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 白く焼けたコンクリートの地面。駐機場エプロンには既に三人の地上要員グラウンドクルーが待ち構えていた。加藤三佐の見よう見まねで巧也も彼らと敬礼を交わす。


 ふと見上げると、吸い込まれそうに青い空。ところどころに綿雲が浮いている。


 ”今から、あそこに行くんだな……あそこから地上を見たら、どんな気持ちになるんだろう……”


「どうした、タク?」


 一足先に空に昇っていた巧也の意識を地上に戻したのは、加藤三佐の一言だった。


「あ、いえ、なんでもないです」


「そうか。俺はこれから機体の点検をするから、ちょっと待っててな」


 そう言うと加藤三佐はF-15DJの機体に向かって歩き始めた。


「あ、ぼくも行きます」


 慌てて巧也は加藤三佐の後を追いかける。


 加藤三佐は機体の周りを時計回りに歩きながら、機体を叩いてみたり動翼を手で動かしたりしていた。


「何やってるんですか?」


 巧也が聞くと、加藤三佐はニコニコしながら応える。


「ああ、機体チェックだよ。自分の目と耳と手で搭乗機をチェックする。これも戦闘機パイロットの仕事の一つだからね」


「そうなんですか……」


 パイロットの仕事って飛ぶだけじゃないんだ。巧也はあらためて気を引き締める。


---


「それじゃ搭乗してくれ。さっき教えた通り、シートに座ったらGスーツと酸素マスクのホースを接続して、シートハーネスを締める。いいね」


「はい」


 巧也がうなずいたのを見てとった加藤三佐は、前席の左側にかけられた搭乗はしごボーディングラダーを上っていく。三佐が前席の座面に立って手招きしたところで巧也もラダーを上り、地面に落ちないように三佐に支えてもらいながら、キャノピーシル(天蓋キャノピーと機体が接触する縁の部分)を伝って後席の座面に降りる。

 座るところを土足で踏むのはあまりいい気分ではないが、そうしないと床まで足が届かないのだ。旅客機みたいなお上品なものじゃない。この機体は戦うための、兵器。巧也はつくづく実感させられていた。


 シートに腰を下ろすと、巧也は酸素マスクとGスーツのホースを接続し、シートハーネスの金具を差し込む。と、地上要員がラダーを上がってきて、自分ではやりづらい肩のハーネスの接続をしてくれた。


「あ、ありがとうございます……」巧也が礼を言うと、地上要員のお兄さんが人の良さそうな笑顔になり、右の親指を立ててウインクしてみせた。


「がんばれよ!」


「はいっ!」お兄さんに負けないくらい大きな声で、巧也は応える。


 お兄さんは足早にラダーを降り、それを機体から外して片付けてからF-15DJ の機首の向こう側に歩いていく。機体から5メートルくらい離れたところで彼は足を止めて振り返り、首にかけていたヘッドフォンを耳に装着した。


「彼は水上一曹と言って、この機体の機付長なんだ。わざわざ岐阜から電車で来たんだぞ」と、加藤三佐。


「きづけちょう?」と、巧也。


「ああ。この機体の整備責任者。パイロットには特に自分専用の機体ってのはないんだけど、機付長は自分の担当の機体を専門的に整備することになってる」


「へぇ……」


 意外だった。てっきり、ロボットアニメみたいにパイロット一人一人に専用の機体があるものだ、と巧也は思っていたのだ。


「タク、酸素マスクのホースはつないだかい?」


「あ、すみません。今つなぎます」


 加藤三佐に言われて、あわてて巧也は酸素マスクから伸びているゴムホースの先端を座席の下の接続口に差し込み、右に回してロックする。マイクとヘッドフォンがつながれた通信コードのプラグも、そのそばにあるジャックに接続。口と鼻がしっかりと覆われるように酸素マスクを装着し、ヘルメットの金具にマスク固定用のベルトを通して、これでもかとばかりに強く締め上げる。そうしないと高いGがかかったときにマスクがずり落ちてしまうのだ。


「準備出来ました」


 酸素マスクのせいで声が小さくなると思った巧也は、あえて声を張り上げる。


「OK」


 彼と同じようにマスクを付けた加藤三佐が、チラリと後ろを振り返った。



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