけはあるね。君たち気が合うんだね」ニヤニヤしながら町田二尉が言う。


「そう……ですかね……」苦笑いしながら、巧也。


「それなんだけどさぁ」ようやく最後の一口を飲み込んだ譲が、しのぶを見ながら言う。「いつか聞こうと思ってたんだけど、”ノブ”はさ、何でネナベやってたわけ?」


 ”こいつ……ずいぶん無神経なヤツだな……”


 内心そう思いながら、巧也は横目で譲を軽くにらみつける。しかし、その視線に譲自身は全く気づいていないようだった。


「……」黙ったまま、しのぶはうなだれてしまう。


 ”ほらみろ。立川さん、困っちゃってるじゃないか”


 巧也が心の中で思った、その時。


「いいじゃない、川西君」たしなめるような口調で町田二尉が言う。「人にはね、いろいろ事情ってものがあるんだから」


「……ううん、いいんです」


「!」全員の視線が、しのぶに集中する。彼女はポツポツと話し始めた。


「わたし……最初は女の子として、プレイしてたんです。だけど……そしたら……変な男の人にいろいろ言われて……それで……」


「わかるー」口をはさんだのは絵里香だった。「いるよねー、そういうヤツ。私もいろいろ言われたよ。”JCなの? 彼氏いる?”とか”おじさんと一緒にお茶しない? お金あげるから”とか」


「お前、それでお金もらったのか?」と、譲。


「わけないでしょ!」ピシャリと絵里香は言い捨てる。「そういうのは基本ガン無視よ。こっちが相手にしなきゃ、いつの間にかいなくなるから」


「ふうん。お前は強いんだな」


「べっつにー。ただ、対処たいしょの仕方を知ってるだけよ」そう言うと、絵里香は皿のカレーをすくって頬張る。食べるのは彼女が一番遅いようだ。


「あ、あの……町田さん」しのぶだった。


「なあに?」


「あ、あの……これからもTACネームはDFの慣れたものを使うって、おっしゃってましたけど……変えちゃ……ダメですか?」


「別にいいよ」町田二尉はあっさりとしたものだった。「みんなが慣れちゃってからだと難しいけど、今だったらまだこれからだから、いいんじゃないかな」


「それなら……わたし、女の子ってバレちゃったから……”ノブ”、じゃなくて、”シノ”に変えたいです……」


「いいっ!」いきなり絵里香が叫んだ。「シノ……いいじゃない! かわいいし、女の子っぽいし、ちょっと古風なところもすごく似合ってるよ」


「あ、ありがとう……ええと、川崎さん……」しのぶは嬉しそうに微笑む。


「エリーでいいよ!」絵里香も笑顔で応える。「私も、クインビーじゃなくてエリーってみんなに呼んでほしい。そっちの方が私は好きだから」

 

「じゃ、これからはみんな、いつもTACネームで呼び合う、ってことか」譲だった。


「それでいいんじゃない?」と、町田二尉。「自衛隊のパイロットもね、みんなプライベートでもTACネームで呼び合ってるから。君らもそれにならったらいいと思う」


「わかりました」


 四人の声がそろった。


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