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「それじゃ、インターフォンチェックするよ。聞こえたら、聞こえますって言ってね」


 言いながら加藤三佐がインターフォンのマスタースイッチを入れる。


「はい」と、巧也。


「インターフォン、チェック」


 ヘッドフォンから、加藤三佐の声。


「聞こえます」巧也は応える。


「こちらもクリアです」


 これは、さっきのお兄さん……機付長の水上一曹の声。


 そうか。このインターフォンは機付長とも会話できるんだ。今さらながら、自分はこの機体の搭乗員クルーなのだ、という実感が巧也の心にわき上がる。


両舷りょうげんエンジン、始動準備よしランナップ、クリア」加藤三佐が言うと、


「ランナップ、クリア」水上一曹が繰り返す。


 ウィィーン、と唸り声のような音が鳴り始めた、と同時に、


 ”ウォーニング。エイマッド、ファイア”


 という警告が女性の声で自動的に繰り返される。


「ファイアって……火事ですか?」


 心配そうな巧也を気遣きづかったのか、加藤三佐は明るく応えた。


「大丈夫。エンジン始動の時にはいつもこの警告音声が流れるんだ」


「そうなんですか……」


 と、それまで低く聞こえていた唸り声が突然ボリュームを増して、フォーフォーというトランペットのような高い音に変わった。


「な、なにが始まったんですか?」驚いた巧也が思わず声を上げると、


「ああ、これはね、APUの音だよ」平然と加藤三佐が応える。


「APU?」


「オグジュアリー・パワー・ユニット(補助動力装置Auxiliary Power Unit)。自動車のエンジンで言う、セルモーターみたいなものさ。これの回転が、さっき警告されていたAMADエイマッド機体搭載式付属駆動装置Airframe-Mounted Accessory Drive)という装置でエンジンに伝えられるんだ。ほら、右エンジンがかかったよ」


 加藤三佐が言うと同時に、プシューンとAPUの音が一気に小さくなり、右の空気取り入れ口エアインテイクが、ガコンと下を向く。いつの間にか、キュイーンというエンジンの金属音が高まっていた。


 ”ウォーニング。エンジンファイア、ライト”


「なんか、また警告が変わりましたよ」巧也が言うと、相変わらず加藤三佐は穏やかに応える。


「これも、いつものことなんだ。だから気にしなくていいよ」


「……」


 巧也は少し不安に思う。なんだかずいぶん紛らわしいんだけど。これじゃ、本当に異常事態になった時にオオカミ少年みたいなことにならないだろうか。


 全く同じ手順で加藤三佐は左エンジンも始動する。それまで跳ね上がっていたカマボコ型の透明なカバー……天蓋キャノピーが彼らの真上に降りてきた。それが降りきってロックされたとたんに、うるさかったエンジン音がぐっと小さくなる。


 続いて、加藤三佐はエンジンノズル、スピードブレーキ、フラップ、操縦桿、ラダーペダルの順番で動かしテストする。それも一回だけでなく三回くらい繰り返すのだ。巧也がいる後席のキャビンにも操縦桿やスロットルレバー、ラダーペダルがあり、三佐が動かすとそれらも同じように動くため、巧也にも三佐が今何をしているのか丸わかりだった。もちろん出発前の打ち合わせブリーフィングで、それらに絶対触らないように、と巧也は釘を刺されていた。


 一つ一つテストが終わるたびに、毎回水上一曹がインターフォンで問題ないことを報告する。彼は機体の周りを歩き回って色々な方向からチェックしているのだ。


 いきなりヘッドフォンに雑音が入り、続いて無線の少し歪んだ音声。


『バイキング01、こちらは百里基地地上管制ヒャクリグランド滑走路03Rへの移動滑走を許可するクリアー フォー タキシー、ランウェイ03R


 バイキング01というのはこの機体のコールサインだ。「バイキング」は飛行開発実験団所属のF-15であることを意味する。


「ランウェイ03R、ラジャー。バイキング01」加藤三佐が応え、ちらりと後席を振り返る。


「いよいよ出発するよ。タク、覚悟はいいかい?」


 巧也は元気よく返事する。


「はいっ!」


「ようし、いい返事だ。インターフォン取り外し準備よしクリア・インターフォン・ディスコネクト


「クリア。タクくん、頑張れよ」


 そう応えた水上一曹が、インターフォンのプラグを機体から抜いた。これ以降、地上要員とのやりとりは全部手信号ハンドシグナルになる。


 加藤三佐が左手を上げて手刀を切る仕草をする。それが発進の合図らしい。水上一曹が両腕を上げて曲げたり伸ばしたりしながら歩き始めた。いよいよ出発だ。


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