3
巧也が食堂に戻ると、三人が既に席についていた。絵里香の隣に、見知らぬ女子。絵里香と同じショートカットだが、雰囲気は彼女と全然違う。おとなしそうで、少しおどおどしているような感じ。だけど顔立ちは割とかわいらしい。着ているのは白いワイシャツに紺色のスカート。おそらく学校の制服なのだろう。絵里香の向かいに例の男子が座っていた。巧也はその隣……即ち、見知らぬ女子の正面に座る。
奥の厨房で、エプロン姿の町田二尉が鍋をガスコンロの火にかけていた。
「町田さーん」例の男子が間延びした声で言う。「カレーと言いつつ、全然カレーの匂いがしないんですけどぉ……もしかしたら、レトルトですかぁ?」
「うるさいわねえ」町田二尉が横目でこちらをチラリと睨む。「時間がなかったんだから、しょうがないでしょう? でもね、レトルトでもちゃんとした千歳基地カレーなんだからね」
「それはいいんですけど……俺、もう腹が空いて死にそうなんですけど……」
「わかったわかった。もうちょっと待ってね。せっかくだから、君たちその間に自己紹介でもしたら?」
「分かりました。それじゃ、俺からでいいかな」
そう言って、巧也の隣の男子が立ち上がる。
「
ぺこり、と男子……譲が頭を下げる。
「「ジョー!?」」
巧也と絵里香の声が揃う。
そう。”ジョー”は、ついこの間巧也と”ノブ”が一戦を交えた相手だった。
「そっか……」絵里香が立ち上がる。「君が”ジョー”なのね。私は、川崎 絵里香。横浜から来ました。厚木市立北中学校、二年。TACネームは、”エリー”。だけど、たぶん”クインビー”って名前の方が有名です」
「「クインビー!?」」
巧也と絵里香以外の二人の声が揃う。
「マジかよ……」譲が目を丸くしながら言う。「クインビーって俺とタメだったのか……」
「ジョーとも、何度か『空』でお会いしたかしらね」
「ああ……確か、決着はついてないはずだ」
「うふふ……そうだったね……」
まるで、向かい合う二人の間に火花が飛び交っているようだった。
「さて、次は……どっち?」絵里香が彼女の隣の女子と巧也を交互に見比べる。
「あ、じゃあぼくが……」巧也が立ち上がる。「中島 巧也です。茨城県土浦市から来ました。土浦第七中学校、二年です。TACネームは、”タク”です」
「「タク!?」」
譲と巧也の目の前の女子の声が揃う。特に、女子の顔が異様に驚いていた。
「そうか……てめえ、タクだったんだな」譲がニヤリと不敵な笑顔を浮かべる。全身からオーラが立ち上っているようだった。「てめえと”ノブ”のペアにはすっかりコケにされちまったっけな……借りは、いつか返させてもらうぜ……」
「お、おう……」気おされたかのように、巧也。
「それじゃ、最後だね」絵里香が隣の女子に向かって言う。
「う、うん」女子が立ち上がる。「あ、あの、
そこで女子……しのぶは、なぜか口ごもる。
「TACネームは?」と、畳みかけるように、絵里香。
「た、TACネームは……」しのぶの声がどんどん小さくなっていく。「……”ノブ”、です……」
「「えええええ!」」
巧也と絵里香の声が完全に一致した。既に知っていたのか譲はただニヤニヤしているだけだった。
「嘘……君が、ノブだって言うのか?」
信じられなかった。巧也が何度も聞いた”ノブ”の声は、間違いなく男子のそれだったのだ。
「う、うん……ごめんね、タク……今までずっと騙してて……わたし、その……ボイスチェンジャー使って……男の子の声で話してたの……ほんと……ごめんね……」
最後は涙声だった。うなだれてしまったしのぶの両目から頬に、涙がつたう。
「……そうだったのか。君が、”ノブ”なのか……」
巧也の顔が自然にほころぶ。
「会いたかったよ。女の子だったのはちょっとびっくりしたけど、でも……君が、”ノブ”なんだな……会えてよかった」
「!」しのぶの顔がはね上がる。そこには安堵の表情が浮かんでいた。
「わたしも……タクに会いたかった」
「はーい! カレー、できたよー!」
カレーの香りと共に、町田二尉の声が食堂に届いた。
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